賢者①
あるものは、魔王と。
あるものは、最強賢者と。
レックスは前世で人々にそう呼ばれていた。
あらゆる魔導、魔法、術式を極めた「神狼眼」の持ち主。
その術式から繰り出される身体の強化をも合わせ持ち、魔法戦闘はもちろん、近接戦闘も彼に敵うものはいなかった。
彼は前世で己に並ぶ者がいないのを嘆き、好敵手を求めて五百年後へと転生した。
五百年も経てば、己に並ぶ使い手が誕生しているのではないか、という淡い期待を込めて。
……しかし。
五百年後の世界は、むしろ、魔法において劣化していた。
五百年前なら「神狼眼」を見るだけで、戦意を喪失するものがほとんどであった。
それが今ではレックスが己の瞳の名を伝えると、「ストレス溜めやすいの?」と『心労眼』と間違えられたり、「近くが見えないの?」と『真老眼』と間違えられたりした。
人々のダジャレのセンスも、五百年前より劣化していた。
人々のあまりの不甲斐なさに危機感を覚えた彼は、十六歳の春、前世で自身が設立した「超賢者学院」へと入学した。
この学院なら、さすがにそれなりの遣い手が育っているのではないか、と。
しかしそんな期待も、儚く打ち砕かれた。
入学試験で彼が「火球」の魔法を使うと、試験官は「こ、これは伝説の魔法『ヘルフレイム』!」とか騒いでいた。
ヤレヤレである。
そんな彼は夏休みを利用して、とある遺跡へと来ていた。
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「レックス様、そんなに速く歩かないで下さい!」
前世から付き従う、悪魔メイドのヨーナが、後ろからほぼ全力疾走で付いて来ながら文句を言う。
「え? 速いかな? ちょっとだけ身体強化して、普通に歩いてるだけなんだけど」
「レックス様の普通は、我々とは違うんです! いい加減に覚えて下さい!」
「あちゃー、俺また、しでかしちゃってたか!」
申し訳なさそうに、レックスはヨーナに謝る。
「全く……レックス様みたいな人に振り回されてもついてくる、そんな女の子、私だけなんですからね……」
後半やや小声とは言え、普通に聞こえそうな感じでヨーナが呟く。
だが。
「え? 何?」
レックスは聞き返した。
神狼眼には、自分に対して好意を示す発言をされると、難聴になってしまうという副作用があるため、聞き取れなかったのだ。
「なんでもありません! ……でも、そんな連れないところも……大好き」
「なんでもないのか、よかった」
わりと重症だった。
「でも急がないと、そろそろ『転生石』が生み出されるころだからなぁ」
レックスが遺跡に来た目的は、転生石の入手だった。
約六十年に一度、この遺跡に現れるその石は、転生術の触媒として欠かせないものだ。
今回も転生するかどうかはわからないが、入手が大変なためにこの機会に手に入れておこうと思ったのだ。
ちょくちょくヨーナを置いてけぼりにしつつ、その都度怒られ、何度か難聴になる、を繰り返してレックスは最深部へとたどり着いた。
最深部のドアを開けると、転生石が生み出される台座の前に独りの男が立っていた。
「あれ? 君は?」
レックスがそう問いかけると、男は振り向いて返事をした。
「俺はヨモギーダ。悪いが転生石は俺が頂く。お前は六十年待つといいさ。俺と争いたくなければ、な」
「へえ……」
男から発せられる雰囲気に、レックスは満足できそうな戦いの予感を感じた。