嵐に舞う (16)
山中をひた走る、たった一つの影があった。
わずかに乱れた息を吐く口をきゅっと引き結んで、その影は無心に駆けてゆく。【風舞】を行使した小太郎は、風にも見まがうほどに速く、静かに夜の空の下、東へ東へと駆けていく。
――とにかく、離れなければならない。
焦燥を幼い顔にくっきりと刻み込んで、小太郎は一刻でも早く、一歩でも遠く、甲賀から離れようと走る。
全身に浴びた傷の痛みはすっかり消えていた。
「シロ……お前、なんていうお人好しなんだよ」
不自然に膨らんだ懐を一瞥して、小太郎は小さくつぶやいた。
そこに収まっているのは黒曜石、真珠、柘榴石と甲賀の地で零れ落ちた蒼い翡翠の宝玉――そして純白の毛の生えた尻尾だ。
命の流れをつかさどるという、シロの能力の源である尻尾だ。
シロが猫又たるべく尻尾であり、シロが本来の猫の寿命を超えて生き続けることのできる理由でもある尻尾。
シロがこれを小太郎に託したとき、尻尾を失った自分が今後どうなるのかについて、言及することはなかった。
だが、どちらも理解していたに違いない。
理解して、それでも小太郎は尻尾を受け取った。
遠くへ、遠くへ、一歩でも遠くへ――
己の忍術【風舞】を限界まで駆使して、小太郎は不穏な空気をはらんだ近畿の空の下を駆けつづける。
――
京を灰燼に化すほどの大乱、応仁の乱を端緒とする戦国時代。
下剋上の時代の鬨の声をあげる役を果たした戦国大名は北条早雲という。その名の通り、風雲のごとくあらわれた時代の申し子である。
彼のそばにまるで影のように付き従い、戦乱を駆け巡った一人の忍者がいた。
その名が風魔小太郎であることを知ったならば、呪詛に満ちた大天狗は憤怒するだろうか、あるいは、嗤うだろうか。
ようやく完結までもっていけました。夢だった忍者物を書けて感無量です。




