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嵐に舞う (14)

 薄い皮膜ごしのような小太郎の五感に、拍手の音が聞こえてきた。


「まさか、この逆境を打ち破り、里の長を倒せるとは想像もしていなかったな。実に見事だよ」


 愉快で仕方がない、というような美青年の声はむっとした血臭で満ちた空間の中、やけに白々しく響く。自分の味方たる頭領が死んだというのに、悔しさなど一切感じさせない。

 まるで他人事だ。


「心配しなくてもいい、こっちから何かをしようというつもりはないさ。自分の手を血に染めようとは思ってもいないからね」


 警戒心をむき出しにする小太郎を一蹴して、美青年はくるりと二人に背を向けた。悠々たるその動きは高貴な存在を彷彿させる。


「まてっ!」

「駄目だ、おとにゃしくするんだにゃ」


 ないに等しい体力を振り絞って立ち上がろうとする小太郎を、シロが必死に押しとどめた。


「少年が逆立ちしたって勝てにゃいということは、何度(にゃんど)も伝えているはずだにゃ。悔しいかもしれにゃいけど、ここは見送るしか手がにゃい」


 冷静に諭されて、小太郎は奥歯をかみしめて、隙だらけの背中を見つめていた。


「……あいつはどうして俺を見逃した?」


 細い背中が消えていくのを眺めつつ、小太郎は自問した。

 自らの手を汚したくないと、それなりの理屈を言ってはいたが、様々な人間を巻き込んだ大掛かりな仕掛けを放棄する理由としてはあまりに弱すぎる気がした。今の小太郎であれば、それこそ女子供にでも容易に息の根を止めることができるだろう。


 だが、それすらしなかったのはなぜか?


「――!?」


 小太郎は愕然として目を見開いた。

 ふらつく足でどうにか立ち上がると、よろめきながらもいずこかへ向かおうとする。


「どうしたんだにゃ?」

「俺は、ここにいるわけにはいかない」


 唇の端から血を滴らせながら小太郎はかすれる声でつぶやいた。足の骨も折れているのだろう、体重をかけると差し込むような痛みが全身を走るが、それでも小太郎は足を進める。

【風舞】の小太郎とは到底思えない遅々とした足取りである。


「無茶だにゃ。少年は意識があるのも不思議にゃほどの重症にゃんだ。おとにゃしくしていにゃければだめだ」

「……俺がここで死ねば、呪いは完成するんだろ?」


 シロが息をのんだ。

 やはり、と小太郎は思う。


 先ほどの美青年が小太郎にとどめを刺すことなく姿を消したわけ。それは、己が手を下すことなく小太郎が命を落とすことを確信していたからに違いない。

 彼の狙いは、苦痛にまみれた純粋な魂を生贄とすること。痛みの感覚さえもすでに麻痺した小太郎は、確かに苦痛にまみれた魂なのだろう。その魂が甲賀の――東の地に捧げられることで美青年のもくろんだ呪いは成就する。

 それだけは何としてでも阻止したかった。各地で散った仲間たちのためにも。


「死ぬならば」


 薄い微笑さえも浮かべながら、小太郎はかすれた声をだす。


「少しでも遠くで死んでやる。あいつの思い通りにはさせない」


 小太郎の背中にかけたシロの手が、ためらっているように、悲しんでいるように震えた。

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