嵐に舞う (13)
跳ねて頭領から離れた小太郎もすでに受け身を取る力もなく、無様に背中から地面に叩きつけられていた。幾度か咳き込みながらも、小太郎はふらつく足で立ち上がり、細かく痙攣を繰り返す頭領の姿に目をやった。
赤い血潮はじわじわと月夜に大きな池を作りはじめている。
呆然とした表情のまま、小太郎は腰から残り少ない短刀を抜き、のけぞった頭領の喉元に刃先を振り下ろす。ひざまずいた小太郎の足が頭領の流した血の池に浸かり、赤く染まっていく。
知っているんだ。
霞んだ頭の奥で小太郎は思う。
お前たちは、化け物はそんなに簡単には死なない。
小太郎の脳裏に蘇るのは、千切れかけた首を持っていずこかへと走り去っていった則繁の姿だ。
この程度では、まだだめだ。まだ生きている。立ち上がって襲いかかってくるかもしれない。
喉元に刃を突き立てては抜いて、再び振り下ろす。ぐしゃりぐしゃりと無気味な音が振り下ろすたびに夜の静寂に響き渡り、頭領の口からは、粘度の高い血が溢れて流れる。
「……まだだ」
血脂でぬめった短刀は、小太郎の残り少ない力では抜けなくなっていた。
再び腰から新しい短刀を取り出すと、小太郎はさらに頭領の喉を執拗に狙う。
いつまで突きつづければいいのか、鬼と化した頭領が魂を失うのはいつなのか、小太郎はそれすらも分からずに、そんな判断をする余裕もなく、ただひすらに頭領への攻撃を続けていた。頭領はすでに微かな痙攣さえもせず、その肉体は意味を持たないものへと変わっているのは明らかだった。
肉の塊へと向かって、短刀を振り上げ振り下ろすだけの人形。もはや自分の意思の埒外で腕を動かし続ける小太郎も、もしかしたらすでに肉体から魂が半ば、抜け出ていたのかもしれない。
ぴくりとも動かない頭領の姿は、しかし、小太郎の目には今にも動き出しそうに見えた。
くそくそくそくそくそっーー
「もうやめるんだにゃ!!」
再び振り上げた小太郎の腕を、細い指が掴んだ。
「十分だにゃ……それで」
「……シロ」
焦点の合わない小太郎の目が、シロの顔を認めた。
己の純白の着物が汚れることもまったくいとわずに、シロは小太郎を背後から抱きすくめた。
「もう死んでいる」
「死んで、いる」
浅く短い呼吸をしながら、小太郎は自分の足元のそれを見下ろす。
執拗に狙われつづけた首には、短刀が何本も突き刺さり、浅黒い皮膚の下からは脂肪と筋肉と骨が見えた。
「少年はよくやったんだにゃ。勝ったんだにゃ。それ以上は必要にゃい」
微動だにしないその大きな体を見て、小太郎はようやく頭領の体に魂が残っていないことを理解した。と同時に、襲いかかってくる激しい痛みが小太郎からわずかに残った体力を奪い去る。
血溜まりに両手のひらをつき、それから両肘までも血に沈んでいく。
勝った? 勝ったのか?
勝負に勝ったという充足感はどこにもなかった。
ただただ虚しさだけが小太郎の脳裏を占める。頭領の血の池に沈みつつある自分の肉体と同様、その思考さえも真っ赤に染まってくようだった。
どこから現れたのか、蒼い宝玉が赤一面の世界で白々と、冷ややかな光を放っていた。




