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嵐に舞う (5)

 見慣れた里が視界に入ってきたのは、夜も深くなってからだった。

 頭領からひそかに使命を受けてから十日足らず――ただそれだけの期間で、四人いたはずの甲賀の忍者たちはたった一人になっていたのである。


 つい数日前は、四人でふざけながらも厳しい修行に明け暮れていた日々が、小太郎にははるか昔のことのように感じられて、視界の隅がにじむ。

 感情に身を任せてしまいたい。つらかったことを、子供のように頭領にすべて打ち明けたい。


 こらえきれずに口元をゆがませた小太郎の表情は、聞き覚えのある鳴き声を耳にして凍りついた。


 ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ――


 それは、合唱とでもいうべき大量の烏の鳴き声だった。


 待ちくたびれたとでもいうように、あるいは、小太郎を嘲笑するように、夜の闇の中、烏たちは鳴き声と羽音を高らかに響かせていた。


「先回りされていたようだにゃ」


 小太郎の【風舞】についてきたというのに涼し気な表情のシロは、頭上の木をぐるりと見回して、金色の目を小太郎に向けた。その瞳孔は、わずかな光さえも逃さないように大きく開いている。


「少年、覚悟はできているんだにゃ?」

「ああ。とっくにな」



 頭領の屋敷は甲賀の隠れ里の最奥にある。


 よそ者の入り込むことのない山深い隠れ里のさらに奥で、頭領は静かに、密かにに己の牙を磨き続ける。


 小太郎にとって、もちろん頭領は尊敬と憧憬の対称だ。だが、忍者という闇で生きる者たちを従えるゆえか、頭領の冷静で感情を表に出さない顔と視線は時に、うすら寒く感じることがあった。

 忍者はかくあるべし、というお手本のような人物であることもまた事実として。


「シロ、お前はどこまでついてくるつもりだ?」

「ここまで来たら最後までだにゃ」


 意を決し、一歩一歩を踏みしめて歩く小太郎と対照的に、シロは相も変わらず脳天気な笑顔を浮かべて、ふらふらと後をついてくる。


「毒を食らわば皿まで、っていうやつだにゃ。おいしそうにゃキノコほど、毒が強いものだから、気をつけることだにゃ」


 シロは含蓄があるのかないのかよく分からないことを嘯いた。

 少なくとも小太郎には理解できず、ため息をつく。


「お前が何をたくらんでいても、俺にお前を止める力があるわけでもねえ。邪魔だけはしないでくれよ」

素直(にゃお)に認めるにゃんて、いい男ににゃったにゃあ」


 シロがにへら、と笑った。


「冒険は人を成長させるんだにゃ」

「勝手に言ってろ」


 烏の鳴き声が響く下、小太郎は頭領の屋敷の庭先へと降りた。


「……戻ったか」


 音も気配も完全に殺していたはずだが、頭領は気づいていたようだ。

 漆黒にも近い闇の向こうで、低い、奥底に響く声が聞こえた。


「はい、【風舞】の小太郎、ただいま帰参いたしました」


 その声に小太郎は反射的に平伏し、額を地面にこすりつける。

 甲賀の里における頭領の威圧を小太郎は思い知らされていた。頭領を見極めると意気込んでいたはずなのに、頭を上げることもできない。


「……珠は、持ち帰ってきたか?」

「は。三つともに」

「そうか」


 頭領が近づいているのだろう、衣擦れの音がした。


「――少年、顔を上げろ」


 シロが小太郎に囁く。


「お前も頭を下げろよ」


 舌打ちしたい思いをこらえて、小太郎はそれだけ言う。

 部外者とはいえ里へやってきた以上、里のしきたりには従ってもらいたい。


「そんにゃ悠長なことを言っている場合じゃにゃい!」


 シロは小太郎の髪を力任せに引っ張り、顔を上げさせた。


「えっ――」


 背筋が凍った。

 視界を頭領の顔に覆いつくされていた。いつの間に庭に降りたのか、平伏する小太郎を覗き込んでいたのだ。


 小太郎と目が合うと、にいと笑う。

 その目は――赤かった。


「焦るなよ? 終幕なんだから」


 笑うように頭領の背後から現れた人物は、今度こそ小太郎に絶望をもたらした。

 完璧な美貌を悪意で彩る青年。


 美青年は懐からひとつ、珠を取りだした。

 女のように細くしなやかな手のひらにすっぽりと収まる程度の小さなそれは、青空のように鮮やかな蒼色をしていた。


「これが君の魂の色だ」


 左手で珠をもてあそびながら、美青年は右腕を水平に上げた。

 ぴんと伸ばした人差し指は、まっすぐ小太郎に向いている。

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