嵐に舞う (2)
「ああ……」
中心で横たわるそれ――かつて人だったそれを見て、小太郎は呻いた。
首のない屍があった。
小さくて細い、華奢な体つきの屍はしかし、ほとんど炭化していた。
首元が炎の出元なのか、上半身の焼け方が他よりも激しい。
牡丹に乞われて首を斬ったのは小太郎だ。だが、こうして目の前にその屍を見てしまうと、抑えようもない悲しみがこみあげてくる。
「相打ちににゃっている奴の死体を見てみるにゃ」
「――!?」
シロに促されて、視線を牡丹から引きはがした小太郎は眉をひそめた。
位置関係より察するに、これは牡丹をとらえ、首を千切ろうとした“鬼”だろう。
だが、この形状はなんだ?
それは両腕があまりに大きく張り出していた。
大きさに比して貧弱な両脚が見える。
口に当たる部分には、奇妙な骨があった。
尖った硬そうなその骨はまるで――
「烏だにゃ」
びくりと小太郎は体を震わせた。
自分の思考を読み取られてしまったような錯覚に陥る。
「それも大きにゃ大きにゃ烏だにゃ。元々あのお方の眷族だったのかもしれにゃい」
「……どうして烏が?」
「少年が会った“鬼”の正体はこれだ。人の姿に見えていたのは妖術か何かを使ったんだろうさ」
小太郎は言葉を失った。
「それだけじゃにゃい。周りを見てみるにゃ」
「そんな――」
背筋が冷たくなった。
あたり一面に広がる焼け焦げた屍もまた、骨格の形状を見るに、すべて烏のものであると知れた。牡丹の相討ち相手のそれよりは小さいものの、一般的な烏と比べると、かなりの大きさだ。
「昨日の宴は、化け物たちの饗宴だったのさ」
真っ黒く焦げた世界に点々と散らばる烏の屍――
分かってはいたものの、自分たちを狙うのが得体のしれない存在だということを改めて思い知らされた気分だった。
「少年が相手にしているのは、こういう奴らだ。こういう奴らを束ねる存在だ。それでも、使命を果たしたいと思うか?」
「……だったらなおさら、俺はいかなきゃならない」
「にゃ?」
小太郎は下唇をきゅっとかんだ。
「若狭と播磨――俺たちが自らその地に行ったとき、あいつは手出しをしてこなかった。戦に飛び込んでいったのは俺たちのほうだ。だが、今回はどうだ? 俺と牡丹が悩んでいる間に、術を掛けられ、戦わざるを得ない状況まで追い込まれた」
「うにゃ――」
「相手の決めた規則に従っているうちは、手出しをされないんじゃないか? 逆に、逃れようとすると、無理矢理にでも戦いの中に放り出されてしまう」
吉野での二人のように。
「戦うしかないなら、その時は自分で決めたい。何も知らないまま戦いの場に駆り出されて、命を賭けた戦いをさせられるなら、それくらいなら……」
「自分から殴り込みに行くということかにゃ」
「そうだ」
「策略も練らずに?」
「練ったところで意味はない」
シロの口元がにんまりと吊り上がった。
「少年はにゃかにゃか面白いにゃ。普通にゃらば怖気づいて、一刻も早く逃れようとするはずにゃのに、真っ向から向かっていくのか」
「――別に、お前を楽しませるためじゃない」
「!?」
言って、背を向けた小太郎の肩をシロが強く引いた。
「少年、にゃんだその怪我は?」
「大したことはない」
シロの手をうるさそうに振り払って小太郎はため息をついた。
「大したことあるにゃっ!! 血と炭の匂いが強すぎて気づかにゃかった。よくも今まで気を失わずにいたもんだにゃ」
言われてはじめて小太郎は背中に手をやった。
己の流した血でぐっしょりと濡れた背中は、手の平を滑る。
おそらく、牡丹を助けようと必死になっていた時に山伏の一人に斬りつけられたのだろう。あるいは、牡丹の首を抱えて逃げる途中だったかもしれない。
だが、小太郎にとって、それらはすべて自分とはかかわりのないこと、一枚紙を隔てた向こうの世界の話のように感じられた。
痛みさえも、小太郎にはぼんやりと霞がかったもののようだった。
「俺の血をなめるか?」
首だけをぐいと曲げて、小太郎はシロを見た。
自嘲気味の笑みが浮かんでいる。
「どうせ無駄に流れる血だ。選別の代わりにやるよ」
「そういうつもりじゃにゃい」
消え入りそうなシロの声が、小太郎の傷の深さを雄弁に語っていた。
しばしの沈黙ののち、小太郎は駆けた。
甲賀へ向かって。
自分の生まれ育った里へ。
ともに出立した三人の仲間を失い、ただ一人で――




