千々に炎は (19)
小さな牡丹の首は、小太郎が素手で掘り進めた穴にすっぽりと収まった。
兵介の時は二人がかりで、汗みずくになりながら穴を掘ったのに、今回は簡単に埋葬が済んでしまった。
そのあっけなさがまた哀しい。
冷たく湿った土の中で、誰にも知られぬままに眠り、朽ちていく牡丹――名残惜しく、牡丹の髪に手を触れた小太郎は、美しい蝶の形をしたかんざしが髪に刺さったままであることに気づいた。
牡丹のわがままに、渋い顔をしつつも兵介が手作りをした隠し武器だ。
「向こうでまた作ってもらってくれ」
せめてもの形見にと、小太郎は牡丹の髪からそれを優しく抜き、懐に入れる。
朱い蝶は【赤花】の中で舞う牡丹そのものを思わせた。
一度、着物の上からかんざしの存在を確かめて、小太郎は牡丹の首に布をかけた。
永遠の別れに震える手を必死に抑えつけて、上から土をかけていく。
下で眠る牡丹が苦しくないように、優しく、かぶせるように埋葬をして、ようやく小太郎は立ちあがった。
墓標などは作らない。
忍者にとって、死とは完全な消滅を指す。
生涯を影で過ごす彼らにとって、生と死の明確な境はない。死ぬことで、己の存在を知られる可能性がすべてなくなった、ただそれだけの感覚だった。
腰には喜平の瓢箪。
背中に兵介の脇差。
懐に牡丹のかんざし。
三人が確かに存在していたことを証明するものは、小太郎が身に着けた形見だけだ。三人が命を代償にして手に入れた珠は、二寸にも満たない大きさなのに、小太郎にはひどく重く感じられた。
「――血の匂いが濃いにゃ」
木の根元にしゃがみこんでいたシロが小さく言った。
「ずっとそこに……?」
小太郎は目をむいた。
牡丹を埋葬している間、人の気配など感じられなかった。小太郎の精神的な動揺も一因ではあるものの、完璧なまでに己の気配を消したシロが、やはりただものではないことを示していた。
それと同時に――
「辛かったにゃ、一人で泣くのは」
小太郎の顔が熱くなる。
牡丹の首を前に、泣き喚くところを全て見られていたということだ。
「戻るつもりかにゃ?」
シロはへらっと笑った。
「あんたが相手にしている奴らの正体を見たいと思わにゃいか?」
小太郎がまっすぐにシロに目を向けた。
その目元には泣きはらした跡があり、憔悴の色が濃い。
「ついてくるにゃ」
「……」
振り返らずに歩きはじめるシロの姿を、小太郎はしばらく悩むように見送っていたが、静かにそのあとを追いはじめた。
「細川殿はどうした?」
「飯綱の術で飛ばしてやったにゃ。今頃は何事もなかったように眠っているはずだにゃ」
牡丹と小太郎の戦闘のきっかけとなった細川勝元の安否を問うと、シロは心配するなと笑った。吉野から播磨までは常人の足で数日がかりの距離だが、いまさらそれを問う必要もない。
シロの言う”飯綱の術”に類似した術によって、小太郎も吉野まで連れてこられたのだから。
「あの坊ちゃんは飯綱の術やら、あんたらが見せた不思議な技に夢中だったぞ。術を学ぶにゃあ、坊ちゃんの年じゃあ遅すぎる、と伝えたらがっくりきていたにゃ」
言って、シロはにゃははっと声を上げた。
もしかすると、少しでも小太郎の気持ちを楽にするためにあえて軽薄に話をしているのかもしれない。
「詳しいな」
「そりゃ、だてに長く生きてにゃいさ。人間のことだって知る機会はある」
「まるで人間じゃないような話し方をする」
「にゃはは」
二人は軽い足取りで、だが驚くほどの速度で山の斜面を上がっていく。
その後、愛宕山の天狗に師事し、飯綱の術を自在に操るとされる人物が歴史に現れる。
名は、細川政元。
細川勝元の息子である。
父が青年時代に体験した奇妙な事件が、その人生にどこまで影響を与えたのかは知る由もない。




