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千々に炎は (17)

 なぜだ――!?


 業火に焼かれる苦しみに身もだえしながら、彼は叫んだ。


 すでにただれかけている喉と舌からでるのは、意味をなさない言葉だけだったが、彼は叫び続けた。

 目の前で起こった光景を、彼は信じることができなかった。


 自分が強くなるために捕らえ、喰らうべき少女――これまでに見たこともないほどに美しい少女は、彼の嗜虐心と食欲を同時に掻き立てた。自分の目から宝玉を引っぱりだしたという憎しみも相まって、彼は少女に対する残虐な思いを昂らせた。


 絶望と苦しみの表情は、少女の肉の味にぴりっとした刺激を与え、少女を助けようとする少年の必死の表情は、少女の味に甘味をもたらした。


 愉快な宴になるはずだった。

 だが、今の状況はなんだ?


 疾風のごとく舞い上がった少年は、少女の首をためらいもなく斬り落とし、姿を消した。少女が口に含んだ珠もろともに。


 彼が追いかけるよりも、切断面より燃え上がった少女の体が周囲を火の海へと変えるのが先だった。


 炎に焼かれるただひとつの目で彼は周囲を見回す。

 美青年の姿はすでになく、参加者のうち体の自由の利く者たちも避難を終えているようだった。

 残っているのは自分と、動くに動けない怪我人だけ。


 くそっ。


 忌々し気に彼は少女の体を見下ろした。

 振りほどけるならば振りほどきたいが、少女の両腕はしっかりと彼の太い両腕に、両足は腰にきつく絡みつき、離れようとしない。

 少女の体に触れた部分はすでに焼けただれ、半ば崩れ落ちた少女の体と融け合い、融合しつつあった。


 もはや、この肉体は使い物にならない。

 無念極まりないが、再び幽玄の世界へと戻るほかあるまい。


 この肉体はあくまでも借り物だ。

 そこから離脱することは、彼にとって困難なことではない。


 そんな彼の視界に、ふいに白い影が映った。


「……!?」

「見事だにゃ」


 真っ赤に燃え照らされる世界に、白い肌と服を赤くあぶられながら、美しい女が嘆息していた。周囲の凄惨な光景を、あでやかな笑顔を浮かべたまま眺めまわし、それから彼に視線を向けた。


「子供だと思っていたが、なかかなどうして」


 つつ、と軽い所作で彼の真正面までやってくる。

 足音ひとつ立てず、どこか優美な動作で目の前までやってきたその女は、彼を見上げて目を細めた。


「子供があれだけの戦いを見せたんだ。一人だけ、抜け出すのは都合がよすぎるんじゃにゃいか?」


 灼熱の炎に焼かれる彼の体に悪寒が走った。

 女が口の中で何事かを唱える。


「その肉体は下賜されたものだろう? 粗末にできにゃいだろう?」


 彼の全身を貫く痛みが、生々しい実感を伴いはじめた。先ほどまでの、薄い皮膜越しに感じていた痛みと異なり、明白に、くっきりとした痛みに変わる。


「肉体と魂の結びつきを強固にした。乗り物を変えるように体から抜け出すことはできにゃいよ」


 彼は目を見開いた。

 片一方だけの視界に、女のにんまりと笑った顔が見えた。どこか軽薄な色のある笑みだったが、その目の奥には苛立ちと憤りの色を見て取ることができた。


「ちゃんと地獄に堕ちていくんだぞ、楠木某(くすのきにゃにがし)


 それだけ言うと女は彼に背を向けた。


 ――肉体が落ちていく。


 焼けただれ、炭と化していく。

 彼の思考もまた、ぼろぼろと崩れていく。


「……天皇……我が君」


 立っていることもできずに、彼は地面に膝をついた。

 少女の残骸は今もなお炎を噴き、彼に絶え間ない苦痛を与えている。


「おそばへまいりまする…………ごだいご……天皇」


 幽玄の世界で慕い続けた主君の名をつぶやき、彼はどしゃりと地面に倒れた。

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