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千々に炎は (16)

 幾度も少女の名を叫びながら、小太郎は男たちの攻撃を防ぎ、かわす。

 小太郎の意識の向かう先はただ牡丹一人だけだ。


 片手がつぶされ、印を結べなくなった今、牡丹は丸腰の状態に等しい。

 助けに行かねばならない。


 小太郎の幼い顔にくっきりと焦燥の色が浮かぶ。


「……もはや、辛抱の時は過ぎた」


 鬼が低い声でつぶやいた。


「われらをたばかり、われらの御君(おんきみ)をないがしろにした憎き北朝どもめ。残り少ない我が世の春を精々謳歌しておくとよい。もうじき、御君がご即位なされる。時が来たならば、北朝の者どもを皆殺しにして、その肉を喰らい、血をすすってくれようぞ!」


 最後の声は、半ば咆哮に変わっていた。

 握り潰した牡丹の腕をつかんでぶんぶんと振り回しながら、鬼は狂気と歓喜の入り混じる声を上げる。乱暴に扱われる牡丹の額には、脂汗が滲んでいる。


「あんたの」


 牡丹が目を見開いた。

 表情そのものはこわばっているものの、牡丹の目から強気の色は消えていない。


「あんたの事情なんて知ったこっちゃないのよ!」


 牡丹は無事な左手のこぶしを口元へもっていき、中のものを口に含んだ。

 その時になって初めて、小太郎は牡丹の手に赤い宝玉が握られていたことに気づいた。先ほど、鬼に突撃したときに奪い取ったのだろう――いや、引きずりだしたのだ。


「その珠は、われらがあのお方から頂戴したもの」


 牡丹が左手から口中へと移動したものは、鬼の目に埋め込まれていた宝玉だった。


「返せ」


 牡丹の頭と細い肩を、鬼の両手がそれぞれつかむ。

 凄まじい強度で引っ張る。


 牡丹の閉じた口が歪む。

 眉間に深いしわが刻まれる。

 ねっとりとした脂汗が体中に浮かぶ。


 みりみりと牡丹の首を引きちぎろうとしているのだ。口中に含んだ赤い宝玉を取り戻すために、鬼は牡丹の首ごと奪い返そうとしている。引っ張りながら、鬼は牡丹の肩口に鋭い牙を沈みこませた。

 牡丹の足先が大きく震える。


「ああ、うれしや。うましや」


 食いつかれた牡丹の肩から、血が滴り落ちる。

 できることならば、牡丹は声を上げていただろう。苦痛と恐怖に満ちた悲鳴を上げていたに違いない。


 だが、牡丹は無言で小太郎に視線を送った。


 男たちに取り囲まれて、先の見えない戦いを続ける小太郎と目が合うと、牡丹は大きな目を細めた。わずかに口を開け、赤い宝玉を見せる。


「……くそっ!!」


 小太郎は舌打ちをして、汗でぬめる短刀を握り直した。

 牡丹の首が千切れかけていく。

 骨のきしむ音、皮膚の避ける音が小太郎にまで聞こえてくるようだ。


 牡丹が自分に何を求めているのか、何をしてもらいたがっているのか。

 小太郎にはその気持ちを十分に理解することができた。


 しかし――


 千切れかけた牡丹の首元に真っ赤な肉が見える――

 と見る間に、それは炎と化した。


 引き裂かれた傷口より、常に少女の心を焼き尽くしていた負けん気と、己の忍術に対する自負があふれだしてくる。とっさに逃げる間などあるはずもない。

 牡丹を引き裂こうとしていたそれは、たちまちのうちに紅蓮の炎に包まれた。


 その瞬間、【風舞】を行使し、まっすぐに牡丹の元へと跳んだ小太郎の短刀が、細い首を斬り落としていた。


 切断面から炎が燃え上がる。

 滴る血は炎へと変わり、勢いを増していく。


 牡丹という少女の肉体に閉じ込められていた炎が、ようやく自由を取り戻したように。

 かぶせられた皮膚からの解放を喜ぶように。


 気づいたときにはすでに炎はあたり一面を焼き尽くし始めていた。

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