千々に炎は (15)
小太郎の小柄な体が地面を這うように走る。
両手に握られているのはいずれも、一尺にも満たない短刀だ。
腰にずらりと下げた短刀を小太郎は惜しげもなく使い捨てる。切れ味が鈍るとためらいもなく次の短刀に持ち替え、一瞬たりとも攻撃の手を緩めることはない。兵介のような、動と静からなる戦闘形式とは全くの体格にある戦い方だ。
しかし、それが小太郎の忍術【風舞】の速度にのせて繰り出されるのだから、防ぐにしても一筋縄ではいかない。
足の腱を断たれて身もだえをする者、下から真一文字に切り上げられて倒れ伏す者、小太郎のあまりの速度に錯乱し、空振った刀で同士討ちまで始まっていた。
小太郎の地を這う攻撃にたまらず高く――人外とも思えるほどの高さまで飛びあがった者は残らず牡丹の【赤花】の餌食となった。
蛇のように地をうねる【風舞】と、空を飛翔する【赤花】。
混戦の中で二人の能力は通常以上の効果を出していた。対峙した男たちは、戸惑い、ためらい、二人を取り囲む輪は広がっていく。
「……あはっ」
牡丹の口元に笑みが浮かんだ。
自分の能力を好きに使い、相手を蹂躙する喜びが、可憐な少女の顔に刻まれていた。
兵介や喜平ならば、油断などするなと叱責したかもしれないが、彼らはもはやどこにもいない。牡丹の同胞である小太郎もまた、痛快な思いに駆られていた。
牡丹の【赤花】と小太郎の【風舞】がこれほどまでに相性の良いものだとは、甲賀の里の者たちの誰一人として知らなかったに違いない。多くの男たち、化け物たちであふれるこの場を支配していたのは、間違いないく二人の未熟な忍者だった。
「小太郎、このまま行くわよ!」
「おうっ」
二人の視線は一体の巨大な鬼にひたと据えられた。
侵入者の登場を受けて、鬼は再び酒宴の奥へと下がっていた。
今も悠々と杯を傾ける美青年を庇うように立ち、炎よりもさらに赤い宝玉を埋め込んだ目を爛々と光らせて、二人の忍者を見つめている。
目立つことをしてはならぬという頭領からの厳命も、この山奥では意味をなさないに違いない。
自分たちの力を思う存分に使う機会を与えられて、二人の忍者は沸き立っていた。
力を過信していた、ともいえる。
鬼が分厚い手の平で小石を弄んでいると気づいたのは、牡丹のほうが先だった。
「危ない!」
牡丹が叫び、小太郎を突き倒す。
転がる二人の頭上を、鬼の投げた石が凄まじい速度で通り過ぎ、そのまま一人の男の胸元に穴をあけた。
投石による攻撃は則繁も使っていた。
その知識がなければ反応すらできなかっただろう。則繁の技を見たときも驚いたが、速度と威力がさらに桁外れだった。まともに石を食らった男は、胸元を柘榴のようにはじけさせて血を吐きながら倒れた。
殺傷力のあまりの高さに目を瞠りながらも、すぐに体勢を戻そうとする二人の体に、巨大な影がかかる。
鬼が二人を見下ろしていた。
炎の作る影が鬼の顔を黒く染め、ただ紅い目と白く鋭い歯だけが妖しく光る。
大きく裂けた口の奥から、歓喜と狂気の混じるうめき声が聞こえる。
「くそっ」小太郎はとっさに崩れた体勢を元に戻したが、牡丹は立ち上がるよりも印を結ぶほうを選んだ。
至近距離から牡丹の【赤花】が鬼へと放たれる。
いかにも強気で、攻撃的な牡丹らしい選択だ。
「なめんじゃないわ」
牡丹の目元がゆっくりと細められる。
この少女が獲物、任務たる宝玉を前にみすみす退くような真似をするはずがないのだ。
苦悶の声を上げる鬼のその目に、牡丹が手を伸ばしたその時――鬼の巨大な左手のひらが、牡丹の手首をつかんだ。覆った右手の奥からのぞく、憎悪と呪怨に満ちた鬼の目は、ぞっとするような光を放つ。
ごきっ、という不気味な音が響いた。
それと同時に、牡丹の細い体が跳ねる。
牡丹のしなやかな指――炎を生み出すための指が力を失いくたりとしおれた。
手首を握りつぶされたのだ。
「牡丹!!」
小太郎が叫ぶ。
その背中に鋭い痛みが走り、小太郎は男たちの狙いが自分一人に絞られたことを知った。




