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千々に炎は (13)

 青白い箒星の登場に酒宴は一層盛り上がり、我慢できずに踊りだす者さえ出はじめたようだ。調子外れの囃子の音が聞こえてくる。

 その星の流れていく様を凍りついたように眺めていた二人は、尾の光が消えて、ようやく呼吸を取り戻した。


 妖霊星というものについて、噂と推測しか知識のない二人だったが、いましがたの流れ星を目にして、その性質についてはっきりと理解した。


 あれは悪いものだ、と小太郎は確信した。

 禍々しいもの、邪悪なもの――


 小太郎はちらりと牡丹に目をやった。

 美青年が指し示した牡丹が今回の彼らの狙いに違いない。それは、シロが話したこととも合致する。


 大事を取るならば、牡丹は安全なところに退避させておくべきなのだろう。だが一方で、牡丹が小太郎に見せた必死の表情が頭から消えてくれない。

 一人でいなくならないで、という牡丹の訴えは、小太郎の思いとも一致した。二人で戦って、二人で里に戻るのだ。


 決断を下せないまま、小太郎は奥歯を噛み締めた。


 無言のまま二人は酒宴を見下ろせる位置まで移動する。そこで二人は十数人の男たち酒宴に臨席しているのを見た。


『……まただわ』


 忌々し気に牡丹が口にする。

 山伏山伏山伏――ことごとくほら貝をぶら下げ、高下駄を履いた山伏だった。

 たくさんの山伏たちが酒を飲み、拍子に合わせて舞い踊る。


『……細川の坊ちゃんがいるわ』

『あいつもいる。すました顔で酒なんて飲んでいやがる』


 苛立ちをかみ殺して二人はじっと眼下を見つめた。


 先ほど二人をこの場所まで導いた美青年は、いつのまにか酒宴の上座に陣取り、妖しい笑みを浮かべたまま杯を傾けていた。隣には、勝元をさらってきた鬼が、幾分人間らしい姿になってかいがいしく酌をする。

 座の構成とほかの男たちの態度から見るに、美青年がこの場で最も権力を持っているようだ。


 さらに、美青年の席から少し距離を開けた正面には、細川勝元が床に転がされていた。

 意識はすでに戻っているようだが、手足を荒縄で縛られ、口に猿轡をかまされた状態でどうすることもできず、ただ目を見開き悪夢のような宴を見つめている。


 興の乗った男たちは、身動きのできない勝元の周りを取り囲み、踊り始めた。

 刀に槍、弓矢など物騒な獲物を振り回しながらも、どこか滑稽なしぐさで踊る。


 山の中を一陣の風が吹き抜けていった。

 薄桃色の花びらが舞い散っていくのを見てはじめて、二人は山中が満開の桜に覆われていることに気づいた。酒宴の酒の匂いでかき消されていたが、なるほど、意識してみれば鼻孔の奥に桜の甘い香りが届いてくる。


 ――吉野は桜の名所だったな。


 そんなことを、小太郎はふと思い出した。


 播磨を起点とする鬼ごっこの時間を考えると、吉野までたどり着けているとは到底信じられない。しかし、理由は分からないものの、小太郎は今、自分たちがいるのは吉野だと確信していた。


 かがり火が揺れ、桜が舞い、妖霊星が流れる。

 全てが夢幻(ゆめまぼろし)のような妖しくも恐ろしい光景が二人の心を乱す。


「小憎たらしい北の人間め」

「我らとの約を反故にし、安穏と平和を貪るやつらめ」


 ざわり、と空気が揺れた。


『雰囲気が変わったわね』

『いやな感じだ』


 拍子の音はまだ鳴り響いているが、陽気なはずのその音に不穏なものが混ざり始めた。踊る者たちからも、拍子を叩く者たちからもどす黒い悪意の炎がゆらりとたなびいている。


 悪意の向けられる先は、地面に横たえられた細川勝元である。

 つい先ほどまでは、踊るために使っていた刀や槍が、本来の役割を思い出したかのように鈍く光る。


『あいつら……!?』

『――ちょいとそれはお勧めしにゃいにゃ』


 二人が慌てて樹上から飛び降りようとしたとき、聞きなれた声が二人を引き止めた。

 甲賀の忍者だけが使うことのできる波長で話しかけてくるその口調、口癖は二人もすでに聞きなれたものだった。


『よかった。間に合ったにゃ』


 驚愕の表情を浮かべる二人に対し、にゃあにゃあと軽薄に話しかけるその人物は、まぎれもなくシロだった。

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