千々に炎は (10)
屋敷の外は混乱の極みだった。
砕けかけた腰をふらつかせながらも刀を握る者。
建物の陰に身を隠し、それが遠くに行くのを祈っている者。
悲鳴を上げる以外全て忘れてしまったようにひたすら声を張り上げる者。
むっとするような血の匂いの立ちこめる中、いたるところからうめき声が聞こえてくる。
屍が積み上がっていないのは、それがさほど真剣に攻撃をしていなかったことを示す。
人々の視線の先にあるものは――異形のもの。
一見したところ、人に似ている。
だが、八尺にも及ぶ全身は筋肉で大きく膨れ上がり、実際よりも巨大に見える。後ろに垂らした蓬髪は乱れ放題なのに、それでいて、きちんと戦装束に身を包んでいるのがかえって不気味だった。
「則繁とは違う……」
幾分、ほっとして小太郎はつぶやいた。
自分が仕損じたことに対する不安と、則繁の人間性を信じたい思いがその胸の内にあった。
「ねえみてよ、あれ、細川の坊ちゃんじゃないの?」
牡丹の言葉に小太郎もうなずく。
一人の人間がそれ――鬼の巨大な肩にぶら下げられている。見覚えのある縹色の衣服は、先ほど勝元が部屋にやってきたときに着ていたものだ。
「やれうれし、いとうれし、良い土産ができた」
鬼は嬉し気に足を弾ませて踊る。気を失っているのか、勝元の体は鬼の動きに合わせてただただ揺れるだけだ。
鬼の蓬髪が揺れて、不気味な顔が見え隠れする。
耳元まで裂けた口の奥に、鋭い牙がいくつも並んでいる。
さらには、不気味に光る赤い瞳――
「あっ!!」
牡丹と小太郎二人の声が重なった。
大きな顔に比しても大きな瞳。赤く光る真ん丸の瞳のひとつは明らかに作り物だった。
朱い宝玉。
柘榴石の珠。
それが自分たちに課せられた使命にかかわるものであると、考えるまでもなく二人は理解した。
「吉野じゃなくて、どうしてここにいるのかはわからないけど、好都合ね」
牡丹の髪が逆立ち、大きな目が猫のように光る。
普段から好戦的な牡丹が戦闘態勢になった時の表情だ。
「行くわよ、小太郎」
「言われるまでもねえよ!」
返答と同時に小太郎は駆けだした。
風のように速く、滑らかに。
だが、鬼はぽおんと大きく跳んで、二人の忍者との間の距離を保った。
「今宵の花見と星見の贄は決まった。急げや急げ」
再び弾むような声を出して、くるくると回る。
二人を誘っているようにも、嘲弄しているようにも見えるしぐさだった。
「くそっ」
「待ちなさいよっ」
幼い忍者二人は、見事にその挑発に乗って鬼の巨大な影を追いかけていく。
「待つにゃー!!」
シロが声を上げた時にはすでに、異形の影と二人の忍者は遠くへと姿を消していた。鬼の獣じみた体臭が薄れ、その場にいる者たちの凍りついた時が動きはじめる。
慌ただしく行き来をはじめる人々の中、シロはふらふらと屋敷の外に出てきた一人の女性に目をやった。
勝元の妻、春である。
彼女は夫が連れ去られた方向へ美しい瞳をうつろに向ける。
言葉もなく、呆然と立ち尽くす彼女の黒髪、丁寧に梳き上げられた髪に何かがあった。
濡れ羽色の髪と同じ色合い。目ざといシロでなければ見つけられなかったかもしれない。
「ちょっと失礼するにゃ」
シロは手を伸ばして、無反応の春の髪からそれをつまみ上げる。
「……羽だにゃ」
夕刻の迫る、赤い空気に透かし見ながら、シロは眉をひそめた。
黒い羽を見つめるシロの耳に、烏の鳴き声が聞こえたような気がした。




