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千々に炎は (8)

「――入ってもよいか?」


 二人の横になる部屋の向こうでふいに勝元の声がした。


「だ、大丈夫です」


 小太郎の返答を律義に待ってから、勝元は扉を開けた。

 二人に向かってにこりと笑って見せる。


「調子はいかがかな? 腹が減っているようであれば、何かしらの膳を用意させよう」

「おかげさまで、十分に元気になったわ。ご親切にありがとう。でも、迷惑にならないうちにあたしたちはお暇するわね」


 布団から抜け出ようとする牡丹を勝元は優しく押しとどめて、彼女の目をまっすぐに見た。


「先ほどの話を聞かれていたか? みっともないところを見られてしまった」


 勝元は首を振る。


「あれが――儂の妻が何と言おうと、あれにはどうする権利もない。そなたたちは心行くまで休んでいかれるとよい。何なら、ずっとここにいてもいい」

「どこの馬の骨ともわからない人間なのに、ずいぶんと親切ね」


「…………そなたの目は、美しいな」


 唐突な勝元の言葉に、牡丹はぎょっとしたように目を見開く。


「まるでその中で炎が燃えているような、不思議な色をしている」

「あたしはね、炎が人の皮をかぶっているだけだから」


 牡丹が口元を歪めて、影のある笑みを浮かベてみせる。


 それは、甲賀の里にいた時に口さがない者たちがよく口にした言葉だ。


 炎を自在に操る能力【赤花】を生まれながらに持っていた牡丹への羨望と嫉妬からなる誹謗だった。

 炎の化身、と揶揄されることもある。いずれも百の忍術を持つと言われる頭領の娘であれば、さもありなんといった意図をはらみ、牡丹の力の要因を全て出自に求める言葉だった。


 一方で、彼女自身の努力は完全に置き去りにされていた。


 牡丹が里の人々とのかかわりをほとんど持たずに、兵介、喜平、小太郎の三人だけと過ごすことが多かったのも、そこに大きな理由があるのだろう。

 孤高を気取っている、と陰口を叩かれることもあったが、牡丹の立場では孤独にならざるを得なかった。

 仲良くなっては怖がられ、避けられることを繰り返してきた牡丹は、傷つくことを恐れて次第に、自ら孤独を選ぶようになっていったのである。


 勝元へ対する態度も、端から人と関わることを諦めた牡丹の考えから来るものに違いなかった。

 しかし、そんな牡丹の拒絶は勝元には効果を示さなかった。


「炎か、なるほど、だから美しいのか」


 かえって目を輝かせて見つめてくる勝元に、牡丹は拍子抜けして幾度も瞬きを繰り返す。逆に一本取られたような牡丹の様子が面白くて、小太郎は布団に顔を半分潜り込ませて、笑いをかみ殺した。


「炎の君、湯は苦手かな? よろしければ湯を用意させよう。疲れているだろうから、そこで汗を流し体を休めるといい」


 勝元は立ち上がり、静かに部屋を出ていった。


「……変な奴」


 炎の君――牡丹が、心底からの言葉を吐いた。

 調子を狂わされたことへのいら立ちが、そのとがった唇にはっきりと現われている。


「湯を用意するって言っていたな」

「余計なお世話よね。見ず知らずの人間だってのに」


 言いながらも、牡丹は目に見えて落ち着きをなくしている。

 甲賀の里を出てからすでに一週間近くになる。その間、湯あみはおろか水浴びすらもろくにできていないのだ。小太郎でさえもそろそろ体を流したいと思うくらいだ、年頃の少女である牡丹など、湯への欲求は耐え難いものになっているに違いない。


 湯を借りるまではここにいようか。

 小太郎はうっすらと目を閉じた。

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