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千々に炎は (5)

「気ににゃってはいたんだ」


 木立の奥の小さな広場――

 この場にいるもので自由に動けるのはシロだけだ。


 痛みにうめく二人の忍者を順に眺めながら、シロは広場を移動する。

 横たわる小太郎に手を伸ばし、その襟首をつかむと引きずって広場の一部に投げ出した。目で射殺すほどに敵意をを込めてシロをにらみつけるが、艶やかな笑みは小太郎の憎悪すべてを完璧なまでに跳ね返す。


「あの方がにゃにも考えずに動くにゃんてことはありえにゃい。きっと、にゃにか裏があるに違いにゃいと思った」


 今度は牡丹の襟首をつかみ、小太郎とはまた異なる場所へ放り投げた。


「あんたらが甲賀だっていうことを聞いて、ようやくわかった」


 牡丹を放り投げたシロは再びゆっくりと歩いて、ある一点で足を止めた。


「一人、足りにゃいが、まあいいにゃ」


 シロは二人が作ったばかりの兵介の墓標をかえりみて、小さく肩をすくめた。


「本当はここに潜るのが得意にゃ男の子にいてほしかったんだけどにゃ」


 亡き喜平を思わせる台詞を口にして、シロは地面を指さした。

 シロの脳裏に浮かぶ喜平の存在を合わせると、四人はシロを中心とする正方形の頂点に位置していた。

 喜平から左回りに、兵介の墓、牡丹、小太郎と並ぶ。

 

 首を捻じ曲げて四隅を見回してから、シロはため息をついた。


「さすがはあの方だにゃ。規模が大きくて感心するにゃ」

「……どういうことよっ!!」


 四肢の自由を奪われていても、口までは奪うことはできない。

 苛立ちをつのらせた牡丹が声を荒げた。

 そんな牡丹にどことなく優し気な笑みを見せて、シロはぽつりと口を開いた。


「四神相応っていう言葉を知っているかにゃ?」


 言って、シロは自らの足元を指さした。形の良い細い指先が、それ単独の生き物のように揺れてくねる。


「ここが京だにゃ」


 シロは牡丹に背を向けて、ゆっくりと歩く。

 喜平のいるべき位置とした地点でシロは足を止めた。

 二人を順に見て、にんまりと笑う。


「ここは黒い亀の神様だにゃ。北と水を司る神様が、山のようにどっしりと構えている」


 ――【水鏡(みずかがみ)


 言葉には出さずとも、牡丹と小太郎の脳裏に同じ考えが浮かんでいたに違いない。

 わずかに動揺する二人を横目に、次にシロは兵介の墓へと向かった。


「西には白い虎の神様。あたしはこの神様が一番好きだにゃ。とてもかっこいいからにゃ。金を司るんだから、きっと鉄もこの神様の範疇だにゃ。この神様は大きな街道でお昼寝をしている」


 ――【白閃(はくせん)


 さらに足を勧めて、シロは牡丹の目の前に立った。

 神をも恐れないほど強気な牡丹の肩が激しく震える。


「南は赤い鳥の神様。炎も司って、自ら焼き鳥ににゃっているらしいにゃ。一回食べてみたいものだけど、きっと返り討ちに会って殺されるにゃ。いつも流れる川のそばにいるのは、体が燃えて熱いからだと思うにゃ」


 ――【赤花(せっか)


「でたらめよっ!」


 耐え切れずに牡丹が叫んだ。

 シロが何を言おうとしているのかは知らない、だが、何かおぞましいことを告げようとしている――それだけは二人にも分かった。


 必死になって否定をしようとする少女と、こわばった顔で自分を見つめる少年に、優しげな笑顔を返して、最後にシロは小太郎の鼻先で足を止めた。


「東は青い龍の神様。普段は池とか湖の底に潜んでいるらしいにゃ。近づくと引きずり込まれて食べられちゃうかもしれにゃい。怖い怖い。木を司る神様だけど、風も司っているんだにゃ」


 ――【風舞(かぜまい)


「北に山、西に街道、南に川、東に池を配する京の都は、四体の神様たちに守られたまじにゃいの都だにゃ」


 シロはぴょん、と正方形の中央に飛んで戻った。


「誰かが神様の守りを破って京に危害を加えようと考えても実行するのは、にゃかにゃか難しい。かにゃりの力の持ち主でも、大半を費やさねば(にゃ)し遂げられないだろうにゃ」

「……それは、誰のことを指している?」

「何度かお目通りはしたはずだにゃ」


 明言はせず、シロは小太郎に目配せをした。

 苦痛にうめく二人の忍者を前に、シロはいとも気安い様子である。

 確かにシロの言うとおり、二人の脳裏に同じ顔が浮かぶ。


 完璧なまでに整った白皙の美青年。

 頽廃的な笑みさえも一種の魅力とする怪しげな人物は、二人の網膜からは決して消えなかった。


「――だから、あの方は京の(まじにゃ)いの上から、もうひとつ(まじにゃ)いをかけることにしたんだ。京の(まじにゃ)いをすべて包み込み、破り去るような大きな大きな(まじにゃ)いだ。それにはもちろん、力がいる。力を得るためには、(にゃん)らかの犠牲が必要だ。その力が大きければ大きいほどにゃ」


 わかるだろう? とシロは二人を見比べた。

 分からないはずがない。


 牡丹も小太郎も、己の忍術を手に入れ、使いこなすまでにどれほどの辛い修行をしてきたことか。同様の志をもって二人とともに修行をしてきた者たちのうち、ほとんどは修行に耐えかね、忍者たちの下支えとなるべく農業へと精を出すことになった。

 修行の中で一生残る傷や障害を負ったものも少なくはなく、命を落としたものさえもいる。


 甲賀の里で忍者として生きていける者は、ごくごく一握りなのだ。


「今回の場合、その犠牲は命だ。それも、若く純粋にゃ――人生のすべてを強くにゃることに注ぎ込んできたようにゃ命だ」

「それって」


「京から見て、若狭は北に当たる。まず、そこに命をひとつ」


 牡丹の声に重ねるようにして、シロは口を開いた。


「西は播磨。続いて命をひとつ」


「うそだっ!」

「嘘じゃあにゃい」


 答えたシロの声は静かだったが、底知れぬ迫力があった。空を覆う木の枝がシロの顔に影を落とし、ただその二つの目だけが金色に光る。


「南は吉野、そこにも命をひとつ」


「……そんな」


「東は甲賀、最後に命をひとつ。これで完成だ」


「待ってくれ、甲賀!? だって、俺たちは頭領から言われて……」

「ああ、そうだったにゃ。二度とは帰らぬ死出の旅に送り出したのは、あんたたちの頭領だったんだにゃ。残酷にゃ話だ」

「お父様がそんなことするわけないわ!」


 シロの目が一瞬丸くなり、それから悲しそうにゆがんだ。


「父と子、兄と弟が相争い、憎しみ合い、殺し合うのをあたしは何度(にゃんど)もこの目で見てきた。金のため、名誉のため、権力のため――理由は様々だったが、人は食らい合うものだ。気の毒だが、それは人の持つ性質だ」

「…………」

「あんたたちは図られていたんだよ。にゃにも知らされないまま、大きく口を開けた化け物の顎へ一人ずつ首を差し出していたんだ――今からでも遅くはにゃい。逃げろ。力の限り逃げるんだにゃ」


 伝えたいことはそれだけだ、とシロは言葉を切った。

 二人の忍者が茫然自失の体でただ目を見開いているのを見て、「少し頭を冷やすといいにゃ」と背を向けて、木立の向こうに消えていった。


 シロの姿が見えなくなってからも、牡丹と小太郎は何も言わずにただ視線を交わすことしかできない。関節を外された痛みさえも、シロの話から受けた衝撃に比べればはるかに軽いものだ。


 横たえ、頬を押し付けた地面のひんやりと湿った感触を、膜一枚隔てたように遠いものに感じながら、二人はそろって兵介の墓標を見た。シロの指さした喜平に当たる空間へ目を向けた。


 年少組を見守り、厳しくも優しく導いてくれる年長の二人はすでにいない。

 戸惑い果てた二人は、今まさに教えを請いたいと思った。


「兵介、喜平……」


 どちらともなくつぶやいたその声は、木々のざわめく音と、遠くで聞こえる鳥の声に吸い込まれていく。

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