千々に炎は (3)
夜はすっかり明けた。
澄み切った青空に太陽の白い光があふれ、枝葉の隙間を縫うようにして差し込む光は、牡丹と小太郎の顔や体にまだらの模様をつける。
則繁と最初に会話を交わした木立の影に、二人は無言で座りこんでいた。
泥で汚れた両手を力なく垂らし、視線は目の前の地面――周囲と比べて明らかに新しい土が露呈している場所へ注ぐ。
焦点の合わない目元から頬にかけて、涙の流れた跡はあるものの、目はすでにからからに乾ききっていた。夜通し流れ続けた涙はすでに枯れ果てている。
無残な姿で息絶えていた兵介をこの場所まで運び、埋葬できたのが不思議なくらいだ。
――どうして?
答えのない自問自答を小太郎は繰り返す。
どうして、こんなことになったのか。
使命を受けて、甲賀の里を出てからまだ一週間にも満たない。
その間に、すでに二人が命を落とした。
頭領はこのことを予期していたのか。いや、それならば何らかの警告を与えてくれるはずだろう。
「……吉野に行こう」
生まれてはぐるぐると回り続ける、底なし沼のような思考をいたずらに重ねていた小太郎は、牡丹のつぶやきでようやく顔を上げた。
ぼやけた視界の焦点を合わせて、牡丹を見る。
頬に泥をつけた牡丹は唇をかみしめ、それでもまっすぐに地面――兵介の眠る先を見つめていた。
「使命を果たして帰らなくちゃ、あたしたち、兵介と喜平に会わせる顔がないよ」
若狭、播磨、吉野――この三国を巡り、三つの宝玉を手にして戻ってくることが頭領より与えられた使命である。二人の命と引き換えに、二つの珠を手に入れることができた。
残りはあとひとつ。吉野にあるという柘榴石の珠だ。
二人が命を賭したのは何のためか?
この使命を果たすために他ならない。
であれば、二人の死を無意味なものにさせないためにも、三つの珠を携えて帰らねばならぬのだ。
「やめたほうがいいにゃ」
うなずいて、よろめきながらも立ち上がりかけた小太郎は、ふいに降ってきた声に動きを止めた。
薄暗い光景に白い姿がぱっと光る。シロだ。
憔悴しきった二人とは対照的に、シロの顔色はいつもと変わらない。
さすがにあだっぽい笑みを消しているのは、二人に配慮したためか。
「見たところ、あんたたち二人は新人だにゃ? 碌にゃ判断ができるとも思えにゃい」
辛辣な言葉ではあるが、シロの本意が込められていた。
「そもそも、あんたたちは使命とやらを受けた時、こんにゃ勢力がいるとは聞いていにゃかったのだろう? 情報がどこかから漏れたとみて、今すぐ戻って報告をするべきじゃにゃいか?」
「バカなこと言わないでよっ!」
まぎれもない正論を受けて牡丹がいきり立った。
二人にとって、彼らにとって、使命とは文字通り命を使って果たすべくものだ。
戻れというシロの言葉が、悩んでいた自分たちの弱みを突いてきた。
「甲賀の誇りにかけて、このまま帰るなんてわけないわ!」
「……ちょっ、牡丹」
口外ご法度の“甲賀”の単語を牡丹がさらりと漏らした。慌てて小太郎がいさめるものの、すでに口から出てしまったものは戻しようがない。
「甲賀」
シロは一瞬、目を丸くして、それからゆっくりと目を細めた。
「若狭、播磨、吉野、甲賀……にゃるほど」
腕を組み、左手の指で自分の下唇をこね回しながら、シロは思案に暮れる。
左手は白い二の腕までむき出しの、なまめかしい姿だ。
いや、二の腕を覆っているはずの着物の袖はどこに行ったのか?
そこまで考えたところで、小太郎は素早く飛び跳ねて、シロから距離を取った。
「牡丹! あいつから離れろ」
腰から短刀を二本抜いて、シロに向かって構える。
「左腕は兵介が斬ったはずだ!」
明け方、牡丹と小太郎はシロが兵介に接近しているところを目撃した。しかとは見えなかったが、接吻らしきものをかわして、それから兵介の【白閃】により、シロの細い腕が宙に舞うところも。
だが今、現れたシロの腕は二本とも生えそろっている。
二人が遠目で見た光景が錯覚でなかったことは、左の袖が中ほどで断ち切られていることから明らかだった。
「えっ、あっ、ええっ!?」
わたわたしつつも、小太郎の言葉の意味を理解した牡丹は、陣形を展開して印を結んだ。
「今頃気づいたのかにゃ?」
組んでいた腕をほどき、二人によく見えるようにシロは左腕を自分の首に巻くようにして、肩の高さに上げた。
にんまりと笑みを浮かべて、斬り落とされた着物の袖をまくって見せる。
二の腕の中ほどに、赤い筋がぐるりと一周ついていた。
「……お前、何者なんだよ」
それが、明らかに兵介の斬撃の跡だということを理解して、小太郎は呻くように口に出した。
シロの目がさらに細く吊り上がる。
「化け物さ」




