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揺らぐ光輝 (15)

 浅く速い呼吸音が、夜中の空の下に響いている。


「……にゃんで」


 悲し気な声を耳にして兵介は薄く瞼をあげた。


 あたりには濃厚な血の匂いが散乱し、地面は豪雨の後のように濡れ光っている。

 幾重にも折り重なった山伏たちの屍の中央に、兵介は立っていた。

 すでに全身の感覚はなく、刀を支えにして何とか重力に逆らっている状況だ。


 山伏たちの七割ほどはどうにか斬り捨てたが、残りはすでにどこかへ散逸した。

 逃げたのではなく、おそらく、とどめを刺すまでもないと判断したのだろう。


 終わりのない戦闘の中で兵介は切り刻まれ、足元には兵介自身の血と肉とはらわたも散らばっていた。

 生きているのではなく、まだ死んでいないだけという状態にすぎないことは、誰が見ても明らかだった。


「忠告したのに。にゃんで?」


 シロがふわりと降り立った。

 白い肌に白い服――暗夜の中でもその姿はくっきりと浮き上がって見えた。血なまぐさい光景には似つかわしくない美しい立ち姿。

 眉を下げた憂いを含んだ表情は、いつものシロらしくもない。


「何を……しに、きた……」


 かすれがちな声で、兵介は低く尋ねた。


「首尾を確認しにきたんだにゃ。あぶにゃい時間ににゃったから、手助けが必要かもしれにゃいと思って。でも、にゃんでこの時間に行動したんだにゃ。あれだけ忠告したのに」

「貴様の言葉が本当だとして、我らに助言をする理由が……わからぬ。何の得にもならぬであろう」

「損得の問題じゃにゃいんだにゃっ!」


 シロは珍しく感情をあらわに声を荒げた。声が震えている。


「あたしは、君たちに生きてほしいんだにゃ」

「……俺の血は要らぬのか、化け物め」

「…………」


 精一杯の兵介の毒にもシロは反応しない。


 兵介の周囲に転がる屍の中に、幼い二人の忍者の姿がないことにシロは気づいていた。それは、彼が年少組二人を逃し、己が盾となったことの証左である。

 すでに深い傷を負った状態でその決断をするということは、先に待つのが死のみであることも理解していたに違いない。


 それでもなお、兵介は二人の仲間のために迷わずに選択した。


 傷つき果てた青年のすさまじいまでの自己犠牲に、シロは感動さえ覚えていたのである。

 兵介も自分を見つめているシロの目に、これまでとは違う感情が含まれていることに気づき、舌打ちをした。


 同情をされたくはなかった。


「君は、死ぬ」

「だからどうした」

「じきに死ぬ。でもすぐには死ねにゃい」


 それは甲賀の忍者の並外れた体力と精神力によるものだった。

 兵介のほどの傷を負ったなら、普通の人間であればあまりの苦痛に意識を失い、緩やかに死を迎えるはずなのだ。だが、兵介は意識を失うことができない。

 削られていく命を感じながら、死を迎えるその時まで、絶え間ない苦痛と戦い続けるしかないのである。


 しばし、二人の間に沈黙が流れた。


 静かに、どこか悲し気に兵介を見つめるシロとは対照的に、兵介の目には強い怒りが宿っている。


 二人の呼吸以外に物音の聞こえない静かな夜の闇。

 ふいにばたばたと激しい足音が聞こえてきた。

 足音はひとつ、ふたつ、みっつ――


 かすかに音の聞こえた方向に目を向けて、兵介はそれが赤松則繁と二人の忍者、牡丹と小太郎のものであることを理解した。

 やはり――兵介の口元がかすかに緩む。


「うにゃっ、集まってきたにゃ!」

 シロはふわりと兵介に顔を近づけた。

「少しだけだけど、楽にしてやるにゃ」


 吐息のようにささやくと、シロは兵介の唇に己の唇を押しつけた。


「少しだけ、楽にしてやるにゃ」


 ぬるりとシロの舌が兵介の口に入り込む。シロの舌がまるで生き物のように兵介の口中をかき回す。それに合わせて、強い意思の力で押さえつけていた体中の痛みが薄れていく感覚に陥った。同時に、自分自身の体がまるで膜を一枚隔てているようにどこかぼんやりと遠くなっていくような。


 意識が薄く、遠くなっていく。


 にらみつける兵介の双眸が、シロの金色に光るそれと交錯する。

 目が離せない。まるで、妖術に当てられたように兵介はシロの目から視線を引きはがせなくなっていた。


「……きさ、ま……」


 密着した唇の隙間から、兵介は怒りの声を漏らすが、それを気にする様子もなく、シロは兵介の口を吸い続ける。

 兵介の体から力が抜けていく。

 崩れ落ちそうになる体を、地面に刺した太刀で必死に支える。


「つらい思いをすることはにゃいんだにゃ。あたしが持って行ってやるにゃ」

「この女狐が!」


 力を振り絞り、兵介は抜いたままの刀を一閃した。【白閃】のようで、だが、それよりもはるかに速い刀の動きに、さすがのシロも反応が追い付かなかった。


「ぶにゃあっ!!」


 シロが悲鳴を上げた。

 兵介の首に巻き付いていた左手が、ばさりと切り落とされる。


「貴様の、思い通りになど……させぬぞ」


 細かく痙攣する己の腕を拾い、尻尾を巻いて去っていくシロを見ながら、兵介はつぶやいた。

 唇の端から、兵介とシロの唾液が血と混ざりあって滴り落ちる。



 かすんだ視界の向こう――暁の空の下にふたつの影法師が見える。小さくて頼りのない二つの影は、兵介が誰よりも庇護しなければならないと誓った同郷のものだ。


 兵介、ひょうすけっ――

 必死な二人の声が兵介の耳朶をくすぐる。


「感謝し申す――」


 シロを斬った体勢のまま、兵介は地面に倒れた。

 最後の言葉は、赤松則繁に贈ったものだったが、彼の耳に届いたかどうか。

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