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揺らぐ光輝 (13)

 月明りにほの白く照らされた真夜中の闇の中、牡丹と小太郎は曲者の姿を必死に追っていた。


 走る速度は牡丹に合わせている。

 というのも、一度小太郎が【風舞】で曲者に躍りかかったが、反対に地面に叩きつけられそうになったところを、牡丹の【赤花】で何とか助かったという一幕があったからだ。


 単なる物取りではない――


 これは、牡丹も小太郎もはっきりと感じていることであった。

 口にしてはいないものの、追っている相手の正体も二人には察しがついていた。


「小太郎、後ろっ!」

「分かってるよ!」


 牡丹の金切り声に小太郎もまた、怒鳴り声で返す。二人の背後から聞こえてくるのは、殺気をはらんだ足音。ざりっざりっと砂をかむ音は、否が応でも山伏の吐く高下駄を想像させる。

 兵介が討ち漏らした山伏に違いなかった。


「牡丹は先を」


 軽く言い捨てて、小太郎は体を深く沈めた。

 素早く体を反転させると、追いかけてくる山伏の腱をがむしゃらに斬る。自分の攻撃が牡丹、兵介と比べて威力に欠けるのは認めざるをえない。

 行動不能状態に追い込むのが最優先である。


「うわっ!?」


 相手の足の自由を奪うことに気を取られすぎて、崩れ落ちた山伏が振るう錫杖に体勢を乱された。

 慌ててよけた先に、舌なめずりをして待つ一人の山伏――


「小太郎!!」


 声と同時に巨大な炎が、牡丹の小さな体から噴き出した。


「まじかよ!?」


 小太郎の体のすぐ脇を、遠慮のかけらもない牡丹の【赤花】が飛んでいった。

 一瞬のうちに火だるまになった山伏は、消し炭に変わりつつも、いまだ筋肉の収縮で身もだえをしている。

 あと数寸もずれていたら、小太郎ももしかしてああなっていたかもしれないと思うとぞっとしない。


「ばっ、ばか!! 俺まで焼くつもりかよ」


 間一髪で難を逃れた小太郎が走りながらわめくと、牡丹はあからさまに不機嫌を表に出して、


「そんなの知らないわよ、あんたがよければいい話でしょ」


 と頬を膨らませる。


 このような牡丹の対応はいつものことだ。

 甲賀の里でも並ぶもののないほどに強力な能力を持つ牡丹は、若干――いや、かなり己の能力に対する自負が強い。牡丹の能力をみればさもありなんと思えるものの、ともに戦う小太郎としてはやりにくいことこの上ない。


「お前さ、そんなんじゃあ使えねえぞ」

「なに?」


 牡丹の眉毛がぴくりと動く。


「だから、そうやって見境なしの攻撃じゃあ、目立ちすぎるし、誰かと組むことも危なくってできやしねえ」

「別にあたしより弱い奴なんかと組みたくないわ」

「兵介だってやりづれえんじゃねえか?」


 里で一番の剣士が牡丹の能力に惑わされるとも思えないが、小太郎はあえてその名を出した。


 雲の上の存在に近い頭領を覗けば、里の忍者たちの間で圧倒的な尊敬を集めているのは兵介だった。

 特に、年若い忍者たちにとって、年齢も近くそれでいて頭領に次ぐ強さを持つ兵介は憧れといえた。

 もちろん、牡丹も例外ではない。


「広範囲の炎は目立ちすぎるし、味方にも危険が及ぶってことね?」


 あえて兵介の名を出した小太郎の作戦ははまったようだ。うなずくより先に、小太郎の顔のすぐわきを、熱線が通り過ぎていった。

 げえええええ!! と、ひび割れた悲鳴が二人の背後で聞こえる。


「絞ればいいんでしょ?」

「……できるなら最初っからやれよ」

「やってみたらできたのよ」


 ひたひたと迫りくる山伏を、牡丹の【赤花】が灼いたのである。

 炎を細く絞ることで、小太郎が指摘した欠点を完璧に克服した状態で。


「次からはこっちで頼む」


 小太郎は悔し紛れに憎まれ口をたたいた。

 一瞬のうちに欠点を修正して見せた牡丹が得意げに唇を釣り上げる。

 認めるのは悔しいが、牡丹の能力がたぐいまれであることは間違いない。


『ねえ……あの影』


 ひとまずは山伏たちの襲撃の波が去ったようで、静寂を取り戻した真夜中の空の下、牡丹が小さくささやいた。

 小太郎もうなずいた。


 今に至っては疑いようもない。

 あの影の正体は昼間に出会った赤松則繁であり、彼が向かっている先はこれまた昼間のあの広場である。


『あいつ、宝玉に未練はないって言っておきながら、やっぱり欲しくなったんじゃねえか』

『あれだけ大きな真珠だから、相当な値が張るものでしょ』


 隠遁生活を送るにせよ、則繁の言う“選びなおし”をするにせよ、先立つものは必要である。昼間に話をしたとき、則繁は宝玉を諦めると言ったが、気が変わったのか理由はともかく、三人に対し抜け駆けをしたに違いない。


 黒い影は街道の脇にひょいと消えた。

 例の場所へと続く道である。


 迷うことなく二人もそのあとに続いた。



 ――木立の中に入った時より、牡丹と小太郎は戦意をあらわにしていた。


 宝玉を手に入れるという使命はもちろん、それよりも一度は宝玉を諦めると言っておきながら、だまし討ちのように奪っていった赤松則繁に対する怒りがふつふつと湧き上がっていた。

 騙し騙されがまかり通る闇の世界では日常茶飯事だ、と兵介と喜平だったら言うだろう。だが、それを理解するのに牡丹と小太郎はまだまだ幼すぎた。


『一気に行くわよ』

『おう!』


 ことさらに抑えた声をささやきかわして、二人は広場へと駆けこんだ。


 木の葉を通して、月明りがまだらに差し込む中、大きな影は待ち構えるようにして立っていた。堂々ともいえるその様子は、彼の目的地がまさにこの場所だったということを如実に表していた。


 わずかな光を反射して、薙刀の刃がきらりと光る。

 静かな中にも強い殺気が吹きつけてくる。


 強い殺気に一瞬だけでも怯んでしまった事実を隠すために、牡丹と小太郎は勢いよくその影に襲い掛かった。

 小太郎の【風舞】が地面より、牡丹の【赤花】が空中より巨大な影に向かっていく。


 先に相手に届いたのは牡丹の【赤花】である。

 細く絞られた炎が影の頭部へとまっすぐに伸びた。


 則繁は若干の動揺をしたようである。

 わずかな身じろぎの後、最小限の動きで攻撃を避けた。

 続く小太郎の足元を狙った攻撃は、薙刀の柄に短刀を食い込ませることで、小太郎の手から手からもぎ取った。


 小太郎はすぐに飛びずさり則繁から距離を取る。


 小太郎の短刀は使い捨てに近い。

 ずらりと腰から下げた短刀を再度両手にとって、宙返りをしながら樹上へ降り立った。


「……二人か?」

 則繁のすっとんきょうな声が闇に響いた。

「さむれえのにいちゃんはいねえのか?」


 その問いに答える声はない。

 上下を逆転した体制で、二人はもう一度獲物へかかる。すなわち、小太郎は上から則繁の肩口を、牡丹は下から足を狙う。


 ――【風舞】!


 とん、と木の幹を蹴り小太郎は則繁に飛ぶ。

 その名の通り、一陣の風のような音のない素早い動作である――が、則繁は小太郎の短刀を軽い所作でよけ、さらには牡丹の放った【赤花】を薙刀の刃先で受けた。刃が一瞬赤く光り、地面に降り立つ寸前の小太郎と、驚愕の表情を浮かべる牡丹の姿を映し出した。


 小太郎は着地より先に片腕を強い力でつかまれて、地面に叩きつけられた。


「かはっ」という小太郎の声を一顧だにせず、則繁は唖然とする牡丹に丸太のような腕を叩きつけた。

 細い牡丹の体は軽々と跳ね飛ばされて、木立の一本に激突する。


「なぜ二人で来た」

「…………」

「なぜだっ!!」


 必死の形相で問う則繁に返答する余裕は二人にはない。


「くそっ」と、則繁は舌打ちをして二人を後に、広場を出ていこうとする。

 その大きな背に向かって、赤い光と白銀の光が軌跡を描いた。


 牡丹の【赤花】と小太郎の短刀である。


 歩みを止めぬまま則繁は、背に回した薙刀の刃と柄で二条の攻撃を防いだ。

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