揺らぐ光輝 (12)
月光の下、鉄と鉄のぶつかり合う高い音が幾度も響く。
一対多の戦い。
兵介と山伏の戦いだ。
見物人は例の美青年ただ一人。
元凶はこの美青年だろうということは兵介にも分かっている。
しかし、一太刀を浴びせにいく余裕はなかった。
美青年もそれを承知の上のようで、整いすぎた美貌を悪意ある笑みで彩る。
【白閃】は幾度も幾人にも浴びせてきた。
兵介の剣技で深い傷を負ったはずの山伏たちが立ち上がり、再び彼に襲いかかってくるのは、山伏たちの常人離れした肉体と回復力によるところが大きいが、兵介の刀の威力が落ちているのも理由の一つだろう。
「……ふん、笑うか、化け物め」
兵介の苦しみを美青年は見抜いているようだった。
万全の状態であれば、周囲の山伏たちを瞬きの間に斬り捨てて美青年へ向かっていくこともできただろう。
若狭で傷を負ったのは、あくまでも年少組をかばっていたためだ。
兵介ほどの腕ならこの程度の敵が何人、ことによっては何十人現れようとも苦にするほどではない。
「くそっ」
山伏たちは血を滴らせながら、あるいは片腕を半ば千切れさせながらも倒れる気配がない。兵介にしては珍しく汚い言葉を吐いて、左足を踏み出した。
足の一方に体重のすべてと、攻撃するためのすべてを乗せる。兵介の強い意志もこもった重みが左足に乗ると、太ももの奥に鋭い痛みが走った。若狭で受けた傷――山伏の一人に食いつかれた傷の痛みだ。
彼らの唾液がどのような成分でできているのかはわからない。
だが、強靭な肉体を持つはずの兵介の受けた傷は化膿し、ただれていた。
痛みなど、甲賀の里の忍者にとって恐れるものではない。
どんな痛みでも意志の力で抑えつけることができる、戦える。
だが、それでも無意識のうちに働く本能を剋することはできない。
痛みで兵介の踏み出しのごくわずか、力が抜けていた。
もちろん、兵介にその意識はない。
だからこそ厄介だった。
意志で操れる範囲の外で、自然に手加減をしている状況なのだから。
「手の甲が……?」
刀を振るった後で、兵介は己の手の甲に描かれた文様がほのかに光っていることに気が付いた。
甲賀の里で四人がそれぞれ頭領に描かれた、奇妙な文様である。
おそらくは、喜平の手の甲も若狭の武田氏の屋敷の中で光っていたのだろう。
兵介は視界の端で不気味な輝きをとらえてふん、と笑った。
――この使命にはきな臭いものがある。
お互い言葉には出さなかったものの、兵介も喜平も通常の任務とは違う何かを感じ取っていた。喜平は知らず、兵介は若狭で化け物じみた山伏たちと戦っているときに、その予感が確信へと変わるのを感じた。
この任務の底でうごめく数知れない魑魅魍魎どもの気配。
年少組二人は気づいていないだろう。
彼らはどこまでも純粋で、疑うことを知らない。
牡丹の極端なまでの正義感。
小太郎の一途さ。
それは忍びの世界ではかえってあだとなる性質だった。
だが、兵介と喜平は彼らのそんな性質を愛した。
だから、兵介は、喜平は、二人をずっと守ろうと決めたのだ。彼らが一人前の忍者に成長するまでは守り続けていくと。
兵介の刀が再びうなった。
【白閃】のつもりだったが、踏み込みが甘い。
切っ先は山伏の体の正面を浅く搔いただけだった。
「あいつらを先に行かせて正解だったな」
自嘲の混じる声で兵介はつぶやいた。
自分の傷について、牡丹と小太郎が知ったならば、先へ行くことはせずにともに戦うと主張するだろうことは明らかだった。たとえ兵介の命令でも怒鳴りでも怒りでも、年少組二人の意志を変えることはできないだろう。
彼らは強い。
だが、あまりに未熟なのだ。
下手なことをすると、この場で三人とも共倒れになる恐れがあった。だからこそ、兵介は二人を強引に先に行かせたのだ。
――先を行く影は、明らかに赤松則繁だった。
すでに過去の者になりつつある男は、死に場所を求めていた。
兵介と死闘をし、その末に死を選びたがっていた。
追っている間、その影に殺意のかけらもなく、それどころか歓喜の色が見えたことから兵介はそれを理解した。
彼はあの二人を手にかけはしまい。
兵介は確信していた。
小太郎などは不満を漏らすかもしれないが、彼の視界に入っていたのは兵介だけだった。刃を交え、己の全てを絞り出すような真剣勝負を、則繁は心の底から望んでいた。
珠はもしかすると手に入らないかもしれない。
だが、それでもいいと兵介は思い始めていた。
「……牡丹」
兵介はふと、強気で生意気で、里でも飛びぬけた能力を持つ少女の名前を口にした。一見すると虫も殺せぬような可憐な容姿でありながら、誰よりも強く、誰よりも負けず嫌いの少女は、兵介にとって妹のような存在だった。
その存在が徐々に形を変え、兵介の奥深くに根付くようになったのはいつのことだろう。
知らず知らず、兵介は牡丹がほかの男と――特に喜平と楽しそうに笑い合っている姿を見るだけで、抑えきれない感情が湧きあがるのに気づいていた。
未熟さ故。
そう、まさにその通りだと兵介はさらに厳しい鍛錬を己に課し、心を研ぎ澄ませ冴えわたらせた。
そうまでしても牡丹の姿が消えないことを悟った時に、兵介は喜平に打ち明けたのである。
「ふっ」
呼吸とも、笑いとも取れぬ息を兵介は吐いて、兵介は刀を振るう。
背中を向けたのは、彼の守るべき二人の忍者が駆け去っていった先――
ここだけは守り抜かねばならない。
吊り上がった眉をさらにきりきりと上げて、兵介は鋭い声を上げる。
気の置ける仲間に自分の胸の内を打ち明けた返答は、珍しいほどの強い叱責と――決闘の申し出。
未熟な少女を動揺させないために、彼女を弱くさせないために、その気持ちを気づかせてはならないと、穏やかな顔の青年はいつになく厳しい口調で兵介を制した。納得できないならば、お前の覚悟を俺に示してみろ、と。
ああ、お前が正解だよ、喜平。
山伏たちの返り血を浴びながら、兵介はすでに亡い仲間に呼びかける。
牡丹は、小太郎は強くならねばならない。でなければ、生きてはいけない。
「――ぐっ!!」
痛めた左足に錫杖の一撃を受けて、兵介はたまらずに地面に転げた。痛みそのものは意志の力で抑え込んでいたものの、肉体的な限界はごまかしようがない。
ついに泥をつけた兵介に、すかさず飛びかかってくる山伏もいれば、彼を飛び越えて年少組二人に向かっていこうという者もいる。
「させるかっ」
万一に備えて懐に隠し持っていた手裏剣を、牡丹と小太郎を追おうとする山伏に向かって投げる。頸椎を深々と貫かれて、山伏は前のめりに倒れるが、その間に兵介の肩口へ錫杖がめり込んだ。
体をよじって致命的な個所は避けたものの、強いしびれに刀を取り落としそうになる。
舌打ちののち兵介は跳ね上がり、山伏たちから少し後退した位置に着地した。
もはや、左足はほとんど使い物にならなくなっていた。
失った一方の支えの代わりに兵介は太刀を地面に突き立て、小太刀を抜く。
【白閃】の得意とするところは、太刀による攻撃だが致し方ない。すでにあまたの山伏の血を吸った彼の太刀はすでに使い物にならなくなっていた。
「もはや、ここより一歩たりとも先へ進ませぬ」
兵介は吠えた。
山伏に聞かせようというのか、己自身に言い聞かせようとしているのか、それは彼にもわからなかった。




