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揺らぐ光輝 (9)

「…………」

「…………うにゃあ」


 木立の奥から街道に出たところで、兵介は急に立ち止まった。

 困惑した声から、あからさまな敵意の先にいるのはシロだとわかる。


 春先の日の光に照らされて、白い着物に白い肌のシロは、今にも溶けて消えそうな透明感を放っている。これが神出鬼没で、血を飲みたいと発言するような女と知らなければ、小太郎も見とれていたかもしれない。


「何用だ?」

「冷たいこといわにゃいでほしいにゃあ。君たち三人を探していたんだにゃ」

「貴様の尻を追っていった奴らはどうした?」

「少しだけ遊んだら、満足してくれたにゃ。素直な人たちで助かったにゃ」


『……うそよ』『嘘だ』

 牡丹と小太郎が口々にぼやく。


 到底“少し”で満足するような人間にも、まして素直な人間にも見えなかった。当のシロ自身、その発言が信じてもらえるとは思っていないようで、相変わらずのにやついた笑いを顔に浮かべている。


「そいつはよかった。だが、俺たちは貴様に探される覚えはない」

「あっ、まつにゃ」


 ぐいと体を押しのけて進もうとした兵介の袖口をシロがつかむ。

 兵介の剣気が一気に膨らみ、シロを振り払ったその手が腰の刀にかかる。【白閃】を発動させようとしているのだ、ということが牡丹と小太郎からも見て取れた。


「姐さん、くせえなあ?」


 不意に乱入した素っ頓狂な声――


 見れば、三人の忍者のさらに奥から則繁が姿を見せていた。

 深編笠もいつの間にか頭からかぶり直している。


 その場に流れる不穏な空気など一切気にかけていない様子で、則繁は前に進み出ると、シロの髪や首筋、口元のあたりの匂いを嗅ぎはじめた。

 編み笠の下からわざとらしく、すんすんと鼻を鳴らす音が聞こえてくる。


「まるで頭から血を浴びたようだな。姐さん? 四年前の二条の屋敷だってここまでじゃねえ」


 言うまでもなく、将軍殺害の舞台となった赤松満祐の屋敷のことだ。

 見かけぬ深編笠の巨体に、シロははじめ訝し気な表情をしていたが、やがて目の奥の瞳孔を吊り上げた。


 口元には好戦的な笑みが浮かぶ。


「堕ちかけかにゃ?」


 則繁が深編笠の奥でかすかに引き笑いをする。


「いいや、もうとっくに堕ちている」

「にゃるほど。物騒だにゃ」


 まるで符牒のような会話である。


『堕ちる? どこに?』

『知らぬ。おおかた修羅の道だろう』


 牡丹が首をひねると、兵介が端的に返す。

 兵介はもはや則繁への興味もなくし、一刻も早く珠奪取の策を練りたいのだ。

 まして、則繁よりも面倒そうなシロという女とは関わりあいにもなりたくなかった。


 兵介のそんな思いを敏感に感じ取って、シロが則繁の奥に立つ三人の忍者に顔を向けた。

 にへら、と軽薄な笑い顔さえ見せている。


「あたしがここで待っていたのは、そっちの三人に伝えたいことがあったからだにゃ」

「……不要だ」

「話だけでも聞くにゃ。君たちが行動を起こすのは丑四つか寅一つと決まっているだろう? 少し早めたほうがいいにゃ。丑三つ時にゃら、いくらか危険が少にゃいと思うにゃ」


 丑の刻と寅の刻はそれぞれ、現在の時刻でいうところの午前一時から三時と午前三時から五時を指す。それぞれの刻をさらに、二時間ずつ四つに区切り、一つ時、二つ時、三つ時、四つと呼ぶ。

 つまり、丑四つから寅一つとは、午前二時から三時までの時刻――


 忍者たちは明け方近くの、人々が熟睡しているときを狙って忍び込むのが常套だった。


「頼むにゃ。うそじゃにゃい」

「貴様は信用ならん」


 シロの訴えも、兵介は無碍に返す。さらに声をかけようとしたシロを兵介はにらみつけた。


「これ以上、俺たちに近づくようなら――斬る」


 決然たる声色。

 一切のうそ偽りの感じられない兵介の言葉を前に、シロもそれ以上の継ぐ台詞を失った。


「牡丹、小太郎、行くぞ」

「……うっ、うん」


 殺気を四方にばらまく兵介に戸惑いながらも、牡丹と小太郎はそのあとを追う。

 

「兵介、どうしたの?」


 覗き込んだ兵介の苦悶に満ちた表情に戸惑いながら小太郎が声をかけると、兵介はすぐにその表情を元に戻した。「何でもない」と、淡々とした口ぶりで返し、普段の冷静で冷徹な表情――感情を理性の中へ埋没させたような表情に戻す。


 唯一の相談相手だった喜平はすでになく、兵介は様々な懸念や疑問、不安を全て己の中で抱え込んでいるに違いない。

 自分がもっと頼りになれば、力になれればと小太郎は歯がゆい思いをかみしめる。


「準備をしておけ、行動は今夜だ」


 小さく、だが確固たる口調で兵介は口にした。

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