揺らぐ光輝 (7)
「あの宝玉のこと?」
「そうだ、俺が兄者から託されたものだったのに、どうしてあいつが持っているんだ? 俺が落とすはずがないんだ。大切に大切に持っていたのに」
震えてはいるものの、則繁の声は平静さを取り戻していた。
「顔をお上げくだされ」
緊張を解いた兵介が則繁に伝える。
「あの珠は貴殿にとっても重要なものと思われ申す。そこまでこだわられる理由を教えていただけませぬか? それほどに希少なものにございますか?」
「珍しいとか、高いとか、そんな理由じゃねえんだよ」
よっこいしょ、と則繁は体を起こした。
着物も、顔も、髭も土で汚れているが、則繁は一切気にしている様子もなく三人を見回した。
「あれは、俺たちにとっては護符のようなものだ。幸運を呼び込む護符だ」
「何よそれ、言い伝え?」
「いいや。何かの加護がなければあんな大それたこと成功するわけねえ」
則繁が、先代将軍を殺害したときの話をしていることは自明だった。
珠を持っていたおかげで、赤松満祐・則繁兄弟の企ては成功し、領地である播磨まで逃れることができた、と則繁は言っているのだ。
あまりに想定外の事態だったために、中央政府が対応策を見誤ったというのが大方の見方であるが、確かに、無謀な行動を成功させたという事実そのものを見れば、何らかの護りがあったと考えたとしても不思議ではない。
将軍の殺害計画を護ってくれる存在は果たして善か悪か、という疑問は別としてである。
「あの珠は一体何にござる?」
「さあ」
則繁は悪びれずに肩をすくめた。
「俺もある方からもらったもんだ」
「ある方とは?」
「……それは言えねえ」
「どうしてっ!?」
腰を浮かせかけた小太郎を、兵介は手で制した。
「無理に聞きはしない。貴殿の口ぶりから判断するに、よほどの身分の高いお方とお見受けする。別の質問をさせていただく」
則繁が苦笑にも似たゆがんだ笑みを兵介に向けた。激昂しがちな年少組二人と比べて、最年長の兵介は非常に冷静である。兵介にしても、まだ若造といっていいほどの年齢だが、その思考・言動はすでに老練したもののそれである。
「貴殿らはすでに事をなしたはずであろう? なにゆえに播磨に今もおられるのか?」
「珠を探していたんだ」
則繁はあきらめたように肩をすくめて口を開いた。
「兄者から預かったはずの珠がないのに気づいたのは、城山城を抜け出してからすぐのことだ。脱出してしばらくは、目的を果たした後に珠が消えるのは当然だと思った。だから、気にしねえで逃れて逃れて九州にわたり、さらには海を渡ってひと暴れをしてきたんだ」
「ずいぶんと無茶をされたようでございますな」
「あの日、俺たち兄弟は命を捨てた。そのあとは命なんていらなかったんだよ」
二、三度首を振って、則繁は息をつく。
「死を幾度もくぐりぬけていく中で、俺の中に珠への欲望が高まっていくのを感じた。まだ、成し遂げていないのではないか、やらねばならぬことが残っているのではないか? 俺の中で、兄者がそうささやくんだ。俺がここに戻ってきたのは、兄者の声に突き動かされたからでもある」
「やらねばならぬこと、とは?」
兵介の言葉を聞いて、則繁はひゅっと息を吸った。
「天下の平穏だ」
「……あはっ」
髭面の巨漢から発せられた返答に、牡丹は思わず笑いを漏らした。
京の二条の屋敷を血の海に変え、大混乱を巻き起こした事件の動機が平穏を求めてとは、あまりに不釣り合いだ。
「それが決して褒められたものでないことは分かるぜ? だが、それ以外になんとしようがある? 元凶の将軍さえいなければ、次代の将軍になれば、安定的で安心できる天下が築かれる、と信じる以外には?」
だが、と則繁は続ける。
「蓋を開けてみればどうだ? 独裁的と思われていた将軍が、実際は世にあふれ出ようとする子悪党どもを押さえつける重石の役割をしていたじゃねえか。俺たちが重石を砕いたら、これ幸いと各々が勝手なことをはじめやがる」
地位は金で買うもの、という認識が広がり始めたのはこのころからである。
成果を出すのではなく、権力者の歓心を得ることに多くの者が身を砕き、本来あるべき政治がおざなりとなりつつあった。
「これならば、まだ、前のほうがましだったってものだ。前代はやるべきことさえ果たせば、それなりに褒賞をもらえたからな。要するにだ、俺たち兄弟は間違えていたんだ――そう思う」
やり直そうにも、将軍職を継げる者として残っているのは、現在の将軍よりもさらに若い三春丸――のちの、足利義政くらいしかいない。そうなっては、将軍の実母である日野重子の縁戚、日野家がより強い権勢をふるうようになるのは間違いない。
「だったらどうするのよ。あんたらの起こしたことが大間違いだったとしても、時間を戻すことはできないのよ?」
「だから、選びなおしだ」
則繁の目がすうっと細くなった気がして、小太郎は自らの二の腕をさすった。牡丹もその静かな迫力に言葉を失っているようである。
「今の将軍家から新しい将軍が立ったところで、何にもならない。だが、日本中なら? 広い天下の中ならば、一人二人くらいは将軍の器を持った人間がいてもおかしくねえだろう?」
「では、今の将軍はどうなる? 今の将軍家は? 今の幕府は?」
「無用の長物だな。いいや、新しい将軍を擁立するための妨げにさえなる」
あっけらかんとした則繁の言葉には狂気の色があった。




