揺らぐ光輝 (6)
太陽はすでに高く上っている。
薄寒い空気ではあるが、そこには春の気配を感じるぬくもりもあった。
無造作に薙刀を手にした巨漢赤松則繁と、兵介を中心とする三人の忍者は向かい合って立っていた。
理由を聞かせてもらおう、と兵介が口にしてからしばらく、則繁は何も答えずに三人の忍者たちを観察でもするように上から下まで眺め回している気配があった。
実害があるわけではないものの、値踏みをするような視線は不快である。
「あー」
忍者たちの苛立ちを感じ取ったのか、則繁があくび交じりの声を出して、首をこきこきと鳴らした。
「別に話しちまってもいいが、その代わりに頼みがあるんだが」
「頼み?」
兵介が眉をひそめる。
「何であたしたちがあんたのために――」
「俺はさむらいのにいちゃんに話をしているんだ」
「なっ……」
牡丹が言葉に詰まった。
口元に笑みが刻まれているものの、その口調には強気な少女を圧倒させるだけの迫力があった。
「悪いが、じょうちゃんには怖さは感じねえんだ。そっちの素早いにいちゃんにもな」
「――相手にするな」
むっとしていきり立つ年少組二人を静かに制して、兵介は則繁に向き直る。
「受けるかは知らぬ。話だけは聞こう」
「ありがてえ」
言って、則繁はようやく頭をすっぽりと覆う笠を取った。
下から現れたのは、肌色と体毛の濃い男の顔である。獣の匂いがぷんと漂ってくるようだ。
濃い眉の下の目は人懐こい笑顔を浮かべているものの、その奥には刺すような鋭い光がある。
「ああ、にいちゃん、良い武者ぶりだ。女がほっとかねえな」
「……」
世辞とも思えない則繁の言葉を、ぴくりとも眉を動かさずに兵介は聞き流す。
「戦乱の世なら、その武者ぶりはもっと輝くんだろうな。楽しみでしかたねえや」
「貴殿の下らぬ話に付き合う時間はあいにく持ち合わせてござらん。話をする気がないならば、失礼いたす」
「ちょっ、ちょっと待て。ここからが本題なんだよ」
則繁はもう一度、兵介の凛としたたたずまいを上から下まで眺めて口を開く。
「俺と立ち会ってくれねえか」
「えっ!?」
声を上げたのは、小太郎と牡丹だ。
兵介は相も変わらず表情一つ変えない。
「真剣で、か」
兵介がぽつりと言葉をこぼす。
「戦狂いは何人も見てきたが、一人の例外なく貴殿のような目をしてござった」
「なあ、立ち会おうぜ?」
「貴殿は刀の錆にもしたくござらん」
則繁の口が耳元まで吊り上がった。
小太郎と牡丹の肌に粟が立つ。
無造作に手にした薙刀だが、いつ本来の役目を取り戻してもおかしくないくらいだ。
危うい均衡を保つ空気の中、ふいに馬のいななきと人の声が聞こえてきた。
「おいおい、無粋な奴だな」
則繁にとっても、意外な展開のようでわざとらしく舌を鳴らした。
「――山名殿、山名持豊殿」
街道から聞こえてきた若い男の言葉を耳にして、兵介の目が丸くなる。
小太郎と牡丹は思わず出しそうになった驚きの声を必死にかみ殺した。
若い男の口にした山名持豊という名は、三人の忍者の目指す相手だ。
てっきり京にとどまっていて、播磨にいるのは留守を預かる者だけだと思っていたのだが、何を考えてか、主自ら播磨にやってきているらしい。
若い男がさらに言葉を重ねる。
「わずかな供だけで、どちらへ行かれるつもりですか?」
「……婿殿か」
重厚な持豊の言葉を聞いて、三人は再び驚愕した。
山名持豊の婿とは、幕府の重鎮中の重鎮の細川勝元に他ならない。
細川勝元の身分は管領。単純な順位でいえば将軍に次ぐ。
『なんなの、意味わかんない』
忍者用の周波数で牡丹がぼやく。
まだ二十歳にも満たない細川勝元は非常な名門の出で、まさしく貴公子として京の都を飛び回っていた。
強力すぎる家名と若さゆえに、上流の社会では見くびられることが多いだろうに、管領として評判を高めていくばかりだ。
名も実も兼ね備えた男だということがそれだけでも十分に察することができる。
彼に憧れる女はそれこそ数知れなず、それだけに、新興の実力家の山名持豊と、名家の流れをくむ細川勝元――
この二人が姻戚関係になったと聞いた時に、世間は大騒ぎになったに違いない。
「義父上へのご機嫌伺いといったところだろうな――名目上は」
「本当は何よ?」
「決まってるさ、今後の自分たちの身の置き方さ」
「……なるほど」
一人兵介が合点したようにつぶやいた。
「貴殿らの起こした将軍暗殺事件後、次代の将軍が立ったはいいが、まだまだ幼い。諸侯は権力争いに汲々としているという噂だ。」
「……らしいな。細川、山名の二人も十分な野心家だ」
則繁は満足げにうなずいた。
野心家でなければ、これだけあからさまな政略結婚を選ばないだろう。これがもとで、他の貴族たちから警戒の目で見られていることは間違いないのである。
赤ら顔の入道と、若い貴公子は馬上での会話をつづけている。
「春はどうじゃ?」
「春殿にはいつも温かく心遣いをいただいております」
勝元の返答を聞いて、持豊は大きく二度、三度うなずいた。
春というのは、山名持豊の娘であり、細川勝元の正室でもある春林寺殿のことだ。二つの有力者を結び付けているのは、この一人の娘の存在だった。
「そうだろう、春は親の欲目を差し引いてもよい娘だ。勝元殿の支えにもなるだろう」
「……誠にそう思います。山名殿が一足早く京より播磨に向かわれた時も、春殿は旅のご無事を案じておりました」
勝元の返答に一瞬だけ間があいたが、持豊は気づいていないようだ。上機嫌に笑って、
「はははっ、そのような心配は無用じゃ。勝元殿のほうからも春に伝えておいてくだされ。儂にはほれ」
襟元から小さな袋を取り出した。袋の口をすぼめるように通した紐を首から下げているようである。
「このように護りがある」
昼下がりの日の光を浴びて、“それ”は美しい輝きを見せる。
木の隙間から様子をうかがう三人の忍者は、目を見開いた。誰一人として声を漏らさなかったのはさすがだ。
小袋の中にあったものは、赤子のこぶしほどの大きさの純白の宝玉――真珠だった。
「――!!」
息詰まる沈黙の中、空気が揺れた。
無言で飛び出そうとした則繁を、兵介が素早く察知して間髪入れずに足払いをかけたのだ。巨体のわりに控えめな音を立てて則繁は前のめりに倒れた。
「どういうおつもりか?」
地面に顔ごと突っ込んだ則繁の脇にしゃがみこんで、兵介は小さく尋ねる。
言葉遣いこそ丁寧なものの、冷ややかな声色だ。
「くそっ、なんでだよ。なんであいつが……」
「則繁殿」
錯乱しているのか、ぶつぶつとほかの者には意味の取れない言葉をつぶやき続ける則繁を見て、兵介は小さくため息をついた。
「われらの目的は山名殿だ。今、貴殿に邪魔をされるのは非常に不都合にござる。まずは、この場をおとなしく収めていただきとうございます。そして、改めて貴殿の目的について伺わせていただきたい」
沈黙が流れた。
山名持豊と細川勝元は、含みのある談笑をつづけながら遠ざかっていった。より深い話をすることのできる場所を探しに行ったのかもしれない。
「……あれは元々俺たち兄弟のものだったんだ」
地面に突っ伏したままの則繁がつぶやいたのは、それからしばらくたってからだった。




