揺らぐ光輝 (3)
【白閃】による動作は一瞬だ。
兵介の精神が研ぎ澄まされていくとともに、周囲の温度がいくらか下がっていったように感じられる。
男が感嘆したように息を吐いた。
「やるな、あの兄ちゃん」
兵介が今にも男たちに斬りかかろうとしたその時だ。
「あらあらごめんにゃさい」
脳天気な声をかけながら、その横を踊るように抜けていった姿があった。
肩までの黒髪を揺らし、白い着物とそれに負けないほどに白い肌を、誇るようにさらしたあだっぽい姿。
「……シロだ」
愕然として小太郎はつぶやいた。
群衆の中をすいすいと泳いでいくその姿はまぎれもない、若狭で会ったシロと名乗る奇妙な女だった。現れかたそのものは頓狂なものの、立ち姿の美しさ、なまめかしさは人々の視線を奪うのに十分だった。
さらに、シロは自分に向けられる視線の意味を理解して、時折、媚びたような微笑をあたりに振りまいている。
突然の出来事に兵介さえも黙然として見守る中、シロは牡丹の肩を軽くたたいて、にっと笑いかけるとそのまま歩き去っていった。白い姿が人混みにとけていく。
ざわつきが戻ってくるのと同時に、小太郎は凶眼の行き先が牡丹からシロへと変わったことに気づいた。
牡丹もシロも他者の目を引く美しさを持っているが、その性質はずいぶんと異なる。開花する直前のほのかな美しさを持つ牡丹と、今を盛りと咲き誇るシロの美しさ――
短絡的な思考からなる男たちにとって、シロの強烈な美しさのほうが欲を誘うに違いなかった。
牡丹への包囲網は、シロが遠ざかるにつれて徐々に解かれていった。
ひゅう、と巨漢が口笛を吹いた。
「いい女だな。兄ちゃんたちの知り合いか?」
「お前は誰だ」
間の抜けたような問いを発する男に、小太郎は短く、鋭く尋ねた。
小太郎の誰何に小さく肩をすくめると、男は無言のまま背を向けた。拍子抜けするほど無防備な背中に小太郎は戸惑い、兵介に助けを求めた。
すでに男の存在に気づいていた兵介は、追いかけるぞ、と特殊な周波数で指示を出す。
まずは小太郎が、それから兵介、牡丹と、忍者たちは市井の人々に怪しまれないさりげなさで街を抜けて、男の後を追う。
――山陰道へと続く街道沿いに木立が並んでいる。
まるで散歩をしているかのような気軽さで男はその奥へと消え、三人もためらうことなく続いた。
罠の可能性も十分にある。
それでも、自分たちが特異な存在であると男に感づかれた、それだけでも危機感を覚えるには十分だった。
小太郎と牡丹の年少組は知らず、兵介の脳裏には“口止め”の単語さえも浮かんでいた。
男を斬り捨て、物言わぬ存在へと変えてしまう。
先を行く男はそんな兵介の意志を知っているのか知らないのか、鼻歌さえも混じらせて上機嫌である。
「……!?」
木立を抜けたその先に広い空間があった。
青空はうっそうと茂った木々の樹冠に覆われ、全体的に薄暗い。
その空間に足を踏み入れた瞬間、小太郎は奇妙な感覚にとらわれた。足先からぞわぞわと冷たい空気が這い上がってくるような、心臓の奥が凍っていくような。
それは、いわゆる殺気に似たものなのかもしれない。
兵介が刀の柄に触れる気配がした。
空間の奥に小さな祠があった。
男はまっすぐに祠へと足を進めて――細長いものが祠に立てかけられていると気づいたのは、男がそれを手に取ってからだった。
小太郎は地面を蹴った。
「待てっ!」
兵介の制止の声も間に合わなかった。
【風舞】の小太郎は風よりも速い。
男が手にしたものが長大な薙刀だと見えた瞬間、小太郎の体は無意識のうちに動いていた。
異様な空気に小太郎の心も多少なりとも惑わされていたに違いない。
もちろん、短刀を抜いてはいない。
正体不明の相手は殺すよりも先に捕まえて情報を聞き出さなければならないのだから。
一直線に駆けた小太郎は勢いそのままで男の首元へ飛びかかる。
速さに慣れた甲賀の忍者なら知れず、普通の人間であれば小太郎の動きは残像ほどにも見えない。
一瞬で喉に強烈な一撃を与えて、意識を奪う。
そのはずだった。
「――え?」
気づくと小太郎の体はくるりと回転し、地面に叩きつけられていた。
激しい衝撃に小太郎の息が詰まる。
「兄ちゃん、速えな」
かぶった笠の下から覗く両目はいたずらっぽく光っていた。




