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揺らぐ光輝 (2)

 播磨についたのは、高く上った日がそろそろと下降を始めたころだった。


 休憩らしい休憩もせずにここまでたどり着けたのは、やはり、喜平の死が頭にこびりついていたからに違いない。物心ついた時よりともに苦しい修行に励んでいた友、あるいは優しく包んでくれた兄――

 自分の体を痛めつけていないと喜平の穏やかな微笑が脳裏に潜りこみ、彼がすでにいないという苦しみを何度も何度も繰り返さねばならなかった。


「まずは、情報収集だ」


 これからどうする、という問いに対する兵介の凛然とした返答である。

 年少者二人にもその意図はよくわかった。


 結局のところ、三人は喜平が死に至った経緯を一切知らない。

 屋敷に侵入した以上、何が起きても文句を言えない状況であるにしても、やすやすと殺される喜平ではない。

 さらにあの夜、三人の前に現れた不気味な美青年と、シロという美女の正体も気にかかる。


 まずは目立たない格好をして市井に紛れ込み、それとなく情報を得ようというのが兵介の意向だ。

 のはずだったのだが――


「……ったく」


 あぶった魚の干物をくちゃくちゃと嚙みながら、小太郎は誰にも聞こえないようにため息をついた。

 見慣れぬ若者が三人連なっていたら確実に人目を引くため、別々に、だが互いに監視できる距離を保とうという指示のもと、年少組は動いている。目立ってはならないという兵介の考えそのものに不満があるわけではないが、兵介も牡丹も自分自身についてあまりに無頓着だ。


 食い詰め者の浪人に身をやつした兵介は、それでも隠し切れない端正な顔立ちと凛としたたたずまいから、町の女たちの注目を集めている。

 今夜の井戸端会議は、見知らぬ若い浪人の話で花が咲くことだろう。


 まして、牡丹に至っては――


「わあっ、なにこれすごくかわいい!」


 粗末な着物に身を包んだことで、“目立たない”目的を果たしたと考えているのか、黄色い声を響かせていた。

 牡丹が夢中になっているのは、店先に並んだ数々のかんざしだ。


 甲賀の里ではもちろん見かけることなどない華やかな装飾品に牡丹の目は輝きを帯び、牡丹に注がれる男たちの目は熱を持っていく。


 着ているものが粗末なことがかえって、牡丹の抜けるような色の白さと大きな目を引き立てる結果になっていた。


 思わぬ美少女の来訪に目じりを下げる店主と牡丹との応酬を、周囲の人々はさりげなく、もしくはあからさまに耳を傾けている。


 かんざしのひとつが牡丹のお気に召したようだが、残念ながら兵介から渡された路銀では足りないようだ。資金提供に応じてやろうとたくさんの男たちがわらわらと集まりはじめている。

 そんな男たちの目論見も知らず、牡丹は白熱した値切り合戦で勝利を収め、意気揚々と目的のかんざしを手に入れていた。


 赤い蝶をかたどったそれを髪につけてもらい、得意げに胸をそらす姿に周囲からほうっと息が漏れた。


「いい気なもんだよな」


 と、小太郎が愚痴をこぼしたのは、買い物に興じ切っていることではなく、自分がどれほど目立つ存在なのかを理解していないことに対してだ。


 ――一、二、三、四。

 目を凝らして小太郎はその人数を数えた。

 よからぬことを考えているだろう者たちの数だ。


 牡丹に対して注がれる視線のほとんどは、たぐいまれな美少女への憧憬の込められたものだが、よりあからさまな欲望に満ちたものが一部混ざっていた。小太郎が数えたのは、その中でもさらに不穏な気配を漂わせる視線の数である。

 凶暴な行動の色さえも秘められている。


 上機嫌で店を後にする牡丹に四方から数人の男たちが近づきはじめた。売り飛ばすつもりか、あるいは自分たちのためにか。

 お互いを牽制しつつも、その動きは止まらない。


 もちろん、牡丹も気づいているし、兵介が気づかないはずもない。

 ただ、目立たずかつ難を避ける方法を見つけかねているのだ。彼らの追いつけないほどの速さで逃げ出すか、力づくで撃退するか。そんな手段でよければ簡単な話だ。

 いずれにしても、常人離れした身体能力を持つ美少女が播磨にいる、といらぬ噂を立てられて、任務を果たす支障になることは間違いなかった。


 牡丹はくるりと行き先を変えて、兵介と小太郎のいるほうへと足を向けた。

 包囲する男たちはもはやその意図を隠す気もなく、足先を美少女の動きに合わせて変える。


 どうにかしてよ?


 と、牡丹の顔は訴えていた。小太郎も視線を兵介に向ける。

「待て」と、兵介は小さく瞬きをした。なぜか兵介は近くの女から握り飯を受け取ったりしている。


「……兄ちゃん、助けなくていいのかい?」


 太い声が耳元で聞こえて、小太郎は驚いて振り返った。


「連れなんだろ? あの女の子」


 六部だろう、頭に編み笠をすっぽりかぶった男が立っていた。非常な巨体で、小太郎は首をうんと捻じ曲げねばならないほどだ。

 六部らしからぬ胸板の厚さと、四肢の太さがまず小太郎の目を奪った。


「さむらいの兄ちゃんからの合図を待っているのか?」


 編み笠の下から、髭の生えた口元が見えた。

 唇の片端をいたずらっぽく吊り上げて笑っている。


 男の態度はあまりに人を食っているが、誰何しようとして小太郎は口を閉じた。少なくとも現在敵意は感じられない。奇妙な男に対する優先度を下げて、小太郎は改めて兵介からの指示を待つ。

 兵介は小太郎のすぐわきに立つ巨漢に一瞬だけいぶかしげな眼を向けたが、すぐに忍者用の波長で「俺に任せろ」と告げた。


 確かに、いかにも田舎者然とした格好の小太郎が軽業でならず者を倒すよりも、みすぼらしい恰好とはいえ武士が倒したほうが比較的自然だろう。

 あくまでも“比較的”であり、最良ではないにしても。


 兵介の右手が刀の柄に触れた。

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