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揺らぐ光輝 (1)

 紅蓮の炎が部屋を染め抜く。


 灼熱の空気に肌を焦がされながら、男はひとり座していた。上半身をはだけて、どっかと胡坐をかいたその姿は堂々たるものといっていいかもしれない。

 だが、短刀を逆さに握り、自身の腹に向けた体勢はまぎれもなく、今まさに腹を斬ろうとする者のそれだった。


 男の顔に薄い笑いが刻まれる。


 もとより、覚悟していたことだった。将軍の首を取って無事で済むはずがない。

 むしろ、今の今まで生き延びてきたほうが不思議なくらいだ。


「……次の世は、よりよいものになるに違いない」


 つぶやいて、男は短刀を己の左脇腹に突き立てた。

 深く、深く、背中まで突き通るほどに深く――


 それは、自分の行為の正統性を示すためでもあった。


 将軍を弑するということは、確かに恐ろしいほどの大罪だ。だが、それは決して私利私欲のためではない。支配の道具に恐怖を利用する将軍から、大名たちや貴族たち、人民たちを解き放つためだった。命を賭しての訴えである以上、腹を斬ることなど織り込み済みだ。


 ともにここで死ぬと主張した弟は強く諭して逃げ延びさせた。


 きりきりと男は右脇腹へと短刀を引き回した。

 奥深くまでえぐられた傷口からは、赤黒い血と臓物がどろりと流れ落ちる。


「ふっ……!」


 脳天に直接届く痛みに、男は思わず声を上げた。

 右の脇腹に到達した短刀をねじって、刃先を斜め上に向ける。

 血脂が手に粘りついて力が入りにくい。


 独裁的な前将軍に似ず、その息子は優しい気性を持っているという。


 大丈夫だ、心配することはない。


 男は短刀を右の脇腹からへそ上へと斬りあげた。

 誰もいない城内では、介錯する者もいない。切り裂かれた腹からは血の色に染まった男の命が流れ続けている。


 赤く染まる視界と思考の中、男の懸念として残るのはやはり、一人逃げ落ちさせた弟のことだった。


 同僚たちから揶揄されるほどにずんぐりむっくりした体型の男とは対照的に、堂々たる長躯とそれに負けないほどの筋肉を身にまとった弟は素直な反面、直情的で粗暴な面がある。

 長所であり短所でもある性質がたたり、切腹を命じられるほどに主君の怒りを買ったことさえあった。

 手綱を握り続けてきた弟が、自由になった時にどのような行動に出るのかが男にとって憂慮のひとつだった。


 ――“護符”を渡してきたから、問題ないだろう。


 自分自身に言い聞かせるように男は“護符”を思い浮かべた。自分たち兄弟に将軍暗殺というとてつもないことを決意させ、実行させ、成功させたそのすべては、あるお方から手に入れた“護符”にある。

 少なくとも、男はそう信じていた。


 赤く染まる世界の中に、白色のきらめきが飛び込んできたのはその時である。


 男の目が信じられないものを見た、というように大きく見開かれた。


 純白の中にあらゆる色を混ぜ合わせた光沢。

 まるで光を丸めたような珠が、炎の舌が舞う部屋の中に転がり出たのだった。今までどこに隠れていたのかは知らず、それは炎の色を受けてやや赤みがちな反射を見せる。


 なぜここに……


 男の口から声にならない息が漏れる。

 ごぼり、と口の端から泡立つ血があふれた。


 この怪しいまでの美しさを持つ珠こそが、男とその弟にとっての“護符”だったのである。

 兄弟は“護符”を手に、目的を達した。

 そしてそして――“護符”は弟に渡したはずだ。

 死にゆく自分の代わりに。弟がのちの世を生き延びていくために。


 ゆらゆらと揺れる炎のきらめきを受けて、宝玉の表面もゆらゆらと輝く、揺れる、震える。

 男はそこに得も言えぬ意志を見た。

 もちろん、宝玉がものをいうはずがない。だが、男には宝玉が秘めた悪意をまざまざと感じ取ることができた。


「……まさ、か」


 深い後悔が男の脳裏をよぎった。


 利用されていたのかもしれない。宝玉を渡された自分たちのほうこそが、転がりやすい珠のように何者かの手の内で転がされていたのかもしれない。


 だが、すでに遅い。


 男の口から勢いよく血が吐き出された。

 何かを言いたげに男の口がかすかに歪んだが、その口から言葉が発せられることはなく、前のめりに倒れた男の体は炎に包まれた。床に広がる赤い血を、勢力を増していく赤い炎が包み込み、世界を真紅に染めた。



 ――ひとつの城を焼き尽くした炎は三日三晩燃え続けた。

 鎮火したのちも、黒い煙はあちこちにくすぶり今もなお、事件の傷跡をえぐり続ける。


 地獄の一部を体現したかのような光景だが、その焼け跡の上を何人もの男たちが歩いている。自刃したとみられる男の屍を求めて京より派遣された者たちだ。


 気が滅入るような作業をこなさねばならないのは、事件そのものが前代未聞ともいえるものだったからだ。

 鴨の鑑賞会という嘘の名目で将軍を自邸へと招き入れ、首を取った。

 それだけでも恐ろしい重罪だが、さらにその首を意気揚々と掲げて領地である播磨まで戻ったというのだから、恐れるべきなのか、あきれるべきなのかさえも判然としない。


 粗末な兵装に身を包み捜索をする男たちの中に一人、僧形の男があった。


 頭を丸めて袈裟を羽織っているものの、強靭そのものの肉体の持ち主だ。彫りの深い顔立ちを、太い眉毛がさらに濃く仕上げ、その下で光るぎょろりとした両目は、常人であればひとにらみで膝の力を奪い取られること請負いだ。


 がれきの中、不毛な探し物をする男たちの指揮を執っていたその男は、黒くすすけた廃材の中にふと、きらめくものがあることに気づいた。


 腰をかがめて手に取ると、赤子のこぶしほどの大きさの珠だった。

 首をかしげながら袖でその表面を拭うと、煤の下から美しい輝きが姿を現す。


「……大火の中、傷ひとつないとは、面妖な」


 男は小さくつぶやいて、珠を懐へとしまい込んだ。

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