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闇を乞う水 (19)

 木々の間からしたたり落ちる雨粒が鬱陶しい。


 高い木の枝から地上の様子を見下ろしながら、小太郎は舌打ちをしたい気持ちをかみ殺していた。

 兵介の指示に従い、小太郎と牡丹はそれぞれ敵を一人ずつ、兵介は【白閃】で三人倒していた。


 残る相手は八人。


 兵介が言ったように、落ち着いて対処すればどうにかなる相手ではある。小太郎のまだまだ未熟な剣技を受けて、あっさりと落下していった様子を見てもそうと分かった。


 眼下では、兵介と牡丹が黒い影となった山伏たちと対峙している。

 兵介が人差し指を一本立てて、向かって右側を指し、さらに中指を加えた。右側の敵二体に当たれという小太郎への指示である。


「左一体!」


 口頭で牡丹への指示を出すと同時に、三人は一斉に動き出した。


 牡丹の手の内で真っ赤に熱せられた苦無は山伏の両目を薙ぎ、怯んだその間に腹腔部へと突き立った。切り裂かれる痛みと焼けただれる痛みで、獣のようなうめき声をあげて地面をのたうつ山伏の首を、牡丹は無慈悲に裂いた。

 兵介の【白閃】が闇夜にきらめき、軌跡さえも見せずに二人の山伏を斬り伏せた。

 樹上から風のように飛び降りた小太郎は、着地の勢いを利用して右二人の山伏の腱を裂き、喉元を薙いだ。


 ――残る敵はあと三人。


 こんなに俺たちは強えのかよ。


 興奮に跳ね上がる鼓動に身を任せながら、浮き立った気持ちで樹上へと戻った小太郎はぎくりとした。


 数間ほどの距離に赤い光があった。

 強い敵意を含んだ光が四つ――伏兵がいたのだ。


「兵介っ!?」

「上に敵がいるの?」


 思わず出した小太郎の声に、牡丹の動揺した叫びも加わる。兵介は指をまっすぐ目の前に向けて人差し指を立てた。


「左だ! 目の前に集中しろ!」


 年少者二人は、兵介の言葉にはじかれたように反応した。左という言葉を契機にして、小太郎と牡丹はそろって樹上に立つ左側の山伏に攻撃を集中させた。


「この馬鹿がっ!!」


 年少組が指示を間違えたと気づいたのは、兵介が投げた小柄が樹上の山伏の目に突き立つのを見てからだった。


「ぎゃあっ」とかすれた声を立てて、小太郎の向かった男が地面へと頭から墜落し、一瞬、気を取られた小太郎の前を、牡丹の放った赤く焼けた手裏剣がむなしく飛んで行った。


「やべっ……」


 兵介の指ではなく、声に反応してしまったことにいまさらながら気づいた小太郎の背中に、激しい衝撃がやってきた。樹上にいたもう一人の山伏の振り下ろした錫杖が、小太郎の背中を強打したのだ。

 軽業を得意とする小太郎もさすがに平衡を崩して落ちていく。

 着地の際に受け身を取っただけでもさすがというべきだろう。


「前だ、小太郎!」


 兵介の声で、小太郎は受け身の体勢からすぐに起き上がろうとする。


 さすがに冷静さを欠きかけている年長者の前には、山伏の屍がふたつ転がっていた。


 小太郎にまずは自分の目の届く地上へ降りてきて、相手との勝負をさせる。

 牡丹にも地上の一人を。

 樹上の二人と地上の残り一人は自分が引き受ける――兵介はそういうつもりだった。


 だが、人を相手にした戦いに慣れていない年少者二人がそろってへまをした。


 樹上の二人に気を取られて、兵介が倒すつもりだった山伏を一斉に攻撃してしまったのだ。

 唐突な年少者の総崩れに動揺しつつも、まずは牡丹に近い位置にいる二人を一撃のうちに斬り捨てたのはさすがである。


「おっ、おう」


 小太郎が急いで腰の短刀を両手に抜くよりも前に、鼻先を刃がかすめた。鋭い痛みの後に、じんわりと温かい液体が流れ落ちていく。


 斬られた――と思うより先に、小太郎は二、三間飛びずさった。


「仕込み杖かよ」

 悪態をつく間もなく、杖を模した刀が小太郎を襲う。

「待ってて!」


 牡丹は印を組むが、その小さな体ごと押し倒された。術の威力に比してあまりにも小さくて弱い牡丹の体は、もう一人残った山伏の格好の餌食であった。大きな口と、犬歯というにはあまりに尖った歯を見せて、牡丹を組み敷いた。


「ちょっ、ふざけんじゃないわよっ」


 怒鳴りながら、牡丹は印を組もうとするものの、山伏の毛むくじゃらの手に細い手首を締め上げられる。みしみしと骨の鳴る音がした。


 助けに入った兵介が【白閃】で山伏の右手首を斬り落とした。そのまま返す刀で首を落とそうとするものの、それよりも先に怒り狂った山伏から体当たりを食らわせられ、弾き飛ばされた。

 衝撃で兵介の手から愛刀が離れて飛ぶ。


「ちっ」


 遠くに飛ばされた刀を見送って、兵介は舌打ちをした。


 片手首を失った山伏は、傷口から滝のような血を流しながらも、牡丹のほうへと向かっていた。牡丹の術は非常に強力ではあるものの、発動までに多少の時間を要する。ごくごくわずかとはいえ、彼らのように戦いを生きる糧とする者たちにとっては、十分すぎる時間だった。


 刀を拾っている時間さえ惜しい。


 兵介は徒手のまま、赤い目を爛々と光らせる化け物じみた山伏のもとへと駆けた。

 助走の威力も合わせて体当たりをすると、さすがに弱っていたのか、今度は兵介の勢いに負けて山伏は倒れた。


「ぼた……っ」


 兵介の声が途切れた。


 見れば、左足の太ももに牙をむき出しにしてくらいつく山伏がいた。

 舌打ちをして、振りほどこうとして兵介は思案した。

 自分に食いついている間は、少なくとも山伏の内の一体を張り付けておくことができる。今、強引に振りほどいたら、誰に向かうのかわからない。


「こっちはいい、向こうをやれ!」


 泣きそうに顔を歪めて印を結ぶ牡丹を制して、兵介は歯のつきたてられた肉をさらに深く押しやった。重い疼痛が太ももから全身に広がっていくが、兵介は意志の力でその感情を裏に隠した。


 動揺している年少組をさらに揺さぶるわけにはいかなかった。まったく何でもないことのように、兵介は自分の肉を山伏の歯に食い込ませる。


 牡丹はうなずいて、熱した手裏剣を小太郎の相手に向かって投げた。

 兵介の足の骨が山伏の歯と当たる音がした。

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