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闇を乞う水 (11)

 深夜――


 夜陰に紛れるため藍色の衣装に身を転じた四人は、草木の陰に身を潜めていた。

 四人の視線の先にあるのは、大きな屋敷――一色氏の屋敷である。


「……今日は烏がうるさいな」


 精悍なつりあがった目をさらに引き締めて、兵介が低くつぶやいた。発せられた声は、一般人の耳では検知できない波長を使っているため、甲賀の忍者たち以外には決して聞き取ることはできない。


 小太郎は不安げに頭上に目をやった。


 兵介の言う通り、ぎゃあぎゃあと烏の鳴き声が夜だというのにけたたましく響いている。細い月のおかげで光もほとんどない闇夜、鳥目で何をしようというのか、羽ばたきの音さえも聞こえている。


「なんか薄気味悪いわ」

「縁起なんて気にしていても仕方ないよ」


 牡丹と喜平も、特殊な音声で囁きかわす。

 神をも恐れぬほどの威力を持つ能力を持っているくせに牡丹は妙に迷信深い。


 第一の目的地を眼前にして、さてどうやって侵入し例の珠を手に入れるかを決めかねている四人である。なにしろ、頭領からは必要以上にことを荒立ててはならぬ、と命じられているのだ。

 ()()()()の解釈は人によるとはいえ、四人全員で正面突破は間違いなく該当するだろう。


 侵入して、撹乱して、混乱のうちに取ってくるというのであれば、四人には十分に自信があった。もっと言ってしまえば、牡丹の【赤花】で屋敷ごと炎上させてしまえばよい話なのだ。


 だが、それでは頭領の銘に反するところが、四人にとって頭の痛いことだ。

 兵介に至っては、能力を使いたくてうずうずしている牡丹をどうやって押しとどめようか頭を悩ませるほどだ。


「頭を低くしろ」


 兵介が背後の年少者二人に声を投げた。

 厳重な門の前には昼夜を問わずに見張りが立っている。唯一の出入り口である門以外は、深い堀とさらにその奥にそびえたつ高い壁が不審者の侵入を阻む。

 堀を泳いで渡り、壁を登ることも不可能ではないが、周囲を巡回する見張りに気づかれないうちに行うことは困難だった。


 思案する兵介に、喜平は小さくうなずいてみせた。


「堀には水がある。それなら俺の出番だ」


 いつも通りの穏やかな表情でにこりと笑う。


「とりあえず、偵察に行ってくるよ。堀には水があるし、俺のために作られた屋敷みたいだ」


 喜平の言葉の後ろ半分は地の中から聞こえた。


 【水鏡】で体を地に没した喜平が音もなく、姿もないまま堀へと向かっていく。厚い雲間から漏れ出た月光が、喜平の進む濡れた道を照らす。

 一時、喜平の手が堀の水に浮かび上がり、瓢箪の水を高い壁に撒いた。壁は濡れ光り、喜平の沈む()となった。


「敵にすれば恐ろしいが、味方ならばこうも頼もしい奴はいないな」


 じわじわと壁に広がっていく()を眺めながら、兵介は低い声で言った。

 人が壁には溶け込めず、地面には潜れないと思っているうちは、どんなに厳重な見張りであっても喜平にとっては存在しないも同義だ。


「喜平一人で大丈夫なの?」


 牡丹がつぶやいた。


「見つかった時に、喜平だけじゃないほうがいいんじゃない?」


 自分が行きたいという気持ちが隠しきれていないものの、牡丹の台詞は小太郎にも理解できた。


「そうだよ、万一、大人数に囲まれたときに援護が必要じゃねえか!」

「あいつが、誰かに見つかる?」


 年少者たちの不安を、兵介は一蹴する。


「床に、壁に、天井に潜り込む能力だぞ? 誰がそんな相手を見つけられる。それに――喜平は強いぞ」

「知ってるよ、そんなの。でも……」


 そう、喜平が非常に優秀な暗殺者であることは小太郎も牡丹も知っている。だが、敵と真正面から相対した場合、喜平の獲物である寸鉄は、攻撃力という点から見ると他の三人のそれよりも圧倒的に低い。

 だからこその、年少組の心配なのだ。


「甲賀の里で、俺は一度もあいつに勝てなかった」


 兵介のつぶやきに、小太郎と牡丹は目を丸くする。


「それって、実践訓練でしょ?」

「果し合いだ」


 口を尖らせた牡丹の問いかけに、兵介は苦々し気に首を振った。


「正々堂々と立ち合った上のな」

「何の?」


 兵介が発した穏やかならざる単語に、牡丹と小太郎は驚きっぱなしである。


 実践訓練とは、その名の通り実際の任務を模擬した訓練を指す。任務を達することを至上命令とし、手段は一切問わない、というものだ。

 開始時刻と目的だけが告げられ、後は訓練を受ける当事者にすべての判断は一任される。このような状況では、隠密裏での行動を得意とする喜平が有利になるのは分かる。

 策略を巡らせる余地が十分にあるからだ。


 だが、正々堂々と対面した場合は、兵介のほうが圧倒的に有利だ。


 努力に裏打ちされた圧倒的な剣技と剣速――【白閃】に対抗しうるものなどいるはずもない、と思っていたが。


「本当なの? 兵介に勝ったの?」

「嘘だったらいいんだがな」


 淡々とした兵介の言葉の端々に悔しさがにじみ出ている。普段はいかにも冷静で堅物の兵介がこうして感情を見せること自体珍しい。


「でも、果し合いって何で?」


 牡丹の問いかけに、兵介は無言で彼女を見つめ返した。

 たぐいまれな美少女の顔に、戸惑いと困惑の色が浮かぶ。


「――いつかわかる」


 ぽつりと答えて、兵介は再び屋敷に目を向けた。


「しばらくはこの関係を崩さないでいたい、か」


 兵介の小さな声は、二人には聞こえなかった。

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