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49  作者: 蒼治
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08

 人生初の入院生活となりました。

 正味五日間。

 あの日、気絶しそうです、と言った直後に気絶した私は(耐久力ゼロ)気がついたらこの大学病院に担ぎ込まれていた。まあ藤織さんが相変わらず米俵よろしく担ぎ込んだのであろうが。


 あの時絶対折れたと思った骨は、なんと一箇所も折れていなかったのだ。お安いけれど壊れにくい、まったく私は百円均一の陶器皿である。

 折れたのは例の奥歯一本だったが、これは病院ですみやかに処置してもらえた。入院しているあいだに、被せてもらったのでひとまず安心。


 安心ではなかったのが臓器の方の損傷だった。

 破裂とまではいかなかったが、腎臓がちょっぴりやばかったらしく、一応手術無しで事足りたものの、数日間血尿でた。

 病気にかっこいいとかわるいとかいうのは、大変不遜な考えてあると思うのだが、やはり乙女として血尿はちょっと悲しかった。


 あと、顔が大変かわいそうな事になっていたのが。それはもう元が元なので。はい。しかし藤織さんも、私が気絶している間に美容整形手術の段取りの一つや二つ立てておいてくれればいいのに、気のきかない男である。もしかしたら、立てたはずが、美容外科医に不治の病で手の施しようがありませんと匙を投げられたのかもしれない。うむそれだ。


 あ、気がきいている、というか、いささかききすぎな点もあるにはあった。

 私が叩き込まれた部屋は、個室なのだ。しかも、おそらくこの病院で最高クラスの。大きな窓からの眺めは良くて、部屋の中は静か。調度品も、私の部屋よりよほど高級だ。まったく私のようなものなど、待合室の長椅子にでも寝かせておけばいいのである。病院は盲導犬以外の犬畜生持ち込み禁止だから、そういうわけにもいかなかったのだろうか。


 で、短い入院生活だが、医者×男性看護師、いいよなあ、えっちぃ、とか考えてぼんやりして八割終わったのだが、それだけではなかった。

 最初に来たのは掛井さんだった。

「なんだか、大変な事になってしまって申し訳ないね」

 掛井さんは、おいしそうなイチゴを持ってきてくれた。それをぼちぼち食べながら、忙しそうな掛井さんと少しだけ話をした。


「うちの事情に巻き込んでしまって本当にすまない」

「いいえ、気になさらないで下さい」

「本当は俺がもっとちゃんと君に言えばよかったんだけど、言ったら怖がるかと思って。あの時点では君も逃げそうにないって思った俺の判断ミスだ」

「私もあの作家の新刊が発売されなければ別に49日間くらいどうでもよかったのですが……。しかし今回も、素晴らしかった。深夜のオフィスでのリーマン×リーマンの下克上。やっぱりネクタイはアイテム的に完璧ですね」

「ごめん、やっぱり言っていることがよくわからない」


 例の新刊は『死んでも本屋の袋は離しませんでした』とばかりに私が掴んで離さなかったため、持ち込まれ、病院で目を醒ましたら、枕元に置いてあった。ナイスセントニコラウス!

 見ないふりをしている医師や看護師のプロ意識にはもはや脱帽である。


「でも、命に別状無くて本当に良かった」

 そうですね。今死んだら、いろいろなものが赤裸々になってしまいます……。

「あ、そうだ」

 私はとりあえず、掛井さんにお願いすることにした。

「実は、今回はパソコンをとりに行ったんです。あのアパートの部屋に袋に入れてあるのです。この騒ぎでもってきそびれてしまったのですが、すみません、何かのついでにとりに行ってもらえないでしょうか」

「ああ、いいよ」


 気さくに掛井さんが言ってくれた。むう、最初から頼めばよかった。そうすればこんな痛い思いをしなくてすんだのに。藤織さんは怪しいが、掛井さんは万が一にもパソコンの中身をチェックしないような気がするから安心だ。そもそもデスクトップが18禁ボーイズラブゲームの特典配布画像であるからして。

 気がかりだったことを頼めて、私はだいぶほっとしていた。


「ところで、藤織さんは」

 私が訪ねると、掛井さんは目をそらした。そらした先にあったやけにきらきらした表紙の書籍を私はさっと枕の下の隠す。私もやろうと思えばすばやい行動くらいできるのだ。今のは普通の男女の恋愛小説ですから!女性がなぜかショートカットで、掛井さんの嫌いなつるぺた胸ですが、女であります。じゃ、そういうことで。


「藤織さんね」

 掛井さんは一瞬黙る。

「ちょっともめてる」

「え?」

「仕事で忙しいのもあるんだけど、渡辺さんのこの一件の後始末もしているから」

「ははあ……」


「結局これだけの目にあわされて、渡辺さんとしては納得できないかもしれないけど、これをやらかしたのもある意味身内だからね。渡辺さんが人知れず葬られちゃったらシラを切られて終わりなんだけど、現場を捉えて名前も割らせたから、藤織さんとしては向こうを脅すカードを手に入れられたわけだ」

 なるほど、私も生きているだけで無駄に二酸化炭素を排出していて、温暖化問題的にも申し訳ございませんと思っているので、お役に立ててなによりである。


「今、向こうと交渉している。なんかすごく機嫌悪いけどね。まあ普通の仕事も忙しい上、こんなことになって睡眠時間も削られて大変だ。でも時々ヤツ当たりされる」

 む、その言い方はよろしくありません。

「だめです、掛井さん。そんな風に藤織さんを言うのはよくないです。藤織さんは掛井さんのためにいろいろ頑張っているわけですから」

「うーん……藤織さんが頑張っているのは」

 なにか言いかけた掛井さんははっとしたように黙った。それからにこりとして話をそらす。


「まあいいや、そうだね、よくなかった。多分俺もちょっと疲れているんだろう。だめだね、人に対しての配慮を忘れてしまっては」

 へたれ、と思っていたけど、肝心な事は言わないらしい。さすが議員秘書。藤織さんにも掛井さんにも秘密がありそうなんだけど。まあ今問い詰めたところでなにも言うはずもない。

「ところで、渡辺さん」

「はい」

「君、誰か入院を知らせなければいけない人とかいないの?家族とか、友達とか。見たところ誰もお見舞いに来ていないけど」


 掛井さん、あなたはいい人だ。

 しかしひきこもり属性に友達の有無を尋ねるなど、なんて残酷な事が出来るのか……この外道!鬼!悪魔!

「それに彼氏とか」

 今の失言によりカルマ的に、来世はザリガニに決定!


「ええとですね。私、両親はもういません。姉妹がいるのですが、大変遠方にいるので、心配かけたくありません。大した怪我でもなかったし。そして、友人はヲタ友が居ますが、お見舞いに来てもらうほど、親しくないです。彼氏は……昔、いましたが……今はいません」


 ……付き合っていると思ったのは私だけだったという、痛い事件だったがな!


 忘れていたのに思い出してしまったではないか。

 さすがに私の様子を見て、こりゃ失言したと掛井さんも気がついたらしい。

「ま、まあ来てもらったら来てもらったで、お見舞い返しとか大変だしね!」

 あっ。

「思い出しました」

 私はベッドの上から乗り出しそうな勢いで掛井さんを見た。


「お願いします。お金貸してください」

「は?」

「私、入院費を払えません」

「……今回の?」

「はい。うちの両親が交通事故で死んだとき、病院でなくなりましたので、べらぼうな金額がかかりました。あれ以来入院費がトラウマでトラウマで……なるべく健康にだけ生きて、健康にのたれ死んでいこうと思っていたのですが……」

「いや……今回の分についてはもちろんうちで持つよ?」

「ほ、保険証もないんです」

「まあ、もともと表に出せない怪我だから、自費で支払うつもりだけど」

「ひぃー自費ー!」

 いくらになると思っているんですか。


「いいからいいから、藤織さんも俺も、それくらいは動かせるんだ」

 掛井さんはにっこり笑った。

「しかし、君も変な人だな。この一件、どう考えても君はとばっちりなのに。自分で払うっていう発想がおかしい」

人様のお手を煩わせるほどの人間ではございません故。

「でも、君、社会人だったよね。別に金遣い荒そうに見えないけど、あまり余裕がないのかい?」

 余計なお世話である。そんなこというと来世はカマドウマですよ?

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