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49  作者: 蒼治
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「あのう、えっと……おひさしぶりです」

 なにを言ったらいいのかわかりかねて選んだ私の言葉は壮絶にぼんくらまるだしである。横のあの人を見られない。

「本当に久しぶりだなあ」

 そっけなく藤織さんが言う。

「さて、どうしてくれよう」

 さすが俺様、用件も単刀直入。話が早い。


「あああああの、お金なんですけど」

「そんなことは誰も言ってない!」

 車内でよかったと思う大きな声だった。うっかりそれに反応して私も藤織さんを見てしまう。

 藤織さんは相変わらずだった。一年分、年をとったのかもしれないが、それは私の目には判断できない。ただ相変わらずの整った顔立ちが懐かしい。


「お前は不義理な女だ」

「すみません。藤織さんがお金持ちなので油断してました」

「だから金の話じゃない」

「じゃあなんの用事なんですか!」

「いつか連絡してくるだろうと思っていたが、さっぱり連絡一つよこさないで。しかもなんだあの男は、なにが『多恵ちゃん』だ、バカ!」

 藤織さんは視線だけは前方からはずさない。でも後は全身で私を怒っていた。しかし問題は。


「どうして藤織さん、私の仕事先とかご存じなんでしょうか」

 藤織さんは鼻で笑った。

「自分の女の居場所くらいつでも突き止めているわ」

「まさか」

「しかも伽耶子が始終報告してくれるしな」

「はあ?」

 伽耶子さん「仕方ないなあ、兄には秘密にしとくから」ってあんなにはっきり言ったのは真っ赤な嘘?

「なんでそんな驚いた顔なんだ?伽耶子が僕の不利益になることをするとでも思っているのか、おめでたいな」

「あの人すごく嘘吐きじゃないですか!」

「今頃知ったのか。あれも涼宮の魔女の一人だぞ」

 伽耶子さん、一年間もしれっと嘘を。


「嘘吐きよりも、お前自分の男からフェードアウトしようとしていただろう。そっちのほうがよほどひどい女だ」

「じじじ自分の男って」

 藤織さんの一方的な発言。さすがに異議ありである。

「藤織さんだって、会いに来ようともしなかったじゃないですか」

「だってお前、一生懸命頑張ります、とか泣いたじゃないか」

 ぎゃー、人の恥ずかしい姿を!


「自分になにができるのか、必死に探そうとしている人間にあっさり手を貸すのは僕は嫌いだ。もちろん何かあったらすぐに手を貸すつもりではあったがな。そういったつもりであれば居場所を把握することはやむを得ないことだと思うだろう?」

 この人言っていることが立派なのか立派じゃないのか…………。


「それなのにお前という女はさっぱり連絡もしてこないし、しかもなんだ、他の奴とへらへら会話して」

 藤織さんは私をちらりと見る。

「不埒な奴がでたら速攻とりかえすつもりだった」

「不埒って、先生になんて失礼な!今秋アニメ化ですよ?」

「……もちろん僕にも悪いところはあると思う。ナベの性格をすべて見極められなかった点だ」

 いやそのくらいの欠点は是非もっていてほしいと。怖い。


「ということで、この足で戻れ」

「いやです」

「僕はお前になにかしてやれるといっただろう」

「藤織さんのその完璧さが困るんです」

 その言葉を告げたとき藤織さんこそ、見物だった。珍しく私に向ける不機嫌な顔。藤織さんは道理も引っ込むむちゃくちゃな理屈をこねるが、自己弁護はしない。だから彼も今言えないのは。


 99.99%


 その欠けた0・01%の意味が分かる。

 私は寧ちゃんを守りたいという願いしかなかった。

 そして藤織さんは、有り余る様々な力を持ちながら、それを行使する意味がなかった……守るものがなかった人なんだ。

 その虚しさがなぜか腑に落ちた。守るものがないと言うのは……その執着の無さはけして人を幸せにはしない。あの無茶な遺言とそれにまつわるしがらみ、あれはいきすぎだけど、まったくそういうものを持たないことはとても寂しい。


 私がアパートで反掛井派に襲われたときと最後に藤織さんが助けにきてくれたとき。どっちも暴力には違いなけど、そこには違いががあったんだ。

 藤織さんが自分の都合で使う力と……私のために使う力。

 それこそが0.01%なのかもしれないけど、それ、対象が私でいいはずがない。それが嫌だ。

「……つべこべ言わず僕のそばにいろ」

 ちょっとしんみりしたが、藤織さんの物言いで我に返った。


「これが最後の質問だ。ナベは僕をどう思っている?」

 予想外にも、藤織さんは私に無理強いする気は無いようだった。

「僕はもう疲れた。これ以上、ナベを待つことはできない。今の問いをナベがはぐらかしたり否定的な答えをよこすなら、もう諦める」

 藤織さんの声は本気だ。それはそうか……一年もほったらかしにした以上、藤織さんがそう考えても仕方ない。


 藤織さんを私から自由にしてあげるのなら、これが最後の機会だと思った。ここで私が拒絶さえすれば、藤織さんは自由に次の誰かと恋ができる。それが一番正しい。

 正しい。ってそれはわかっている、でも。

 ……でもやだ。

 再会しなければ、それも正しいって思えたのに。


 私が一年逃げた相手……私にもようやくそれがなんだったのか見えてくる。私が逃げたのは藤織さんじゃないのだ。ただ自分自身の「藤織さんを好きだという気持ち」だった。

 自分の臆病さに、ようやく背中を押された。

 あーあ。最後まで私はかっこ悪いままである。


「藤織さん」

 私はこの寂しい人に声をかける。

「私、時々わからなくなっちゃうんですけど、もうわりと味がわかるんです。仕事場で時々ご飯作っておいしいって言われるときもあるんです」

「そうか」

「あと、洗濯物たたむのも得意になりました。時々可愛いってほめられます。ちゃんと仕事もしてます。人と話すのもそんなに苦じゃないです」

「そうか」

「ちゃんと考えると、私にもちゃんと藤織さんにできることがあるような気がします。なので、そばにいてあげようと思うのです」

「ナベのくせに偉そうな」

「偉くないです」

 私はなるべく緊張で声が裏返らないようにして言った。だってこんな言葉は正気の沙汰じゃない。


「ただ藤織さんのことを大好きで、ずっと一緒にいたいだけです」

 私が舐めまくっていた俺様は、なぜかそこで無言になった。ちょうど赤になった信号に車を止め、そして私をきちんと見る。いつもどおりの堂々とした表情だ。でも少しだけ目元が赤い。

「うん、それでいい」

 私は藤織さんの寂しさを補うことができるだろうか。それ以上の何かをしてあげられるだろうか。

 わからない。

 でも、一緒にいたい。

「はい」

 ああ、私、自分の希望まで見つけてしまった。


「よかった。ああ、それじゃこれは邪魔だから、後ろの座席に置いてくれ」

 藤織さんが自分の座席の足元から、紙袋をだした。それを私に渡してくる。袋の大きさの割りに中身は結構重い。なんだろうと隙間から中身を見てみたけど、ふつーにペットボトルがある以外はわからなかった。

「これ、なんですか?」

「睡眠導入剤突っ込んだペットボトルと縄」

「は?」

「お茶飲むなよ、危ないから」

「……何に使うおつもりで?」

「ナベが僕を拒絶したら、それ使って連れて帰ろうと思っていた」

 なに言ってるのだこの人。


「あのう、意味がちょっとわからないのですが。藤織さん、もし私がここで藤織さんとの縁を切ろうとしていたら、それを受け入れるって言いませんでしたか?」

「そんなことは言っていない。『待つことは諦める』とは言った」

 なに?!

「待ちくたびれて面倒くさくなった。待たないでさらったほうが早い。幸い僕には、人一人監禁して許される資産も権力もある」

「それは人道的に許されない気がするのですが……」

「大丈夫だ、人道的な配慮を用いて監禁する」

 そうか、それなら安心…………?


 抗議の言葉がうまく見つからないまま、えーと、と考え込んでしまった私に、藤織さんが別の話題をふってくる。

「ところでナベ」

 藤織さんは話を変える。

「伽耶子から聞いたが、お前のマンガが雑誌に載ったそうだな」

「ふえ」

 いきなり大地雷である。

「恥ずかしがらなくていい、一応雑誌も目を通した。おめでとう」

「きょ、恐縮です」

「が」

 藤織さんは続ける。


「あの作品の、横暴な中学校教師と気弱な議員はまさか僕と掛井がモデルじゃあるまいな」

 まずい。

 私の詰め込みたいものをつめこんだ作品。愛と技術と妄想満載。後悔なし、ではあるが。しまったストレートすぎたか。

 しかも予想外に好評で、連載にまでなってしまったのだ。明後日発売の今月号には、伽耶子さんがモデルの三人目の男がでてくる、ちなみにこれはちょっとひねって古美術商にしてみた。これからバリバリの三角関係に展開していく予定である。


「あと不思議なのは、なんで男同士なのに、恋愛関係なんだ?いや本物の同性愛の方向けなら意味もわかるが、あれは一応少女マンガに属するようだ、それも不思議でならない。どこをターゲットとした雑誌なんだ?それにどうしてあの雑誌の漫画の登場人物のほとんどは、同性同士の恋愛に違和感を感じていないんだ?そしてもれなく性行為の描写があるのはなんでだ?あれ成人向けのマーク付いてなかったぞ、まずいだろう。それに最初からあんなところに入るものなのか?あとJUNEとヤオイとBLはなにがどう違うんだ?そもそも攻めと受けってなんのことだ?」


 矢継ぎ早やな藤織さんの質問の洪水。どんどん背中に嫌な汗が滲む私はいったいどうしたら。

「僕の知らない世界があることはもちろん承知だが、知らないことをそのままにしておくのも僕の好奇心は許さない。是非わかりやすく説明してもらいたい」

 一見さんはお断りの世界である!帰れ!

「おいナベ、聞いているのか?」


 今。

 私は結構困ったことになっているような気がするのだが。


「なあナベ、お手数だが、どうか無知な僕にご教示願いたい」

 藤織さんは口元こそ笑っていないで大真面目だが、目の奥がものすごい勢いで、何かをおもしろがっている。あっ、今口元もちょっと震えたみたいに笑った。

 藤織さんのにやにやした瞳をどうとるべきか。怒ってなくても何されるかわからない不安がある。


 さて私、どうする?!





 「49」おわり

これにて完結です。

ブクマ、ポイントなど、また、開放しましたのでレビューを頂けると嬉しいです。

感想はツイッターにマシュマロさんあります。

最後までお付き合いありがとうございました。別のお話でお会いできたら幸いです。

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