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49  作者: 蒼治
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 起きて数日ほどして面会謝絶が取れると、やってきたのは伽耶子さんだった。看護師さんがいなくなるまでは殊勝な顔をしていたのに、いなくなると、いきなり彼女からグーパン顔に叩きつけられてひどい目にあった。

 鞭ではなんて、もう最悪である!

 集中治療室から個室に移していただいたわけだが、こんなことなら集中治療室で目撃者がいるほうがよかった。公開DVならまだ我慢できる。

 で、それはともかく


「死ぬかと思ったじゃない!あんたに私を心配させる権利があると思っているの!」

とツンデられた。

 もういい、伽耶子さんは女でいい、それだけでも十分私の萌えを満足させてくれる人だ。


「あの、ご心配かけました」

「かけられてない!ムカついただけ!」

 またまた伽耶子さん……と生ぬるい笑顔で見ていたら、デコをはたかれた。

「まあいいわ、生きていたから少しだけ許してあげる」

 そして伽耶子さんから、その後の後始末を聞くことになった。

「掛井と紗奈子は入籍したわ、とりあえず」

 私が寝込んでいる間に、五十五日目になっていたのだ。


「何日目でしょうか……」

「四十八日目に。なんとかこれで条件はクリア。兄と私は放免、でも紗奈子と掛井もこのまま言うがままにはなっていないと思うけど」

 伽耶子さんは笑った。

「とりあえず父が引退するまでにはまだ時間はあるでしょう。その間に立場を確立して、後釜には紗奈子を立てる方向に持っていくはず」

「掛井さんは……」

「掛井は自分が立つより、立つ人間を支えることが生きがいだったみたいね。すごく元気になってきている」

 伽耶子さんはまあこのあたりが現状の落としどころね、と満足そうだ。


「だから、申し訳ないけど、掛井と紗奈子にはあんたが退院するまでは会えないわ。スキャンダルからは距離を置いておきたいの」

「スキャンダルって……別に虫けらがちょっと怪我しただけなのに?」

「あんたね……」

 伽耶子さんはため息をついた。ごりっとこめかみに拳を押し付けられる。

「私の友達を虫けら扱いしたら、殴るわよ?」

 だからどうして鞭じゃないのか……。


 伽耶子さんはテレビをつけた。ちょうどワイドショーの時間で華々しいテロップが目に焼きつく。

「本当は内々につぶしたいと思っていたんだけど、あんたが刺されたことで大ニュースになってしまったのよね。おまけに警察まで入ってきちゃって。まあとことんつぶせたからよしとするか」

 テロップには『名門大学生集団麻薬売買!』と殴り書きのような真っ赤な文字が躍っていた。


「集団?」

「あいつらから、ぞろぞろ横のつながりがでてきちゃったのよね。学校が名門大学が多かったので、大騒ぎ。怖いわねえ、今の大学生って。あんたが刺されなければ、私達もあの連中どまりでしか気がつかなかったかもしれない。警察が入ってよかったわ」

 でも大事になってしまったので、掛井さんと紗奈子さんはこれ以上介入させないということにしたらしい。警察には二人の関わりをなかったことにしたいから、と伽耶子さんは告げる。


「紗奈子は涼宮のじじいが死んだ直後に何かの飲み会だかでこの問題に気がついてしまったみたいなのね。それきりこの問題を追いかけっぱなし。掛井に対して憤りで行方不明になっていたんじゃなくて、とにかくこっちに気を取られていたらしいわ。正義感、というにはあまり無謀で、今はとりあえず、兄に寺に押し込められて写経させられているけど」

「写経!?」

「え、あたりまえじゃない。まわりを心配させたんだし」

 それ……普通の家と違う……。


「で、兄は今ちょっと多忙。涼宮の家の調整に、掛井と一緒になって駆け回っている。その他にも、兄の勤める高校の卒業生で関わっている人間がいないかとか、仕事も忙しいみたい。まあ、兄の勤める学校は、わりとのんびりしたお坊ちゃんとお嬢ちゃんが多いらしくて、卒業生も含めて誰も関わっていないらしいけど。だから、兄はしばらく来ないかもしれないけど、まあ我慢なさい」

 いろいろ画策しているらしいということはわかったが、私がどう思おうとも、藤織さんがきちんとやっているであろうことは間違いない。


「そうですか」

 私は伽耶子さんに頭を下げた。

「とりあえず、紗奈子さんと掛井さんに御結婚おめでとうございますって伝えてください」

「来年の紗奈子の卒業を待って式挙げるんですって。あんたも招待されると思うわよ」

 先の話だけどね、と伽耶子さんは言った。ちょっとした沈黙に湯のみへと手を伸ばした私に伽耶子さんは畳み掛ける。

「あんたと兄さんが結婚するほうが早いかもね」

 お茶を吹きそうになった。


「そんなことは……」

「私に遠慮なんてそんな思いあがりは許さないから」

「でも……」

「楽しみだわ。婚約指輪と結婚指輪は私に発注してね。おもいきりふっかけてあげる。どうせ兄が払うし、予算無制限なんて最高」

「伽耶子さんはいいんですか」

「よくはない」

 伽耶子さんは肩をすくめた。

「まあ渡辺と兄さんがうかうかしていたら、いつでも押し倒す方向にはもっていくつもりだけど、それとは別にちょっと」

 私が見つめると伽耶子さんは早口で答えた。

「フォーナインとはいかないけれど、育てる楽しみもあるかしらって!な、なんか、無下にできないのよ、あの院生!」

「ああ、あの院生!」


 ぼけーっとして藤織さんとは正反対のようだが、わりと伽耶子さんとはうまくいくのかもしれない。伽耶子さんと藤織さんは性格そっくりだから、こんなの二人いたら、逆にぶつかるような気がしてならない。とりあえず、エイリアン×プレデターだと迷惑するのは人間だ、という感じである。

「なんていうのかしら。着ているものも垢抜けないし、研究バカなんだけど、見た目はよくみたらいいのよね。それにバカじゃないし。教育のし甲斐はあるように思うのよ」

 調教にならないようにだけ気をつけていただければ……。調教でもいいのですが、一般人に耐えられるものなのだろうか?


「それで、あんたこそ怪我の具合はどうなの」

「はあ、憎まれっ子世にはばかるというか……」

 あの時、藤織さんがナイフを抜かず、そして私が暴れないように抱えていてくれたことが良かったそうだ。

 ちょっと傷跡は残ったけどまあ仕方ない。

「ところでですね、伽耶子さん」

「『金のことは心配するな』、兄より」

 伽耶子さんは私の言葉を遮って言った。言うこと読まれた……。

「掛井からも、あんたはいつも心配していたからって」

「すみません……身に染み付いた貧乏人で……」

「そういえば、昨日、渡辺寧子に会ったんだけど」

「うぇ、なんで?」

「本当は兄さんに会いに来たみたいだったんだけど、いなかったから私が話した」

 寧ちゃんいびられなかっただろうか……。


「昨日、私も会いました。毎日来てくれたんですけど、もうすぐいよいよ渡米するって」

「そうらしいわね。いい子すぎて驚いた。非常によろしくお願いされたわ、あんたのこと」

「ああー、寧ちゃん、伽耶子さんの性格知らないから」

「失礼ね」

 まさか、この年で。こんな軽口叩ける女の人と知り合えるなんて思わなかったな、と今思う。伽耶子さんと私はあまりにも違いすぎるけど……伽耶子さんがどう思っているかはわからないけど、でも私は伽耶子さんと会えてよかった。


「……まああんたが生きていてよかったわ」

 個室の窓から快晴の空を眺めて伽耶子さんは呟く。

「兄さん、真っ青だったから」

「え?」

「あんたの手術が終わるまではいたのよ?たった数時間であんなに憔悴した兄さんははじめてみた」

「……そりゃ自分の目の前で人が死にそうになれば……」

「あの時、私があんたを刺したバカ、ボコッたじゃない?」

「そうですよ、私も目の前で人が殺されるかと思いましたよ、刺されたことよりそっちがトラウマです」

「……兄がやってたら、ほんとにあのバカ死んでいたと思うわ。よかったわねえ、私がいて。あんたがうかつに殺されたら兄は前科持ちになりかねないんだから気をつけなさいよ?」

 もう実は、裁かれてないだけで、一つや二つありそうな御方のはずであるが?


「だから、ちゃんと長生きしなさいねー」

 伽耶子さんは立ち上がる。長居して悪かったわね、なんていいながら。

「伽耶子さん」

 私はその横顔に声をかけた。

「実は、一つお願いがあるんですが」

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