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49  作者: 蒼治
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 そんなわけで、今、見知らぬアパートである。

 このアパートは連中の誰かのものらしい。一階の一番奥である以外、なんの変哲も無いワンルーム。そこに、私は車に押し込まれたときの四人ばかりの大学生と思しき男達と一緒だ。ガムテープでしばられているけど。


 車から降りてからは無理やり引きずられてこの部屋に放り込まれたわけである。この部屋にはさらに二人ほど男がいた。別に逃げるそぶりさえ見せてなかったはずなのに、何回か殴られてそんな意欲は失ってしまった。私が逃げるんじゃないかというよりは、この現状に対しての憤りをぶつけられた感じだ。これは一言で説明できる『やつあたり』と。


「これが涼宮紗奈子じゃないのか!?」

「違う!こいつは何者か知らない」

「あいつは、全然俺たちに悟らせていなかったじゃないか!用心深いんだよあの女は」

 私は紗奈子さんと間違えられたようである。しかし、こんな目に会うのが紗奈子さんでなくて良かった。紗奈子さんに何かあったら藤織さんも伽耶子さんも悲しむから。あまり好きな人が悲しむところは見たくない。


 しかし、紗奈子さんからほんのさわりであったが聞いておいてよかった。やはり自分に何が起きているかをわかっていれば、あまり動揺しないですむから困らない。

 その狭いワンルームには無数の鉢植えがあったからだ。最近これテレビでみたことあります。この植物は、大麻ですね。

 って、大学生が何をしているのか、そんなヒマあったら勉強しろ、と言いたくなる。私よりも明らかに偏差値高そうな相手だが。


「だけどそれならこいつはどうしたら」

 男達はてんでに不安そうだ。今まで甘い気持ちでこんな犯罪に足をつっこんで、そして結構長い間、露呈せずうまくやってきたのだろう。紗奈子さんはその事実を暴きかけていたのだ。紗奈子さんがあまりいい噂を聞かない連中と一緒にいたという情報は、けして彼女のがその仲間であったというわけではない。おそらく紗奈子さんが彼らを調べ始めていたときだろう。

「だって、もうこの部屋の中を見られているわけだし!」

「じゃ、じゃあ」

 おかげで彼らは今になって慌てふためいているわけだが。


 私は不吉な予感を覚え、彼らから目が離せない。こんなに若い男子がいっぱいいるのに、さすがに多重構造三角関係とかの妄想にいたる余裕がない、無念。

「涼宮紗奈子はこの部屋に忍び込んで、写真を撮ったりしていったんだ。勝手に入りやがって!それで即刻やめなければ、しかるべき処遇にしますって、何様のつもりだあの女」

 紗奈子さん、猶予期間をあげていたのか。自分の母校を巻き込んで不名誉なことになると自分に不都合とかいっていたけど、優しいな。

 紗奈子さんが行方をくらませていたのは、遺言の一件だけじゃなかったのだろう。この連中に行方を捜されていることを気がついてて、避けていたに違いない。


 しかし、彼らはちょっとどうかしているな。


 私は指摘してあげるべきかどうか、悩ましい思いで彼らを見ていた。口汚く罵りあって、責任が誰にあるのかを擦り付け合っている。

 そんなことよりも先にすべきことがあるんだろう。伝えてあげたい気もするが、口までご丁寧にガムテープで結ばれているので無理だ。

 紗奈子さんがこのアパートに忍び込んだことが有るということが推察される。

 それならば彼らが今なすべきことは一刻も早く片付けて撤収して、とりあえず私を山の中に連れて行くべきだろう。

 証拠隠滅、あとは。


 突然、吐き出し窓のガラスが割れた。


 遅かったか。

「はいちょっとごめんなさいね」

 割れた窓から鍵を開けて、すいとはいってきたのは伽耶子さんだった。

 突然現れた美貌の女性。

 装備:金属バット。

「それ、返してもらいに来たから」

 あいかわらず、人を物扱いっぷり。最高である。伽耶子さんのつぼのつき方が怖いくらいだ。


 私が言いかけていたのは、「恐縮ですが、もうすぐ迎えが来ると思いますので、そちら様も逃げるとかしたほうがよろしいかと」だった。

 手遅れになってしまったのは私のせいじゃない。


「お前誰だ!」

「人様をお前よばわりしない!」

 伽耶子さんは、人のうちではあるが、靴を脱ぎもしないで上がりこんできた。で、金属バットでその暴言の彼を指差す。

「後方注意」

 はあ?と振り返った彼が、一番に殴り飛ばされた人となった。私はもぐもぐとくぐもる声で呼んだ。


 藤織さん、登場である。

 藤織さんは、会社帰りに慌ててきましたという有様で、スーツの上着は置いてきたようだがYシャツのままで、わずかにネクタイを緩ませ、最強に機嫌悪そうな表情だ。

 しかしこれはどうかと思う。これはどうかと。

 そこにいたのは、藤織さんと伽耶子さん、すごい破壊力を持つ兄妹である。一人だって手に負えないのに二人そろっているとは。

 ……死人でも出すつもりだろうか。


「伽耶子、そっち」

「了解」

 あっけにとられているのは学生達だ。

 いきなり乱入してきた、スーツの男と美貌の女。どちらかといえば、そっちのほうが異質だ。その二人が動いたと思いきや。

 藤織さんの動作はけして乱暴ではない。むしろゆったりとして品があるほどだ。しかし、その威力はすさまじい。進みながら一人の若者の胸倉掴んでいきなり殴り倒した。無言だ、すごい破壊神っぷりである。それに一瞬呆然とした後、奇声を上げて飛び掛ってきた二人にも、落ち着いたままボディに一撃。

 この人、今なら喧嘩しながら化学の授業とか出来ると思う。


 伽耶子さんは伽耶子さんで、進みながらぽいと高級そうなハイヒールだけ脱ぎ捨てた。

「かかってこい」

 と妖艶に言ったにも関わらず、次の瞬間には自ら進んで金属バットを一人のわき腹に打ち込んでいた。さすが伽耶子さん、受け身でない姿勢がすごい。うぐっといった彼を遠慮なくそのストッキングのかかとで蹴り飛ばした。倒れたところをさらに踏む。すごく踏む。そこだけ代わりたい、大学生がうらやましい。


 部屋は暴れるほどの広さはなく、大学生連中はうろたえているだけだ。逆に二人の動きは機敏極まりない。どんな訓練受けたらこんなことできるのだろうか。どこかの特殊部隊でもいたのだろうか。軍モノBLは数が少ないので、私も造詣が深くないもので、語れず残念である。


 伽耶子さんの肩の向こうで、藤織さんが一人の胸倉掴みあげていた。

「運が悪かったな」

 藤織さんは、いつかのときと同じように笑っていた。

 同居しはじめてまもなく、私がぼんくらにも自分のアパートに帰って、半殺しにあった時。あの時、助けに来てくれた藤織さんは笑っていた。


 あの時、藤織さんの表情に、私は、どこか寂しさを見つけていた。

 あまりに丸い満月のように完璧だったからだ。伽耶子さんはそれこそが欠損だといったけど、私には寂しいものとして見えたのだ。

 でも今の藤織さんには、横に伽耶子さんがいて、助けるべき対象の、紗奈子さんもいる。彼は誰も必要としないのかもしれないが、彼を必要としている人がいることで、彼は補われているのじゃないかと思う。


 誰もいらないという完璧さ……それはそれでいい。

 伽耶子さんは藤織さんを評してフォーナインといい、その孤高を不満とした。でも私はそれでもいいい。

 仮に藤織さんが私を必要としなくても、私は藤織さんが好きだ。

 私がいて、彼が何一つ得をしないとわかっていても、私が彼に何ができるわけでもないと知っていても、それでも、私は藤織さんが好きだ。

 結局、好きになるまいとした人に、私は恋をした。


 そして藤織さんは足蹴にした男に言った。

「あれは僕の妹と、大事な人だ」

「だからのろけないでよね!ほんと無神経なんだから!」

 伽耶子さんが怒鳴る。連中を台風のごとくなぎ倒してやってきた藤織さんは、私の前に座り込んだ。多分さっぱり手加減なしで、口のガムテープを引っぺがす。口取れちゃうかと思う勢いだ。

「バカ!道を歩くときは用心しろ」

「でも藤織さんが助けてくれるって知っていたので平気です」

 けろりと返した私に、藤織さんは一瞬だけ言葉を失った。勝った!と思ったが、とりあえず軽くでは合ったがポカリとやられた。


 藤織さんと伽耶子さんは、腕っ節にも相当自信をもっていいようだ。六人もいた馬鹿大学生はみんな今は床でうめいているばかりだ。

「ところでどうしてここがわかったんですか?」

 藤織さんは素朴な私の疑問に答える。

「彼女の携帯の中身を見るような小さい男じゃないが、携帯にGPSを仕込むくらいは造作もない」

「兄さん、あれ私の会社の持ち物なんだけど!」

 藤織さんも伽耶子さんも論点が非常にずれているが、今はそこにかかわっている場合でもない(しかしあの携帯は即刻丁重に返還させていただくことにしよう)。


「まったく最近の若者というのはなっていない。こんなことにうつつを抜かして仕方のないやつらだ」

「どうする。警察呼ぶ?」

 伽耶子さんが、死屍累々と転がっている彼らを見下ろす。

「紗奈子が『うちの大学に不名誉という土をつけるな』って言っているからどうしたものか」

「じゃあどうするの。このままには出来ないでしょう」

 藤織さんは彼らの一人を見下ろした。


「『藤織』にあとは任せるさ。でも向こうは自分たちの領域で勝手に麻薬売られたことについては結構怒っていたからな。こいつらには少々辛いことになるだろう」

 なんだ、結局『藤織』に助け船を出すことになってしまったではないか。あのお母さんと相対したときはものすごく冷たくあしらったのに。

 その件については藤織さんも自覚があるらしく、いささか機嫌悪そうだ。

「まあ仕方ない。とりあえず、ナベが救出できれば誰がどうなってもかまわん」

 藤織さんは私を立ち上がらせる。お手数かけてほんとすみません。なんとか二足歩行くらいは可能ですが、それは乳児でも可能ですね。


「痛いところとかないのか」

「ないです」


 その時視界のはじで、なにかが光った。

 それは、誰かが振り回す、刃物の光だった。

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