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49  作者: 蒼治
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 唖然としている私を傍目に、掛井さんは掛井さんでやにさがっていい気なものである。

「俺も政治家になった紗奈子さんを秘書として支えるのが夢なんです。表舞台に立つより裏で人当たりよさげな顔しつつ、いろいろ取り計らうのがそもそも好きだし。十年待ってもらえば紗奈子さんのお父上が亡くなっても、かならず紗奈子さんを後継者にします」

 掛井さんの言葉に、紗奈子さんは嬉しそうに微笑んだ。


「どうやって仲直りしたんですか?

 私は思わず聞いてしまう。

「掛井さん、紗奈子さんが怒っているんだと思っていたんですよね。それともあれもそもそも嘘だったんですか?」

 『掛井のことが信じられない』というあのメール。

「いえ、本気で怒ってましたよ、ね?」

 掛井さんは紗奈子さんをちらりと見た。紗奈子さんは悪びれずに続ける。


「そりゃそうよ。私が涼宮継ぎたいって思っているのを一番知っているのは掛井なのに、あの遺言がでたら『あの、俺が頑張りますので、紗奈子さんは無理しないでくださいとか』言い始めて。しかもものすごく憂鬱そうな顔でよ?」

「だってあのジジイ連中の頭の固さを見たら、ちょっと自信なくなりますよ。誰が好き好んで紗奈子さんに苦労させたいと思いますか。それくらいなら、俺が頑張って政治家やってみようかなとかちょっと思いますよ」

「私がやりたいのは政治家であって、政治家の妻じゃない!」


 なるほど。

 このごたごたは結局、紗奈子さんと掛井さんの意思の共有化にかかった時間だったということか。

 紗奈子さんと伽耶子さんのお父さんが元気なうちに、紗奈子さんはキャリアを積んで、掛井さんは裏工作に励んで。で、いつか万全整えて涼宮の体制に反抗するのか。それは確かにちょっと覚悟がいる長い戦いになりそうだ。


「藤織さんに嘘をついたのはどちらなんですか?」

 私は二人を見比べて尋ねた。なんのことだろうと首をかしげていた二人に聞きなおす。

「最初、渡辺寧子について調べたのは、藤織さんじゃないと思うんです。藤織さんは掛井さんを信用していたから、掛井さんのいうことなら、信じたんだと思うんですけど。『渡辺寧子の家に多恵もいる』その事実を伏せたのは誰なんだろうって」

 そうじゃなきゃ、藤織さんがそんな初歩的な勘違いをするとは思えない。厳密には嘘ではなくて、いいそびれ、なんだろうけど。でもその前提がなければ、私も藤織さんに一ヶ月間寧子と間違われ続けるなんて難しかったに違いない。


「私」

 紗奈子さんが肩を竦める。

「渡辺寧子の結婚の件はわかっていたの。あなたが彼女の家に転がり込んでいることも。姉妹仲はいいみたいだったから、もしかしたらあなたも時間を稼いでくれるかもしれないと思った。実際、あまり期待はしていなかったのよ?まさか、ここまで協力してくれるとは思わなかったけど」

「え、俺は知りませんでしたよ?」

「掛井がまだ見ていない調査資料の中にあったのに気がついて、私がそこだけ抜いておいたの。だって掛井は兄には弱いから、知ってて騙すなんてできないでしょ?それに、知らないでいれば、掛井が何を選んだのか、私も見抜けるし」

 私と掛井さんはそろってドンの引きである。やはりマゾ仲間。


 紗奈子さんを「優しい」とか評していた藤織さん。

 ……ていうか、伽耶子さん以上にこの人、藤織さんそっくりである!怖い!

 二十歳そこそこの女の子がこれなんだから、涼宮一族は本物である。兄妹、親子で謀りあって、一体なんなんだか凡人には計り知れない。正直二度と深く関わりたくない。


「でも、お兄さんを騙してたんだから、あなたもやり手よね。ちょっとあなたと友達になってみたいわ」

「買いかぶりすぎです!」

 くわばらくわばら。魔女に関わったら黒焼きにされて惚れ薬の材料にでもされかねない。紗奈子さんに比べたら伽耶子さんの直球は気持ちいいくらいだ(球は砲丸を使用していようとも)。

「お兄さんは、涼宮に関わる気持ちはさっぱりないし、姉さんは涼宮に砂かけて出て行っちゃったでしょう。そりゃ私くらいはまともに向き合ってあげないと両親が可哀そうよね。一人くらいは孝行しなきゃ」

「いつか正面きってケンカ売るのが親孝行……」

 ぼそっと言った掛井さんの肩を、紗奈子さんは派手に音を立てて張り飛ばした。けれど声は明るい。

「ま、そんなわけで、涼宮に関しては私と掛井が背負うので心配しないで」




 掛井さんが車でまた送ってくれるというので、私はそれに乗っかることにした。駐車場から彼が車を持ってくるまで、紗奈子さんと二人、マンションの前で待っていた。

「ところで聞いたんだけど」

 紗奈子さんは伽耶子さんよりもある意味で単刀直入だ。

「あなたお兄さんの女なんですって?」

「いえ奴隷です」

「……恋の?」

 紗奈子さんもまた言い方がロマンティックである。こちとら何一つ装飾の必要ないただの奴隷であるのだが。


「まあいいわ……そうかー、お兄さんもいよいよ年貢の納め時かあ。まあ選べるうちが華だしね。それなら、お兄さんがうっかり涼宮の地盤に興味持たないように、ちゃんと見張っていてよ。私、掛井とだったら勝てる自信があるけど、お兄さんをライバルに涼宮の後継者になるのはきっついわー」

「紗奈子さんは伽耶子さんと違って藤織さんに辛辣ですね」

 紗奈子さんは私の言わんとしたことをあっさり見破った。


「……お姉ちゃんは、お兄さんが大好きだから。でもあれは、きっと恋愛なんかじゃないのよ」

「そうなんですか!?」

「だってそもそも兄妹じゃない、何言ってるの?」

 ……そうだな、問題である。兄弟ならともかく。


「ていうか、お姉ちゃんは、正面きって涼宮の理不尽さと戦ってきた人だから。死んだおじい様にだってしょっちゅう殴られていた。大学だって美大なんて許さないって言われて、自力で通ったのよ。昼間は大学で夜はキャバ嬢とかバイトとかして。だから颯爽と現れて涼宮なんて鼻であしらって、しかも大学進学のとき親身になって相談に乗ってくれて支援までしてくれたお兄さんはヒーローなんでしょう」

 伽耶子さん……生まれも育ちもセレブです感丸出しだというのに、なんてハードな。


「お姉ちゃんは、きっと三次元の男が嫌いなのね」

「藤織さん、アニメキャラなんですか?!」

 なるほど、それなら私が好きになってしまったのも無理はない。私の妄想も夢小説にまで幅が広がったようである。

「あれだけ完璧な上、お姉ちゃんの気持ちまで入ったら、もう実在しないんじゃない?お兄さんはお姉ちゃんのその視線が重いのよ」

 紗奈子さんは嫌悪などなく、けれど誰よりも冷静に自分の親族を見ていた。


「お兄さんだって、きっとちょっとくらいは凡俗なはず。そうやって見てあげられたら、お兄さんもお姉ちゃんを愛してたと思うけど。お姉ちゃんはさ、五歳の女の子がアニメの主人公を好きな目で、お兄さんを好きなのね」

「だから院生を紹介したんですか?」

 紗奈子さんは一瞬きょとんとしたあとに、ああ、と思い出したようにうなずいた。


「会ったことあるんだ」

「あります。随分藤織さんとはかけ離れた人だと思いました。悪い人じゃないと思います」

「いい人よ。お兄さんとかけ離れたところがなおさらいい」

 それでも紗奈子さんはそこだけ苦笑気味につけたした。

「別に服の趣味がちょっとくらいアレでも、いいのにね」

「そうですね、古今東西アニメの主人公は頭悪そうなカラーリングの服ですし」

 紗奈子さんは、藤織さんしか見えていない伽耶子さんを心配しているのだなあ。でも、私達が誰かにできることはなんて少ないんだろう。


「あのですね」

 闇の中、私は紗奈子さんに呼びかけた。

「伽耶子さん、心配してました」

「……うん」

 紗奈子さんはそんな時だけ、まだ二十歳そこそこの女の子の顔だった。

「電話する」

「どうして連絡を断っていたんですか。いろいろ思惑を知られるのが嫌だったから?」

「まあちょっとはそれもあるんだけど、実際はただ忙しかっただけ」

 紗奈子さんの返事はあっさりしていた。


「なんで物事って言うのは、起きるときにはまとめていろいろ起きちゃうのかしらね。ちょっと事件に関わっていたら、それで手一杯になっちゃった」

「なんか、変な連中と関わっていたって」

 掛井さんはまだこない。遠くから一台車が走ってくるが光の加減が違う。

「変な連中っていうか……」

 紗奈子さんは言い渋る。でも声をひそめてからぼそぼそと話し始めた。


「うちの大学だけじゃなくて、あちこちなんだけど、大学生の間で大麻が広がっているのね。で、その関係者を探していたの」

「……つ、捕まえようとしていたんですか」

 さすが目標警察庁国家一種。

「ううん。捕まったらオオゴトになっちゃうじゃない?うちの大学の名に傷がついても困るから。だって私が今在学しているのよ?」

 紗奈子さん、なんて思慮深い……つか腹黒い……?


「なので、適当に洗ったら、お兄さんに丸投げしようと思っていて。ほら藤織の家も、相場とかあんまり関係なく無秩序に広がっている麻薬に手を焼いているっていうから。その解決の一端にならないかな、できれば極秘で片付けちゃって、とか思っていた」

 いえ、あの人達ホンモノですよ?一人や二人死にかねませんか?

「あのバカ連中が怪しいなって思っていたから、ちょっと踏み込んでみたのね。そしたらでるわでるわ」

 紗奈子さんは愉快そうに……明らかに爽快感を伴った笑い声を上げた。


「いろいろ証拠の写真とか撮ったし、あとはお兄さんに預けるだけね」

「危ないことやめてくださいよ、もー」

 そんなことを話していたときだった。近寄ってきた車が、急停止と言っていい勢いで私達の前でとまった。掛井さんの車じゃないなあとぼんやり考えていた私だったが、その目の前で後部座席の扉が勢い良く開いた。


「渡辺さん?」

 唖然とした紗奈子さんの声が聞こえたときには、なかから出てきた手に掴まれて車の中に引っ張り込まれていた。

「いたい!」

 思い切り後部座席のシートに顎を打った私はようやく顔を上げた。しかし急発進して加速して、今度はシートの足元に転げ落ちた、散々である。

「こ、これって」

 見上げれば、そこにいたのは四人の男達だった。

「あなたたち」

 間違いなく見たことがあると思った。あの、紗奈子さんを探していたときに、変な店に連れ込んだ野郎どもだ。


「ああっ」

 連中が驚く。

「こっちは涼宮紗奈子じゃない!」

 私と紗奈子さんを間違えた……?。紗奈子さんはそういえば、道路からだと木の影になっていたかもしれない。とはいえチョコボールとゴディバを間違えるとはなんたるバカ。

「くそっ……間違えた」

「おい」

 一人が暗い目で私を見下ろしてきた。

「おまえ、涼宮紗奈子から何を聞いている?」

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