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49  作者: 蒼治
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「は?」

 どこへ?

 繁華街のど真ん中、でも公園の目の前はひやりとした暗がりがありひと気もない。遠くの喧騒を聞きながら、私は藤織さんを見ていた。


「なにアホ面さらしているんだ?僕のマンションに決まっている」

「なぜ?」

「なぜ?それはこっちが聞きたいくらいだ、なんで逃げた」

「だって藤織さん、私を軽蔑していたじゃないですか」

 何が起きているのかまったくわからない。

「だから、今日確認してみたんだろう。僕も怒りで我を忘れることもある。冷静になるのに丸一日かかかってしまった。僕もまだまだだな」

「確認って……」

「ナベが一体どんな人間なのか、知りたいと思ったんだ。それは家族や友人に聞くのが手っ取り早い。大体ナベが一般人程度に素直なら、僕だって自分の目を疑いはしないが、お前、全力を持って自分の考えていることを隠すからな」


 わからない。藤織さんの言っていることがわからない。

 …………!

 私のオタトークを聞いたときの掛井さんや伽耶子さんの気持ち、いまがっちり共感できた。大変申し訳ありませんでした!すごく扱いに困りますね!うっわ迷惑!


「な、なにがわかったんでしょうか」

 私はいつだって自分探しの途中である。まず現在地がわからないが。

「ナベは、人を騙してなんとも思わない人間じゃないだろうということだ」

「私がどんな人間であれ、嘘をついていた事実に変わりはありません」

「ナベ」

 藤織さんは、妙に嬉しそうににやっと笑う。


「お前、僕のことを好きだろう」


 嫌な男だ。


「全然好きじゃありません」

「そうだな。ナベがいうならそうなんだな」

 藤織さんは私の意見を受け入れながらも、最高に楽しそうににやにやと笑っている。

「ナベのあの妹は……渡辺寧子は本当にいい子だな。それにあの御主人も。僕だってあの二人を傷つけたくないと思う気持ちはよくわかる。それで、僕を取るかあの二人を守るかで、死ぬほど悩んでいたナベの気持ちもよくわかる」

「私の言うこときいてましたか?プレイとしてのSMの基本は相互理解ですけど」

「ナベがすっとぼけながら、内心悩んでいたのを想像していたら、すごく気が晴れてきた。今はもう、実に爽快だ。本当に可愛い奴だなお前」


「私の話を聞いてください!」

「嫌だね」

 突然藤織さんが私の手首をつかんだ。


「一日で我にかえって、渡辺姉妹のことをもう一度調べ上げて、警察関係者にコネつかって、病院関係者にコネつかって、さらに別スジから今の寧子の連絡先を手にして、適当に理由をでっちあげてこの飲み会を企画して、お前が来る間にディーゼルマン氏と打ち解けて。その手間の分くらいはちゃんとマトモな話を聞かせてもらう」

「し、知りませんよ!」

 それでも、どうして藤織さんがそんなことをしたのかと想像するたびに私の心臓は大きく打った。


「ナベのくせに隠しごとなんかするな」

 すごい侮辱である。

 これに匹敵する発言は「ノビタの癖に生意気だぞぉー」くらいしか存在していない。


「話すなら、ちゃんと話すべき言葉を口にしろ」

「なんでそんな偉そうなんですか!」

「それに見合う自信があるからだ!実力無き者の傲慢など僕は認めない!」

 傲慢だという自覚があったことに驚くが、それどころじゃない。

「わ、わ、わた」

 だめだ、言葉に詰まった。


「渡辺寧子から『姉をよろしくお願いします』と頼まれた。それはひきうけるにやぶさかではない」

「私は」

「僕はな」

 藤織さんは語る。


「あの時ナベに騙されていたと知って、それはまあ腹が立った。その後丸一日授業をしながら、どうやっていたぶってやろうかと考えていたくらいだ。八十七通りくらい思いついた。ちゃんとメモもしてある」

 私も、バイトしながら次の十八禁同人誌のネタ考えていたときが無かったとは言わないが、一応聖職なのだから、授業は真面目にやったほうがいいと思います。藤織先生。


「でも、腹が立つくらいには、ナベを好きだったんだと思う」

「いやそれ間違いなく、いたぶる対象に向けた歪んだなにかだと思うのですが」

「ナベも歪んでいるからちょうどいい」

 藤織さんは上機嫌だ。


「ダメ女かと思ったら、どこの会社でも正社員として欲しがるような力量があるし、友達いないとかいえばあんなに妹やその夫とは仲良しだし、冴えないかと思えば小奇麗にすればみられるし」

「私もツンデレは好きですが、自分自身の二面性は追及されたくありません」

 藤織さんのこの発言の数々は、どう考えても「渡辺多恵をいたぶる方法」の第何通り目かにちがいない。いたたまれなさすぎる。さすが、隠すつもりのまったくないドS。持ち上げては叩きつけられて、いたぶりっぷりが普通じゃない。そうか、この人、プロのサドだ!


「それに、ドヘタレかと思えば、妹守るための根性座っている」

 藤織さんは今まで一番楽しそうだった。

 それが、さっきの勝ち逃げを許さないといった時の表情に酷似していることに気がつく。この人、もしかしてずっと、楽しくてたまらなかったのだろうか。


「その根性には惚れるだろう、やはり僕の女を見る目は間違っていない」


 だめだ、藤織さんのペースが崩せない。

 だって、だって。

 藤織さんペースで、私は混乱し始めていた。この人がこうやって言ってくるのも私を気にしているからの言葉だって知っている、私だって、それが嬉しい。でもダメだ。寧子のことが片付いたとしても、それにうっかり乗ってしまうわけには行かない。そんなハッピーエンドなんて許されまい。


 私が寧ちゃんを守りたかったのは。

「ナベはどうしたいんだ」

「もうかまわないでください!」

 お ち つ け 私。

 声を荒げた時点で自分が保てていない。いつものペースを取り戻さなければ。


 藤織さんの罵倒が最初は楽だったのは、彼の好意に気が付かなかったからだ。私はずっと誰かに貶められ罵られたかった。でも藤織さんの私への気持ちに気がついてからは逆に苦痛だったのである。

 誰かに優しくされたくなんてなかったはずなのだ。

「そうやって、みえみえなのに、虚勢を張るな。ヘタレのくせに」

「虚勢じゃないです」

「嫌な事を言われているからそっとして欲しいと思うんだ」

 藤織さんはどこまでも、踏み込んでくる。土足なんてもんじゃない、キャタピラくらいは間違いなくついている。


「僕に出来ることがないと思うのは、ナベの勝手だが、僕はお前になにかしてやれる自信がある」

 俺様野郎なんて、大嫌いだ。

 このままでは気がつかれてしまう。

 私が自虐しながらずっと救いを求めていたことに。なんてみじめったらしい。食いしばれ私ー!


「何もしてもらうことなんてありません!」

「そうか」

 藤織さんの声のトーンが低くなる。肩をつかまれて電柱に押し付けられた。見上げた藤織さんの顔は逆光で見えないけれどその口調の剣呑さはわかる。苛立ちを見せるような浅い人じゃない分だけ余計怖い。もう一方の手が私の顎を掴む。

「どうしても言いたくないなら仕方ないな」

 藤織さんの声はいっそ優しいと言っていいほどだ。


「じゃあ、僕が予想してみたことを、渡辺寧子に尋ねてみることにしよう」

 ざあっと血の気が引いた。藤織さんは……ああそうか、気がついてしまったんだ。だからコネまでつかって調べ上げたんだ……。なんていう人なんだ。


「ためしに僕の予想を聞いてみるか?僕は肉親の間にある無条件の愛情なんて信じていない。だからお前の妹への献身は異常だ」

「やめてください……」

「仕方ないじゃないか、ナベが言わないんだからな」

「わ、わかっているなら、何も私に聞く必要なんてないじゃないですか」

 藤織さんは私のその言葉を待っていたかのようだ。


「お前の名前を聞かなかったことで、してやられた。だから今度はお前の口から聞く」

 この人は本気だ。いざとなったら本当にやる。本気で私のことを暴く気なんだ。

 わー!仕返しとか、究極に大人げない!

 ……私は藤織さんを本気にさせてしまったことを後悔した。心臓が早くうちすぎて藤織さんに聞こえてしまいそうだ。それが聞こえているのか藤織さんは畳み掛ける。


「言え。お前の告白を、僕は真剣に聞く準備があ」

 藤織さんの言葉を私は遮るようにして言った。声が裏返る。

「ダメなんです。私は藤織さんに何かしてもらえるような人間じゃないんです。だって、私」

 妹を守らなければ、なんて、綺麗な言葉で隠していた。


「……私が、両親を殺したんです」

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