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49  作者: 蒼治
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04

「遠慮するな。いいから持って帰れ」

「遠慮しますよ!」

「奥ゆかしいな。別にもって帰って邪魔になるものでもないだろう。煮るなり焼くなり豊胸させるなりすればいい」

「ものすごく邪魔になります!」

 上記の会話は藤織さんと掛井さんの会話である。話題は私。

 菓子折りのほうがまだ大事にされている。私、少々Mなので、ちょっとしびれる。




 ここにいたら本当に困ったことになると察した掛井さんは逃げるように帰っていった。さすが政治家の卵。危機回避本能はすばらしい。見習いたい、出来れば今日の午後六時にさかのぼって。

「まったく掛井は頭が固くて」

「通常だと思います」

 あれで固かったら藤織さんはどれほど柔らかいのかという話だ。無駄に意志は固そうだが。


「ま、そんなわけで、とりあえずしばらくはここで過ごしてもらうことになるがよろしく」

「よろしくで済まされる問題とは思えませんが」

 そしていかに藤織さんがハンサムであろうとも、顔でごまかされる問題でもない。

「この僕が珍しく、お願いしているんだがなあ」

 なんという大上段。


「お願いを拒んでいるとどうなりますか」

 藤織さんはおそるおそる聞いてきた私に、にこやかに微笑みかけてきた。しまった!絶妙にうさんくさそうなのにすでに笑顔が若干まぶしい。なんとなくごまかされそうな気もしてきた。有無を言わさぬパワー。その美形っぷりはもはやジャスティス。


「別に多くは変わらない。命令になるだけだ」

「それをスルーしているとどうなりますかね」

「大した事じゃない。実力行使になるだけだ。安心してくれ」

 まったく安心できません。


 藤織さんちのソファに座って、私は彼と向かいあっている。気持ち的にはサファリパークに車無しで叩き込まれたような感じだ。がぶり。

「ところで一つ伺ってよろしいでしょうか」

「なんだ?」

「藤織さんは何者ですか?」

 希望としては鬼畜攻め。

 違う、属性を聞いている場合ではない、私よ。


「掛井さんは涼宮の地盤を受け継ぐんですよね。だとしたら、そんなに得体の知れない人ではないと思うのです。かつ、藤織さんよりいくらか年上のようです。ですが、掛井さんは藤織さんに対してずっと敬語でした。藤織さんはいったいどちら様ですか」

 ていうか掛井さんも貴方様の奴隷だよね?、といえば一言なのだが。そうは言えない大人の事情。


 先ほどからビールをエンドレスで飲み続けているというのに、藤織さんは酔った形跡もなかった。私の平身低頭気味の質問をなんだか面白そうに吟味してから言った。

「けっこうぼんやりしているようで、いろいろ見えているんだな」

「ぼんやりしているのは事実ですが、実は視力だけはいいんです」

 見えるものは見えていませんが、ときどき見えないものが見えます。妄想上等。


「で、藤織さんと掛井さんがイケメンなのはわかります」

 見たいものだけ見えるマジカルアイ。

「そりゃどうも」

「で、藤織さん、何者なんですか」

「まあ僕のことはいいよ。確かに涼宮に連なるものではあるけれど、僕の存在自体はイレギュラーだから。ただ僕は、掛井に地盤をついでもらいたいだけだ。そのためには是非君と掛井には結婚してもらって、まあせっかくだから幸せな家庭でも築いてもらいたい」

「しかし善良なブライダルマネジメントというには、強引すぎます」

「結婚には勢いも大事だよ」

「すごく勢い余ってます」


 とはいえ。藤織さんは口を割りそうになかった。

 それは一時諦めるとして、目下懸念事項なのは、明日のことだ。

「ところで、私、明日仕事に出られないと困るのですが」

 藤織さんは、不思議な事を言う、とばかりに片眉を少しだけあげた。


「先日仕事は辞めただろう?」

 ……失職と退職は、まあ随分ちがうのだが(お好み焼きともんじゃ焼きくらいには)、失職しました!と胸をはって言うののどうかと思うので、黙っておく。しかし『ワタナベネイコ』について実によく調べてある。私より良く知っているかもしれない。

「いや、一応バイトくらいはですね」

「辞めろ。以上」

 藤織さんはそんな言葉を言う時も非常に爽やかだ。言っていることはまったく私の人格まるで無視の横暴さだというのに。何食って生きてきたらこんな俺様になるんだすげえ。


「あのう、藤織さん、私のことなんだと思ってます?」

 奴隷とか家畜とか言ったら……うん、ちょうどいい虐待具合だ。

「……手持ちのカード……かな……」

 おっと生き物ですらなかった。失礼しました。

「しかしですね、カードとはいえ私はせいぜいトランプの3。大貧民でも最弱です。お持ちになられていても役立つ自信がないので、早く手放した方が」

「ローカルルールなのかな。『リバース』は」

 藤織さんは笑った。

「役に立たないカードなんてないよ」


 ……ちょっと。

 ちょっとばかり、嬉しくなってしまったではないか。

 15歳でひきこもって、16歳でちょっとばかり恋愛の真似事をしたけどそれもうまくいかなくて。

 正直、豆腐のかどの頭ぶつけて死んでしまえと自分を罵ったこともある(豆腐屋さんにわるいのでやめた)。家族は私を悪しざまには言わなかったが、それは両親が死んでしまったからで、生きていたら今なら言いたいことはたくさんあるだろう。血縁は皆、優しくて、こんな私を嫌うことはなかったけど、いつだって私は後ろめたかったのだ。

 役に立たないことが。


 だから藤織さんに褒められたことが嬉しかった。

 その期待には応えられないだろうとわかっていたけど、嬉しかったのだ。

 藤織さんは立ち上がった。

「君の着るものは明日買ってくる。日中僕は出かけるが、本とDVDだけは山ほどあるから、しばらくはそれで時間をつぶせるだろう。なるべく不自由がないように僕も努力するから、渡辺さんも問題があったら遠慮なく言って欲しい」

「あいすみません」

「四十九日までにどうなっているかはまだわからないが、君が掛井を好きになってくれたら特に問題はないと思うんだ」

「巨乳好きという問題もありますが」

 そして私は二次元しか興味がありません。


「まあそれが問題だったら僕がご祝儀代わりに手術代くらい出してやる。それにそもそも掛井は結構金持っているぞ。僕に出させるくらいなら自腹を切るよ、安心しろ。百回ぐらいは余裕で施行できるくらいの資産はあるんだあいつも」

「そんなにたくさんはいりません。何カップにさせるつもりですか」

「変な遊びもしないし、真面目だし、有能だし、結婚するなら最高だと思うがなあ」

「一つくらい欠点がない人間は信頼できません」

「どうだろう、渡辺寧子から掛井寧子。うん、不自然な感じはない」

「いえ、きちんと姓名判断の結果を仰いでからにしたいと思います」

 まずは画数からだ。


 藤織さんは私の態度に不満そうにしながら床に落ちていた手錠つきの縄を拾い上げ……

 あれ?

 ご丁寧に私の右手にはめなおしたのだった。

「……なぜに再びの拘束でしょうか」

「僕は掛井ほど能天気ではないもので、君が逃げないと全面的に信じたわけではないんだ」

 鋭い。

「ああ、僕のことは意識しなくていい。君がどうということではなく、別に誰かに手を出すつもりが無いから」

「それは不能と言うことですか」

「僕にそんなこと言って、蹴り飛ばされない人間は珍しい」

 しかし、藤織さんの拳でこめかみをぐりぐりされています、今。かなり痛いです。すみません、カードの分際でうっかり口が滑りました。許してください。


「別にそういうんじゃない。あまり誰かにいいかげんな事をするのも嫌なんだ。手を出したら将来とか考えないといけないし。誰かと一緒に暮らすとか、そういう気分にならないだけだ。一人暮らしも長いから今更誰かと暮らしてもきっと苦痛だ」

 そこは少しだけ私と似ているように思えた。

 でも藤織さんの一人と私の一人は少し違う。


「ま、涼宮に対しての大事なカードだから、それなりに丁重に扱うつもりだ」

「そうですね、折り目がつくとババ抜きのとき困っちゃいますからね」

「縄は十分長いから浴室まではちゃんと届くはず。風呂に入ってゆっくり休むといい。僕は客用寝室を片付けておく。玄関には届かないがそこはお互い様だ」

 何がお互い様なのか、是非伺いたい。


「つまり、この家の中では自由だけど、外に出たらいろいろ不都合が生じるということですね」

「すばらしい」

 藤織さんは、最上の笑顔を見せた。そして

「まあ、もういちどわかりやすく念を押させてもらうとだ」

 客用寝室は奥の突き当たりだ、みたいに、藤織さんは言った。


「無駄な騒ぎを起こしたら、殺すぞ?」


 なるほど、わかりやすい。藤織さんは説明が上手である。

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