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49  作者: 蒼治
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「勝手にどっかいっちゃう奴があるかあー!」

 私を怒鳴りつけながらもベソかいている伽耶子さんはハンパない可愛らしさである。これに惚れない藤織さんはどう考えても女の趣味がどうかしている。

 伽耶子さんがやってきたのはその日の夕方だった。昨日の晩、藤織さんは「迷子の馬鹿犬無事確保」については連絡したらしいのだが、うちにはこさせなかった。


 伽耶子さんもあまりよく眠れないまま仕事に行くはめになって、結局藤織さんのうちに来られたのは翌日夕方だったというわけだ。

 いつもながらのぼんやりした顔で出てきた私をみて、伽耶子さんは安心したようだった。そして湧いてきたのは当然怒りだ。当然である。でもそれだけじゃない。


「も、申し訳ありません」

「謝ればいいってもんじゃないでしょう!」

「伽耶子、もっとシメておけ」

 藤織さんはソファでサッカーだか何かを観戦しながらそんなことを言う。

「ほんとよ、私がどれほど心配したかわかっているの!?」

「まさか伽耶子さんが、野良犬にこんなに優しいなんて思ってもなく」

「バカ!」

 ばしんと頭をはたかれる。

 それで泣いている自分にはっと気がついて涙を拭った。


「べ、別にあんたが心配だったわけじゃないわ。あんたになにかあったら、涼宮の女が一人いなくなるから、私が迷惑するっていっただけよ!」

 知らなかった。

 伽耶子さん、なんと見事なツンデレ。すごい!


「こんどこんなことになったら許さないから。大体渡辺の分際で、私に迷惑なんてかけるんじゃないわよ!」

「すみません」

 いいもの見せてもらった……。

 そして伽耶子さんは、私への制裁については一応満足したらしく、今度は藤織さんのほうに向かった。そして何を出すかと思えは、大き目の封筒だった。


「はい、これ」

「ありがとう」

「……それ、なんですか?」

 伽耶子さんはあっさり言った。

「あんたを輪姦しようとした、馬鹿共の名前と住所と大学」

「伽耶子さんがそんな言葉使っちゃダメです!」

 ぎゃーーー!、私の中ではものすごいノーブルな方なんですから!!!


「掛井から受け取ったのか」

「朝にね」

「あいつ仕事が早いな、あいかわらず」

「まあ、あそこにいた連中はそれなりに面識ある連中で、行きずりじゃないから。そういえば、兄さんの教え子がいてすごく協力してくれたわよ?」

「教師やっていると時々教え子が役に立つ。しかしあいつは協力したんじゃなくて恩を売ってきただけだ、いささか腹だたしい」

 それ教え子も奴隷としか思っていない発言では……。


「で、どうする?」

「未遂だったから、まあ大学にチクるくらいで許してやるかと思ったが、薬使っているからな。放置しとくのも良くないだろう」

「そうね、善良な一般市民としての責任問題よね」

 どうみても善良に見えないのは私の視力の問題だろうか。

「うちの一件が片付いたらなんとかしましょう」

 藤織さんは肯きながら封筒を受け取った。それでこの話題は終わりのはずだが、伽耶子さんはまだ彼の後ろにたっている。


「それに」

 伽耶子さんは言いにくそうだったが口にした。

「『藤織』も困っているんでしょう?」

「……ほんとにお前も耳が早いな」

「あのう……なんの話でしょうか」

 私はおそるおそる聞いてみた。

「ああ、大学生の間で出回っている麻薬の話」

「は?」

 なんだ、急にとんでもない話になってきた。

「そういったものは、本業に任せておけばいいのに、首をつっこんでいる若い連中がいるんだ。でもネットや携帯で繋がっているから、いまひとつ本業もその実態が見えなくてな。下手に放置しておいて、こっちに火の粉が降ってきても不愉快だと本業も思っているところだ」


「本業ってもしや」

 893?


「『藤織』のあの人、兄さんに頭を下げにきたって聞いたわ」

「あの人が僕に頭を下げることは無いよ。来たことは来たがな。お前それどこで聞いて来るんだ?」

 伽耶子さんの情報通ぶりに藤織さんは顔をしかめた。

 藤織のあの人。

 思い出して私はあっと声をあげそうになった。

 いつだったか、このうちに来た着物姿の女性。あの人、藤織さんになにかを頼みに来ていたようだった。

 ……あの女性は、藤織さんの母である。

 ……あの女性は、どうやら暴力団関係者のようである。

 今更ひらめいた。


「……藤織さんってもしかしなくてもヤクザがらみのお方なんですか!」

「だから縁切っているって言ってるだろうが!」

 やっぱり人間第一印象って信じていいのかもしれない。

 暴力団の藤織と政治屋一家の涼宮か……そりゃ藤織さんの両親が添い遂げるのも難しかっただろうし、藤織さんのもつ謎の権力もなんとなく腑に落ちるってものである。


「大体なんで縁切ってる藤織の名前を今回は使っているの」

「涼宮を名乗ればそっちに巻き込まれるからだ。でも養い親は巻き込みたくないので、今の苗字は名乗りたくない。『藤織』ならどうでもいいからな」

「自分ばっかりずるーい」

「それ以前に伽耶子……なんでナベの前で言う……」

「目の前でいちゃつかれれば邪魔したくなるのは人情というもの」

 そんな言葉は聞いたことがない。

「い、いちゃついてませんよ」

「そういう空気。私だって空気は読めるの」

 伽耶子さんは少し恨みがましい目で見た。


「まあそれはそれとして」

 珍しく藤織さんが困ったように話を変える。

「薬の一件も含めて奴ら処分したいな」

「そうね、売られたけんかは買わないと」

「あの」

 盛り上がっているところ恐縮ですが。

「あの、売られたといってもそれは多分私相手で、関係ない藤織さんと伽耶子さんにそんなお手数かけるくらいなら、私はもういいんですけど」

 藤織さんと伽耶子さんにそろって睨まれる。


「あんたがよくても私のプライドはよくないのよ!」

「お前僕の女だという自覚があるのか?」

 これは……喜ぶべきことなのだろうが、イマイチ素直に喜べない。暴力の香りがする。

 私の困惑をよそに伽耶子さんはきつい目で藤織さんを睨む。

「ほらいちゃついているじゃない!どうして自分の興味がない女に対してはそんなデリカシー無い扱いができるの?」

「女以前にお前は妹だ!」

「妹だからっていつもそうやって頭ごなしなんだから」

「誰に対しても頭ごなしのつもりだが?」

 なんだかしらないが、非常に込み入った兄妹喧嘩であるように思う。


「ともかく今は紗奈子のことで手一杯だから薬の一件についてはそのうち取り掛かることにしよう」

 藤織さんはとりあえずその名簿をしまった。そして立ち上がると、眠そうに言う。

「僕は昨日、寝不足だから、今日はもう寝る」

「誘われているのかしら」

「誘ってない!」

 なんだか楽しそうに伽耶子さんは笑っていった。

「でも私も今日は早く寝ることにするわ」

 そして自分のバッグを取り上げた。それから思いついたように言う。


「そうそう、私ね、明日有給なの。買い物と映画に行こうと思うのだけど。渡辺、お供しなさい」

「えっ、またいきなり……」

 明日か……明日は明日で用事がある。その翌日は土曜日だけど、前々から人様と約束していた予定もあるし、朝が早いのだ。

「わかりました」

 でも、伽耶子さんは今回私のために泣いてくれたし、こうやって遊びに行くことも、もうないかもしれないから、ご一緒させてもらおう。明日の用事は深夜でもできる。

「伽耶子、連れまわすのはいいけど、また見失うなよ」

「首輪と鎖でもつけようかしら」

 なんてね、と伽耶子さんは笑うけど、それはなかなかいいアイデアだと思います。




 そんなわけで翌日は伽耶子さんと一緒に買い物に出かけたのだった。

 伽耶子さんが行く店は、おそらく私個人では二度と足を踏み入れることも無いようなハイソな雰囲気であった。もう面倒くさいので値札の○の数は数えるのをやめた。

 伽耶子さんも藤織さんもなんだかいいもの知っているのだなあ。

 残念ながら、首輪はつけてもらえなかったが、楽しかった。途中で雨が降ってきてしまったこともあって、伽耶子さんと一緒に夕方には帰ってきたが、すでに藤織さんと掛井さんがうちにいて、結局金曜日と言うこともあり、四人でまた宴会をしてしまった。


 あまりにも和やかで、いたたまれないほどだ。

 掛井さんと伽耶子さんが帰っても、藤織さんは夜更かししていた。

 うーむ……そろそろ寝てくれないだろうか、と思っていた頃。ここ数日の疲れが出たのか藤織さんはソファでうたた寝し始めた。

 よし、チャンス!

 とばかりに私は部屋に戻ってバッグを持ち出した。

 こっそりお出かけするのだ。一時間ぐらいで帰ってくれば、藤織さんも文句はなかろう。

 で、玄関でこそこそやっていたら。


「どこに行く?」

 廊下の向こうで冷ややかに藤織さんが見ていた。

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