30
なんだろう、おかしい。
私は藤織さんに、フローリングに正座の刑に処せられながら、考えていた。
すごく寒気を感じる。
先ほどの連中には信じられないくらい酒を飲まされていたけど、急性アルコール中毒とは少し違うと思う。酒は先ほど救出されたときがピークで、藤織さんのねちねちしつこい説教聞いている間に抜けていたのだ。それでもめまいはするし、うまく力がはいらない、それにぼんやりすると思っていた。
それがだんだん悪寒となってきている。
しかし、今は藤織さんが、絶賛放置プレイの刑に処してくださっているわけである。「なんか具合悪いです、ちょっと横になっていいですか」とか言うのもどうかと思われる。興ざめではないか。
風邪か?
いや馬鹿には関係ない話だ。
ただ光が異常にまぶしくて寒くなってきた……ああ、世界はまぶしいぜ……なんて考えていたとき、藤織さんが風呂から上がってきた。
「ナベ!…………?」
おそらく、反省したか!と呼びかけたかったであろう藤織さんは、私の顔色を見て急に表情を変えた。
「おい、どうした。顔が真っ白だぞ」
「いえ、別に」
「別にって……」
藤織さんは膝の上で作った私のこぶしを見て本当に驚いたみたいだ。それは小刻みに震えていたのだった。
「おい!」
藤織さんが私の手をとって立たせようとするが、それすらうまく出来ない。無理やり抱えるように藤織さんが助けてくれて、ようやくソファの上に横になれる。待て、すらろくにできない駄犬でほんと申し訳ない限りである。
「すみません、なんだろう、これ」
寒いし手の震えが止まらない。
「……奴らになに飲まされた?」
「え?」
目を開けるとちかちかして吐きっぽさが強くなるので、私はぎゅっと目を閉じて丸まった。
「わかりません、でも、なんかお酒……」
「……やっぱり袋叩きにするべきだった」
何を思ったか、藤織さんは、キッチンに行くと、大き目のグラスに水を注いで持ってきた。
「……飲め」
「そんなに水は」
「いいから飲めと言っている」
馬じゃないんだからそんなにがぶがぶ飲めませんと思ったが、藤織さんの剣幕がすごすぎるので私はなんとかそれを飲み干す。
藤織さんは立ち上がった。うええ、水飲みすぎて苦しいと思っている私に、さらに新しく注いできた水を差し出す。なんだこれは、水責めとは拷問の基本ではないか。
「おかまいなく」
「かまうわ!」
そっぽ向いていたら、顔つかまれて無理やりグラスの方に向けさせられた。飲まなかったらなんだかもっとひどい目にあわすくらいの勢いである。しぶしぶ限界まで飲んだ。が。
そのまま私は立ち上がらされた。
「勘弁してください、動けません」
「動け」
こんな時も容赦無しとか、真性サドとはなんて無理難題突きつけてくるのであろう。
引きずられるようにして、私が連れてこられたのは、藤織さんちのお手洗いだ。なんじゃ?と思っていたら、いきなり跪かされる。
まさかスカ……?いや私それはちょっとと言いかけようとしたとたん、あろうことか。
いきなり口……というか喉の奥に指つっこまれた。
「ちょ……!」
反射的に突き飛ばしてしまった。藤織さんも私もお互いに壁にぶつかる。
「なにするんですか!」
「吐け」
「はあ?」
「いいから」
藤織さんは、あの大きな手で私の首の後ろを掴み、がっちり固定すると、横に座りこんでまた口に指を差し入れようとする。そんなプレイはさすがに知らん。腹が立ったのでそのまま口閉じていると鼻をつまんできた。
殺される。
息が詰まって口をうっかり開けてしまうと、ホント容赦なく吐かせにかかってきた。
羞恥プレイか!さすが藤織さん、芸風が広い。
しかし、我慢ならない。なんで藤織さんの前でマーライオンを披露しなければならないのだ。ほんとひどい人だ。
苦しいのと恥ずかしいので涙が滲む。
結局トイレに向かってげーげー吐いてしまって、情けないことこの上ない。調教とはこうやるんだ、という見本を見せていただいた気持ちだ。そういうの書くときに参考にさせてもらう、が自分のこんな恥ずかしい記憶思い出したくも無い。
でも吐いてしまって少し楽になったのと同じくして、手の震えはおさまってくる。
「……ひどいです」
リビングに戻って、今度は牛乳をよこされる。それをちびちび飲みながら、私はうっかり恨み言を口にしてしまった。
「なんでこんな」
「お前、あいつらに、なんか盛られたぞ」
「は?」
藤織さんが私の顔をのぞきこみながら言った。
「最初は飲みすぎているのかと思ったが、それじゃあんな震えは起きない。そもそも目がおかしかったもんな、見つけたとき」
そしてため息ついていった。
「気がつくのが遅かったから、吐かせても意味無いかもしれないと思ったが、念のためな。多分今の様子なら、それほどではないと思うが、さっきと比べてどうだ」
そういえば、寒気もめまいも和らいでいる。
「なんなら、看護師やっている友人がいるから、呼んでちょっと見てもらうか。病院でもいいが、細かく追求されたときにいろいろ説明しないといけなくなる」
「あのっ、おかまいなく、さっきよりはぜんぜん大丈夫です」
おそらくなにか酒の中に入っていたのだろう。そういえばそのあとさらになんか口に錠剤つっこまれたような気もする。酒も煙草も慣れないうちは体が拒絶するように、その盛られた薬も私の中では今回あまり愉快なことにならなかったようだ。
牛乳飲んでいる間に、ぐいぐい体調が良くなってきた。
私は横に座ってきた藤織さんの手を見た。
先ほどあまりにも腹が立ったのと苦しさで、思わず指に噛み付いてしまったらしい。血は出ていないけど、くっきり私の歯型が残っている。藤織さんの綺麗な手にそんなものが刻印されてしまったら、死んでお詫びするしかない。
「あの、手……」
「ほんとに容赦なく噛んできやがったな」
でも藤織さんは笑ってくれた。
「申し訳ありません」
「一応心配したんだが、まったく通じてなくて残念だ」
「土下座しますか」
「なんか見慣れてきた」
私の唯一の特技が……!
愕然としていたら、藤織さんがふと思いついたようにいう。
「申し訳ないと思っているなら、舐めてみろ」
「靴ですね!承知しました、玄関から持ってきます!」
「手の傷!」
なんでいきなり靴に発想が飛ぶんだ、と藤織さんは怒っているが、私としてはいかない方がどうかしていると思う。藤織さんは常識がない。なんなのだこの人、頭悪ーい。
「はあそれでは僭越ですが」
靴だったらいいのに、とか思いながら私は藤織さんの指の長い手をとった。全体的に大きくて長くてすらりとしているけど、骨っぽい。男の人らしい完璧な手だ。いつかスケッチさせてもらおう。
その完璧な手に、変な病気みたいにのこる半円の歯型に口付けた。でも私がなめたらそこから紫色と緑の斑点とかになりそうだな、とか思いながら遠慮がちに舌でぺろってなめてみた。
……反応が気になる。なんで藤織さんは無言なのだ。早く罵ってもらわないと間がもたないではないか。
ちらと上目遣いに見てみた。この集中力のなさは奴隷として失格であると承知しているが、まだ新人なのでできれば許していただきたい。
そこで藤織さんと思い切り目があった。動揺が揺らめいたのは藤織さんの方だ。
「うわ」
急に藤織さんに突き飛ばされた。ソファの下にへたりこんでしまう。
「ちょ……ナベ!お前自覚とか羞恥とかないのか!?」
「なにがですか?」
「これが暗喩する行為とか」
あー、受けと攻めとかが指なめたりしているけど、あれは、フィクションとしてセクシーコマンドーがやるから萌えるんですよ。私がやっても「おやつボーンくれワン」というあったま悪そうな犬にしか見えないのではないですか。
「もういいから、寝ろ!」
クッション投げつけられた。




