03
「ふっ、藤織さん!」
「なんだ」
「これって犯罪です!」
掛井さんは叫んだ。
やはりそうか!私もなんとなくそんな気はしていた!
「大丈夫だ、気にするな。とりあえずもって帰れ、僕のところに置いておいても邪魔なだけだ」
たしかに、いくらゴミでも分別するのも大変である。
「いやいやいやいや勘弁してください」
掛井さんが微妙に涙目だ。面倒くさそうに藤織さんが飲み干したビールの瓶をテーブルに置く。そのまま顔には微笑を乗せて、いきなり掛井さんの胸倉をつかんだ。
「お前な、この僕が珍しく他人のために骨を折ってやったというのに、ぐだぐだ文句を言うな」
「人を犯罪に巻き込まないでくださいー!」
「いいじゃないか、惚れてもらえるようこれから頑張れ。とりあえずこれの体だけでも頂いておいたらどうだ」
「惚れてもらえなかったらお縄を頂戴してしまいます!」
うまいこと言うな、掛井さん。
なにやら私の処遇について、私置き去りで言い争っている二人。その会話をむりやりとめたのは、私の腹の虫だった。
「どうも、大変ご迷惑をおかけしました……渡辺さん」
「いえ、気になさらないで下さい」
と言ったつもりだったが、多分うまく話せていない。
私は口いっぱいにピザをほおばっているところだ。
あの後逃げないことを条件に、縄は解いてもらえた。かつ、藤織さんがピザをとってくれたのだ。部屋着の藤織さんと喪服の掛井さん、そしてジャージの私というわけで、風景的にもどうかしているが、私達はピザを囲んでいる。
最近金が無くて、こんな油ッ気のあるもの食べていなかったのでありがたいにもほどがある。このままうちに帰してもらえるなら、正直言って今日あったことは完全に水に流しても惜しくない。
「実は」
掛井さんはため息をついた。
「渡辺さんをさらったのには理由が」
「いえ、おかまいなく、興味ありません。知ると足抜けしづらくなりそうです」
「少しはもちましょう渡辺さん!」
掛井さんがテーブルを叩く。
「まあ聞いておけ、渡辺さん。これからしばらく付き合うことになるんだし」
「その予定はありません」
「君の予定は聞いていない」
……藤織さんの強引さはなかなか大したものである。
「まあここまで来たら、正直に話すが、我々はとある政治家の関係者だ。選挙区域が違うからご存じないと思うが、涼宮、と言う」
「三十年前くらいに、総理大臣を出しました?」
「ほう、よく知っているな」
藤織さんはとくに感銘を受けた様子でもなくさらりと流した。
「その元総理大臣が死んだ。まあ九十八歳なら寿命でいいだろう。で、当然地盤を息子が引き継ぐことになる。だが、ごたごたがあって、その次の跡継ぎでもめている。その息子ももういい年なんだ。つまりは後継者不足だ。先祖代々政治家でそれくらいしかできない一家だし、涼宮だから応援してくださる地元の人も多い。どうしても涼宮の家系が必要なんだ」
なるほど、とりあえず今のところは私にまったくかかわりないということはわかった。関係あるとすれば、議員と秘書なら、議員×秘書よりも、秘書×議員のほうが私の好みなカップリングだということぐらいか。下克上ナイス。
「問題なのが、涼宮の次代には、男がいないということだ。今日引き継いだ男には、娘しかいない。だが、後継者候補がいないわけじゃない。それがこの掛井だ」
「はい、恐れ入ります」
掛井さんは実に謙虚である。この人となら友達になれそうな気がする。とりあえずあたりさわりのない会話として「目玉焼きにはなにかけて食べる?」とかふってみようか。私は醤油派だが。
「掛井は今の涼宮の秘書として長年勤めてきて後援会の連中の信頼や期待もある。しかも政治に対するビジョンも情熱もある。どうだ、いい男だろう」
すみません、ちょっと三次元についてはわかりかねます。
「で、ここで昨日死んだ、元総理大臣の腐れ遺言の話になる」
藤織さんは、ピザにはほとんど手もつけず、ひたすらビールを飲んでいるが、酔った様子もまったくない。むしろ車で来たために酒一滴も飲んでいない掛井さんのほうが、話の説明を追うように顔を赤くしたり青くしたりとカラフルだ。
「『掛井が涼宮の地盤を継ぐ条件として、涼宮の女と結婚するべし』」
掛井さんが重く深いため息を吐き出した。
「特に問題なさそうですが」
「いや、ありますよ!」
何言ってんだという顔で掛井さんが見つめている。
「今の涼宮には、娘さんが二人います。一人が今28歳、もう一人が22歳」
「二人とも超絶美人姉妹だ。掛井の趣味にもあって乳もでかい」
「いや藤織さん、私は別に巨乳好きなわけじゃ」
「嫌なのか」
「いえ必須事項なだけです」
ハハハ、この正直者め。
「だがしかし」
藤織さんがはじめて暗い顔をした。
「まず年齢的に適齢期ジャストの28歳の方が、結婚する気がまるでない。自由を謳歌しまくっている。気も強いからうっかり掛井が求婚でもした日には、翌朝掛井が東京湾に浮きかねない。あの女は自分にとって邪魔な存在は、爽やかに抹殺していくからな。で、掛井と比較的仲がいい22歳はどうかと思ったんだが……」
「ちょっと質問なのですが」
「なんだ渡辺さん」
「掛井さん、今おいくつで?」
「38です」
掛井さんは肩をまるめるようにして小さくなった。
「22歳って……下手したら娘の年齢ではありませんか?犯罪すれすれですよ!」
ロリショタが許されるのは創作だけ!ダメ!ゼッタイ!
「返す言葉がありません……」
「ま、彼女もそう思ったのだろう。22歳の妹は、大学休んで今失踪中だ。結婚なんてごめんこうむるバカ共死ねという留守電がここに入っていた。いやはや姉妹そろって気が強い。多分南の島にでも遊びに行ってるな。それはそれで捜索はしている」
「無事見つかって、うまく結婚できるといいですね!犯罪なような気もしますが、別に私に関係ないので適当に応援してます」
「そうだな」
藤織さんがにやりと笑う。剣呑だ。
「しかし僕は何をするにしても、石橋は叩きたい。なので君を用意することにした」
「なるほど…………は?」
「涼宮姉妹の父、つまり今の涼宮には、妹がいた。涼宮を嫌って、早いうちに家をでて、どこの馬の骨とも知れない子持ちやもめと結婚した妹が」
その先は、聞くのが怖くなってきたが。
「それが旧姓涼宮玲子。君が知るのは渡辺玲子だろうな。涼宮玲子と渡辺高志の間に出来た子……渡辺寧子なら、絶縁状態とはいえ、涼宮の一人と言ってもいい」
「残念ながら」
私は話を遮った。
「カップはAです。全然巨乳じゃありません」
しかもパット在中である。冬は暖かいくらいに入っているのだ。生半可な量じゃない。多分触られてもわからない。好みに合致せず残念ですね掛井さん。
「渡辺さん……結構大きそうですが?」
なんで迷惑そうな顔なんだ。
「実は貧乳好きですか?水着はスク水派なんですね!?」
「それはちょっと政治的にアウトです」
そうか、貧乳とロリは確かに壁一枚しか隔てていない。
「とにかく、君は、涼宮の一人なわけだ。ということで掛井と結婚してもらえると大変助かる」
「いや、無理です」
とりあえず二次創作したら肖像権にひっかかる存在の時点で無理である。NO MOE NO LIFE。
「そもそも結婚ってそういうものじゃなくて先に恋愛ありきじゃないでしょうか」
まあ私にはその恋愛すら、はたしてめぐり合えるかどうか怪しいところだが。
「確かにそうだな」
藤織さんが渋い顔で肯く。
「じゃ、とりあえず、明日中に手をつないでキスして最後までやっといたらどうだろう」
「早!」
二倍速とかそういう問題ですらない。
「実は時間が無い」
「そういう理由もなかったのならさすがに私も呆れます」
「ジジイの遺言はもう一つあった。多分ひ孫を見られなかったのがよほど悔しかったのだろう」
「『入籍は、四十九日までに行うこと』」
ため息みたいに掛井さんが言った。
「……ありえない……」
「いや、成せばなる。あと四十八日間あるしな」
掛井さんに比べて藤織さんのポジティブさには脱帽だ。
しかし限りなく俺様にちかいポジティブ加減ではなかろうか。
「ということで、49日の法要まで、よろしく」