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49  作者: 蒼治
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 そういえば、藤織さんや掛井さん抜きで出歩くのは久しぶりである。しかも回りは知らない男の人が五人もいる。こんなにいっぱいの人と話すのは何年ぶりだろう。

 私、すごく頑張っているような気がするのだ。

「渡辺さん、これも飲みなよ」

 そしてこんなに酒飲んだのも初めてである。味覚ないから何を飲んでも同じなのだが、夕飯前の空腹時に伽耶子さんに拉致られたので、なんとなく胃に入ってしまう。


 店は、伽耶子さんが連れて行ってくれた場所から確かにそう離れていなかったけど、わかりにくい場所にあった。細い入り口から地下に入った場所である。しかし中は広く、モダンになっていた。奇妙にアジアンなのは、壁沿いに遊牧民のゲルのような小さな区切りがあって、そこが個室代わりになっているからだろう。他にも客がいるはずなのに、さっぱり人の気配を感じない。

 店に入った瞬間から、濃い甘い匂いがしていた。


 私達もその個室に通されたのだが、逆に紗奈子さんが来ても見えないという状況だ。私がなるべく入り口側に座ろうとするのを、何故か五人は奥に引っ張り込むし。椅子がなく厚めのクッションが沢山並べてあった。

 店の中が薄暗いので、酒のせいもあって眠たくなりそうである。


「紗奈子さん、来ませんね」

「そうだねー。でも彼女が来たら声かけてってスタッフに言ってあるから」

 うーん、ちゃんと気がつけるだろうか。しかしまあ、気のまわる青年達である。

 私は外をこまめに見ながら、なんとなく彼らと酒盛りをしていた。と、その個室入り口の布越しに、通路を歩く女性の姿らしきものが見えた。

 もしかしたら、と立ち上がった私だが、きゅうにめまいを感じてへたりこんでしまった。

「だいじょーぶ?渡辺さん」

 と言う声が遠い。

 気がつかないうちに酔っていたのだろうか。いかん、これでは本末転倒ではないか。


「平気です」

 とりあえず、膝ですって外の景色だけでも見ようと思った私は、そのまま前につんのめった。あれ、と思えば、一人が私の足首を抑えていた。

「……あの」

「とりあえず、紗奈子ちゃんのことはいいじゃん」

 一応笑っているのだけど、なにやら含みのありそうな笑顔である。なんだろう、私が紗奈子さんを探しているという第一の目的は伝えてあるはずだが。

 うつぶせにすっころんでしまったので、私は身を起こそうとして本格的に失敗した、なんだこれ、ものすごく天井回って起きられない。


「やっと、効いてきた?」

「すげー酒飲んでいるのに、まったく酔わないんだもんな、酒強い」

 ぺしゃ、って床の上に潰れてしまった私はなんだかちょっと理解できない。これは酒のせいだけではないのだろうか、もしかして。

「私、あの。紗奈子さんを」

 なんてうまく回らない舌で言っていたら、腕をとられた。床に押し付けるように私に誰かが圧し掛かってきたところで、やっと気がついた。

 私、ものすごくまずい状況ではないだろうか。


 ボーイズラブ小説では掃いて捨てるほどある、無理やりネタである、しかも複数。どうして私は自分にこれがおこりえるとまったく気がつかなかったのだろう。…………いや、想像できないな、創作者としてこの想像力の欠如はいかがなものだろう、とは思うが。しかし触れてくる手が気持ち悪い。でも目が開かない。

 が。私はとりあえず、手を伸ばした。一番近くにあったものを掴んで、そのままとりあえず上にいるものに向かって叩きつけてみた。パリンという音がしたからあれはガラスのグラスだったと思われる。


「こいつ!」

 一瞬押さえつける力が緩んだので、なんとか逃げだそうとして霞む目の向こうにある個室の外に這い出そうとする。

 指先が出た、と思ったけど、やっぱり足をつかまれてまた引き戻されてしまった。だめだ、気持ち悪いし、めまいが。

「もう一個飲ませとけ」

 とかいって引き起こされた。濃いアルコールの液体が思いっきり喉に入り込んできて、いくらかは飲み下せたものの、気管に入ってむせてしまう。喉が痛い。

 と、入り口の際にあった、私の手首を誰かが掴んだ。そのまま入り口に向かって一気に引かれる。


「バカ」

 聞きなれた悪態が降ってきた。そのままひょいと、立ち上がらされて抱え込まれる。一人でたっていることが出来ずぐにゃぐにゃの私をよく抱えているものだ。

「藤織さん?」

 なんでこの人がここにいるのだ?

「なんだよ、おっさん」

「保護者だ」

 この声はかなり不機嫌だなあ、と私はぼんやり考えていた。


「とりあえず、ガキ共、いたずらがすぎているぞ」

 ようやく目を開けると、藤織さんは抱きかかえた私の後ろから、個室を覗き込むようにして話していた。私が見えるのは藤織さんの表情ではなく不満そうなその五人だ。

「帰れよおっさん」

「一度死んでみるか?」

 かみ合っていない会話だと思った時には、藤織さんのもう一方の手が私の背後から出てきて、一番手前にいた男の子の首をつかんでいた。


 常々手がでかいと思っていたが本当に大きい。だって首、片手でまるっと掴んでいるんですよ。あっというまに彼の顔色が赤黒く変わっていく。

「このままでもいいけど、どうする?ああ、この状態で顔面殴られたいか?おまえ眼鏡かけているけどそれが割れると痛いぞ」

 この藤織さんは見たことあります!

 声だけでわかる。……アパートで私を襲撃した奴らをボコボコにしたときの声だ。


 くるし……と首つかまれている彼がかすかに呻く、その段になってようやく藤織さんは手を離した。離す前に連中に向かって突き飛ばすのを忘れなかったが。

 私には背後で見えていない、でもどれほど藤織さんが般若なのかは、血の気を失っている彼らを見ればわかる。二十歳そこの彼らでは藤織さんの迫力には太刀打ちできまい。

 当然私も怖いので振り返ることができない(誰が敵だか味方だか……)。誰かかわりにやってくれないだろうか。見るからに怪しいメールの添付ファイル並みに怖い。


「……子供は帰っておとなしく寝ろ。次にこんなことしたら、お前らの学校調べてあることないこと報告するからな」

 そして藤織さんは、私の手をひっぱってその店から離れ始めた。本気で怒っていることを感じた私は声をかけるけど、まったくなにも戻ってこない。足が利かなくて、途中の道端でへたりこんでしまったら、おんぶしてくれたが、今度はいたたまれなさに私も言葉が出ない。まさにお荷物。


「バカ!」


 と罵声が帰ってきたのは、タクシーに乗ってマンションに帰り着いてからだった。

 しかもリビングのフローリングに正座させられている状態だ。

「あのですね、非常に僭越ながら、言い訳させていただきますと」

 ふわふわした視界を堪えて一応それがし物申す。

「紗奈子があんな店にいるわけ無いだろうが!」

 すみません、物申しません。

 藤織さんは腕組みして仁王立ちである。


「本当にバカだなお前はカメムシか!いまどき女子高校生だって、もっと危機管理能力がしっかりしている」

「だって……」

「言い訳するとか何様だ」

「だって、私のような存在に手を出す人間なんて今まであの元彼以外いなかったんです。それもう十年も前の話ですよ。あの頃は腐ってもぴちぴちギャルという年齢的付加価値がありましたが今となっては」

「年齢的付加価値など瑣末!」

 藤織さんは深くためいきをついた。


「……こんなことは言いたくないが……ナベ、お前、上からE75、W58、H83くらいだろう。それはエロい体と言うのだ、一般的に!」

 ぎょっとするほどストレートにサイズを宛てられて思わず目が泳いだ。

「ちちちちちがいががちが違います!私のはただのデブです!」

「それは貴様があんなだぶだぶのTシャツ着ていたからだ。胸の大きい人間がそういう服を着ていれば太って見えるのはあたりまえだ。でも今日は伽耶子の見立てであんな胸の開いてぴったりした服着ていたから。伽耶子め……」


「あっ、そういえば伽耶子さんは」

「お前がいないのに気がついてから、顔色変えて探していたぞ。伽耶子から『渡辺が消えちゃったー』と半泣きの電話がかかってきて肝が冷えた。涼宮がらみの件はだいたい押さえたが、いったいどこのどいつがと思っていたら、あんなくだらん連中に」

「うわあー」

「たまたま僕の知り合いが、お前があの胡散臭い連中と一緒にどこかに消えたのを見ていたから追えたが……自分の生徒に借りを作ってしまった…不覚」

 藤織さんはため息をつきながら私の前にしゃがみこんだ。


「……あんな連中に食われたら、僕がナベを大事にしても意味が無いだろう……」

 大事にされているのだろうか……ああそうか、駒だった。そう言う意味では確かに破格の待遇である。

「あのですね」

 私は藤織さんに申し出てみた。

「別にそれほど大したものでもありませんので、もし藤織さんがお入用なら、いつでも使ってくださって結構ですが。いろいろお世話になっていることですし」

「バカ!」

 ……ごもっともである。藤織さんには選択権があるわけだから。


「……ナベはもしかして自分自身に執着がないのか?」

「まさか、命汚いですよ、私」

 少なくとも今は目標がある。夏コミとあともう一つ。

 藤織さんは私をじっと見ていた。

 私の中の何かを見破りたいと願うような強い視線。あともう少し見られていたら、私は、うっかり自分の気持ちを露呈してしまったかもしれない。

 でも藤織さんの目の奥に、なんだか自己嫌悪みたいなものを見つけてしまった。そちらが胸に痛む。


「……気持ちもなく差し出されたものに、興味を持つと思われるのは心外だ」

 その言葉だけ置いて、藤織さんは立ち上がる。しばらく反省していろ、とリビングを出て行ってしまった。

 私の精一杯のできることなのにあっさり拒絶され、しかも怒らせてしまったようなので、私もなんだか落ち着かない。ちょっとめそめそしようかな、とか思ったが、藤織さんが戻ってきたときにそんなじめじめしたキノコみたいなのが生えていてはこのリビングが浮かばれまい。

 そんなわけで、私はとりあえず正座してじっと待っていたのだが、…………背筋に悪寒が走った。

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