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そしてなんだかわからないままに、藤織さんと伽耶子さん、私の三人で、夕飯を作ることになった。
伽耶子さんは手間隙かかるラザニア作っているし、藤織さんもなにやら本見ながら手の込んだスープに取り掛かっていた。どう見てもパーティの準備である。
あのう私も何か手伝えることはないでしょうかと伺ってみたが、藤織さんから洗濯ものたたんでいろと言われただけだ。よし、ガッテンだ。
リビングからキッチンを眺めながら、私は二人を見ていた。いやこれはまた心底お似合いである。どう考えても私のほうが邪魔な存在であろう。
そしてラザニアが焼きあがったころには、なんと掛井さんまでやってきたのだった。赤と白、上等な二本をワインを携えて。
一体このメンバーをそろえて何をするつもりなのか。とりあえず夏コミあわせの修羅場じゃないな。
テーブルに付いたところで、藤織さんがあっさり思惑を語り始めるまで、私は生きた心地がしなかった。
「そもそもあの遺言に振り回されていたのは、後手に回ったせいで守備側になってしまったせいだろうと思うんだ」
藤織さんの宣言である。
異議なし、見たいな顔で伽耶子さんが肯く。
「なので、もっとこっちから動かなければならなかったと反省した。大体どうして僕があんな死んだじじいの言ったことに振り回されなければならない」
あっさりいうけど、実情はかなり面倒くさいことに違いない。
「涼宮の老人達にはどう説明を?」
「掛井がどうなろうと僕の知ったことではない。そう言いきるべきだった」
「でしょうね。そのほうが、あなたらしいです。本来もっと攻撃的な性格なんですし」
掛井さんは不快さなどまったくないまま、わりと明るい笑顔をつくった。
「と、いうことで、方針を変える」
そんな藤織さんの宣言を聞きながら、伽耶子さんが慣れた手つきで開けたワインを四人分のグラスに注ぐ。
私は思うのだが。
……藤織さんが攻撃的でなかったことってあるのだろうか?
「がんばりましょうね」
「伽耶子さん、何企んでます?」
若干呆れた様子で掛井さんが伽耶子さんのその鮮やかな笑顔に聞き返した。
「企んでいるなんて、失礼ね」
いや、「閣下」って呼びかけてきたムスカくらい、何か企んでいると思うのだ。
「つまりだ、先に遺言ありきだから、不本意な話なんだ」
藤織さんはワインを掲げるようにして光に透かす。大丈夫です、見てましたが盛られてません。
「先に掛井の幸せを考えればよかった」
「お、俺の幸せですか?」
藤織さんにいきなり自分の幸せを語られたら、私だったら気絶する。
「掛井は紗奈子が好きなんだろう?」
藤織さんは、ワインから視線をはずし、掛井さんをまっすぐに見た。
「だから、紗奈子と付き合える方向で考える」
紗奈子さんの意思は……?とつっこみたかったが、ここは黙って聞いているところであろう。
「だって紗奈子さんは……」
「お前を好きか嫌いかはわからない、でも」
「でもこのままでいいの、掛井?」
伽耶子さんがはっきりと言った。
「あんた自分が咬ませ犬だって知っているんでしょう。悔しくないわけ?」
「それは」
「紗奈子が何考えているか、それくらい自分で確認しなさいよね。下地はつくるから」
藤織さんと伽耶子さんの二人から説教か……私だったら勘弁してもらいたいな。
「でも紗奈子さんは……」
「私と渡辺で探すから安心しなさい」
「えっ」
私は伽耶子さんを見た。そんないかにも協力的な話聞いてません。
「伽耶子さん、どうしてそんなにノリノリなんですか?」
「だって紗奈子がいないと今度は私にとばっちりが来ることは間違いないもの。渡辺は掛井とどうにかなる気はないみたいだし。無駄な労力はかけたくない」
さすが、省エネで妹を売る気だ。
「とにかく、遺言のことは後回しだ。紗奈子の気持ちを確認してから考える」
そして藤織さんは私を見たのだった。
「お前もお前だナベ!」
あっ、標準がこっちに合ってしまった。
「こんなことに巻き込まれたというのに、受身ばっかりでどうするんだ」
私は受け視点のほうが濡れ場描きやすい人なのでお気遣い無く。
「掛井と紗奈子が無事付き合えたら、僕も何事も問題なくナベに手を出せる」
「なんでいきなりそんな話になるんですか?」
唖然として私は藤織さんに疑問を返してしまった。声が一瞬裏返った。
「ああ?バカじゃないのかナベ。僕は欲しいものは手に入れる主義だ。どうしてそれくらいわからない」
「いえ、わかるわからないの問題ではなくてですね」
これが本気だとしたら衆人環視の中の告白である。頭どうかしている。これに対抗できるウェポンなど、私には『実は私はアラブ富豪攻めも大好きなんです、実は本もその設定のものだけで58冊もってました』くらいしかない。
「手に入れるのは、茨の道だと思ったが、まあ世の中にはよい除草剤も電動草刈機もあるわけだ」
「そもそも焼き払えば早いわよ、兄さん」
すごくわかりにくい比喩だが、すごく物騒な入れ知恵をしていることはわかりますよ、伽耶子さん。
「わからないふりはずるいですよ。ナベちゃん」
しまった、さっき味方しなかったのを掛井さんに逆恨みされている。
「いや、だって、こんな公の場でいうことじゃ」
「ここは僕の家で、限りなく私的な場所だ」
「ということで、今日は仕切りなおしの会なわけ。兄さんは、これから涼宮の古株に『とにかく後継者は何をもっても掛井にすべき』だって根回しするし、私も紗奈子を引きずり出す。とりあえず、渡辺は勝負パンツでも探してなさい」
「伽耶子さん!」
「もう決めたんだから、渡辺が口だすことじゃないの」
「だって」
すごくこの人たちおかしいです。
伽耶子さんは私をあしらってから、グラスを掲げた。
「四十九日まで、一ヶ月は切っているわけだし。頑張りましょ」
つられてうっかり乾杯なんぞしてしまったが、何に乾杯なのかよくわからない。とりあえず、私は伽耶子さんのラザニアに手を伸ばした。伽耶子さんは藤織さんとまだ話している。
とにかく、掛井さんが紗奈子さんとうまくいくように、ということで今、四十九日の会が再結成されたのだということがわかる、しかしこのメンバーですよ?いつ解散総選挙とかになってもおかしくないカオスだ。掛井さんも唖然としているではないか。
なんだかなあと思いながら、私はラザニアを食べ始めた。
「俺に、紗奈子さんともう一回話してみろって言ってるんですよね」
掛井さんは消え入りそうな声で言った。
「俺、自信はないです」
「なくてもやれ」
「あと渡辺は、明日から飲み会とかパーティとか合コン行くからそのつもりで」
伽耶子さんのさらっとした一言に、ラザニアを噴出しそうになった。
「ご、合コン?」
朝セリじゃなくて?私、競られるほうとしてなら参加できそうですが。
「紗奈子は連絡なくなる前に、さんざんそういった会に出ていたみたいだから、その当たりから洗ってみるのでよろしく。紗奈子は一体なにしていたのかしらねえ」
「伽耶子さん一人でいいじゃないですか!」
「だって私一人だと、相手がびびっちゃうから。アンタぐらい、隙のある人間連れて行ったほうが空気がいいのよ」
私が居たって空気は重く濁るばかりであろうに……。
「伽耶子、でもくれぐれもナベはあまり目立たせるなよ」
「目立たなかった意味無いじゃない、大丈夫よ、可愛らしくしてあげるから」
「それがありがた迷惑だと言っている」
なにやら罵りあいを始めたふたりを前に、私はもくもくと食事を進めていた。何かさらに面倒なことに巻き込まれそうな気がする。体力つけなければ。
「愛されてますねーナベちゃん」
掛井さんの声だけが異様にほのぼのである。空気読め。
「藤織さんのことですか?」
「他に誰が?」
いや、藤織さんは今テンパッテいるだけだから。
まったくもう。
無言の私をおかしそうに見てから、掛井さんもラザニアに手を出した。おいしそうですねえ、などと言って、それを食べ始めた。
が。
「……このラザニア」
伽耶子さんが呟いた掛井さんを見る。
「何?」
「伽耶子さん、これなんか変ですよ?」
「変って?」
伽耶子さんは自分はまだ手をつけていなかったラザニアをとった。一口食べて彼女も顔をしかめる。
「兄さん、赤い蓋のは塩じゃなかった?」
「あっちは砂糖だ」
「うわ、間違えて入れちゃった。多分これからのこと考えてぼんやりしていたせいね。しかも結構大量にいれたみたい。人の家の台所ってこれだから」
ため息をついて伽耶子さんはラザニアの器を取りあげた。どうやら食べるには問題がありすぎたらしく、下げてしまうようだ。そして私の皿を見てぎょっとする。
「……渡辺、それ食べたの?」
私の皿は殆どなにも乗っていなかった。
「そ、そんなに気にするほどまずく無かったですよ?」
「そんなわけあるはずないでしょ!」
さっと目をそらした私に、藤織さんが閃いたように言った。
「ナベ」
鋭い視線だった。
「お前、もしかして味覚障害なんじゃないのか?」
やべ、バレた。




