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49  作者: 蒼治
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「ということで、私、とりあえず紗奈子さん探してみようと思うのです」

 翌日私が向かったのは、涼宮伽耶子さんのおうちだった。昨日の今日でまったく恥知らずな私である。しかし掛井さんとも約束した手前、伽耶子さんにも協力を仰がねばならない。

「あ、昨日はお邪魔しまして申し訳ありませんでした」

 とりあえず謝罪。


「ていうか!」

 伽耶子さんはソファに座る自分の前に私を正座させた。やれといわれればなんでもやる女です、私。

「なんで兄さんはあんたを好きなの?」

「めめめめっそうもない!藤織さんが私を好きだなんてありえると思いますか?」

「やかましい。大前提について反論するな。面倒よ」

 大前提と言うのは、線の細い色白美形はもちろん受け、とかそう意味合いなら理解できるのだが、自分自身のこととなるととんと意味不明である。


「正直ありえない、信じられない……と思うけど」

 伽耶子さんはため息をつく。

「でもそれもありなのか……あんたのこと、実はちょっと調べたけど悪い噂は聞かなかった。もとの職場の人達にも気に入られていたみたいね。見た目はぼんくらでも、光る何かはあったのかもしれないわね」

 伽耶子さん、それは褒めすぎです。そして私は脳内にすら友達いません。一体誰から聞いたんだ。まあいい、自分が寂しくなるような訂正はしないで置こう。


「それに……兄さんがあんたを見たとき、ものすごくほっとした顔をしていたのが印象的だった……」

「いや、手篭め寸前だったら、誰見てもほっとしたと思います」

「うるさい、黙れ!」

 伽耶子さんの美しいおみあしが私の頭に乗ってきたので、とりあえずそのまま、ヨガ『土下座のポーズ』に持っていってみた。


「あーもー、悔しいなあ」

「お怒りごもっともで。しかし伽耶子さんでしたら、いくらでも奪い返せると思うのです。それに私は藤織さんとお付き合いするつもりはありません」

「はあ?それは掛井や私に遠慮しているわけ?そりゃ遺言問題がいまはどう転ぶかわからないけど、それはいつかは決着つくわけだし」

「多分そのころになれば、藤織さんは私のことなんてどうでもよくなっているはずです」

 伽耶子さんの足が離れたので、私が顔を上げてみた。その私の前にひょいと伽耶子さんはソファから下りてしゃがみこむ。ついでに胸倉をつかまれた。さすが伽耶子さん、藤織さんの妹だけあって手も早い。


「兄さんがそんな浮ついた気持ちで誰かを好きになるとでも思っているわけ?」

「しかし、まだ知り合って一ヶ月たつかたたないかなんです」

「時間がたてばわかりあえるってものでもないでしょうが」

 伽耶子さんはため息をついた。

「まあいいわ、座りなさい」

 私はありがたく、座らせていただいた。伽耶子さんは優しい。


「……自分で言って気がついたんだけど、遺言問題が片付かないと、兄さんもあんたも私も身動き取れないんだなあって」

「片付いた方が動きは取りやすいですね」

「それにはやっぱり紗奈子がちゃんと意志を表明しないとまずいわけ」

 紗奈子さんが掛井さんにたいしてどうしたいのか……たしかに彼女こそがもっとも当事者なのだから。


「伽耶子さんは紗奈子さんと連絡とっているんですよね」

「ええ。ときどきメールや電話でやり取りはしている。でもどこにいるかは知らないわ。しっかりした子だから、どこにいてもちゃんとやっていると思うし。私が知っててうっかり彼女の居場所をばらしてしまうとまずいって思っていたからあえて聞かなかったの」


 でもそうも言ってられないか、と伽耶子さんは自分の携帯電話を出した。

「ちょっと聞いてみるわ」

 なにやらメールをうち、彼女はそれを送信した。

「どうせすぐ返事は来ないから、一杯やりましょう」

 またですか!

 立ち上がって伽耶子さんはグラスを用意し始める。怖い……一応恋敵のはずなのにこの和やかな態度はなんなのだろうか。もしかして一服盛られちゃったりしないだろうか。

 ぐ、グラスを変えてもいいかと聞いてみたい。


「毒なんて入れないわよ」

 伽耶子さんは私をみてニヤリと笑った。

「しかし立場上、私は伽耶子さんの恋敵であるようです」

「でも私は負け戦に本気にはならないわ」

「負けてないと思いますが……」

 どちらかというと伽耶子さんがデイジーカッターで私が縄文式火熾しという感じである。


「兄が惚れた時点で勝敗決まっているもの。初めてあったあの時殺っとけばよかったなあ」

「思うだけにしていただけると私、日々怯えなくて済むので助かります」

 いきなり赤を注がれる。

 一体何に乾杯なんだかわからないが、グラスを合わせた。


「なんでかしら」

 伽耶子さんは呟く。

「なんで私は兄を幸せにできないのかしら」

 その呟きに私はうつむく。すごく良心が咎めるのだ。

 伽耶子さんはずっと片思いをしてきたのに、いきなりこんなだんご虫みたいな女にその彼が惚れたらそりゃあ神を恨みたくもなるだろう。そもそもくるんと丸まれない時点でだんご虫より無芸である。


「まあとりあえず、紗奈子と話をしてみましょう。紗奈子には紗奈子なりのなにか考えがあるのかもしれないし」

 ところで、と伽耶子さんは私を見つめた。

「仮も私の恋敵なんだから、ちょっとはマシになってもらわないと困るわ」

「へ?」

「冴えない女が恋敵なんて、私のプライドに関わるのよ」

 伽耶子さんは立ち上がる。リビングを出て行ったかと思うと、なにやら籠を山ほど抱えて戻ってきた。中にはいっているのは無数の化粧用品である。わ、わ、私だって、ペンとかカラーインクとかコピックとかの数だったら負けてないのですが。


「か、伽耶子さん?」

「もうちょっと小奇麗にしたいのよね」

「藤織さんにもういじられまくってます!」

「兄のセンスは男の目線ばっかりでつまんない!」

「モテてこそ着飾る意味があるって言ってました」

「ちがう、おしゃれは自分のためだ!」


 伽耶子さんと藤織さんが意見の相違があるのは仕方ない。人間だもの。

 しかしその間に立たされる私の身にもなっていただきたい。W7の受け攻めについて熱く論議することは当方やぶさかではないが(朝までやらせて欲しいくらいだ)、自分自身の評価についてはさっぱり係わり合いになりたくないのである。


「いいからちょっといじらせてよ」

「嫌です」

「わかったわかった、文句はあとで聞く。ねえ渡辺って年のわりに顔の造りがけっこう大人びた感じよね。逆に少し可愛げある化粧の方がいい気がするんだけど」

 自分自身の発言で伽耶子さんは不機嫌になった。

「そうか、兄さんは年の差あるように見えるのがいやだから、あえて大人っぽくナベを見せているのか……姑息」

「姑息ではありません、そういうときには腹黒と呼ぶのがセオリーです」

「それどこの文化?」


 伽耶子さんはなにやら私の顔をいじり始めた。それは私も伽耶子さんを直視することであって、とても照れくさい。

 だって伽耶子さん美人なのである。

 藤織さんに良く似ているけど、いい具合に女らしくて、柔らかいまつげが長く頬に影をおとしている。肌なんてつるつるである。それに楽しみながら仕事もこなしている自信が溢れていて。口さえ開かなければ、本当に才色兼備で通ると思うのだ。

 いや口を開かなくてもその気の強さはなんとなく伝わってしまうが、人間だから何か一つくらいは残念なものであろう。


「なにじろじろ見ているの」

 ファンデーションを伸ばしながら伽耶子さんは言った。

「伽耶子さんとお友達になりたいです」

「気持ち悪い」

「率直な感想ありがとうございます」

「大体小学生じゃないんだから。言わなきゃ友達ってわけでもないでしょう」

「はあ……」

 冴えない返事をした私に、伽耶子さんはパウダーを叩きつけてきた。

 なかなか友達って作れない。難しい。


 と、伽耶子さんの携帯電話が鳴った。紗奈子さんからかと思いきや。

「あら、めずらしい」

 伽耶子さんは手を止めて、それに出た。

「どうしたの、兄さん」

 藤織さんが電話をしてきたらしかった。向こうの言葉に伽耶子さんはにこりと笑った。

「そんな言葉がもらえるなんて思っていなかったわ。でもお言葉に甘えてお邪魔するけどね」

 二三言葉を交わしただけの、短い会話だった。電話を切ってから、伽耶子さんは私に言う。


「渡辺を送りついでに私も部屋においでって。夕飯一緒に食べようですって」

「どう考えても私が邪魔ですね」

「まさか」

 伽耶子さんは肩を竦める。

「兄なりに言うべきことがあるんでしょうよ。考えたんじゃないの?もともと守りにはむいてないのよ、兄さん」


 そんなわけで、伽耶子さんともども部屋に戻ることになったのだが。

 結局その日、紗奈子さんからの返事は無かった。

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