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49  作者: 蒼治
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 私と掛井さんではさっぱり締まらない。

「受×受っぽいのはあまり好きじゃないんです」

「やっぱり言っている意味がわからない!」

 私は掛井さんから身を放した。あたた、とか言って掛井さんがみぞおちを押さえている。


「掛井さん、なにか隠しているでしょう」

 私は彼を見つめる。私ごときに見つけられる真意などないかもしれないが、真意があるかどうかぐらいは問いかけたい。

「俺は」

「掛井さんが私を恋愛としては今一歩、と思っているのはわかります」

 一歩どころじゃないかもしれないが、他にいい言葉が無いのが残念である。淫語辞典丸暗記している場合ではなくもっとビジネス用語の勉強でもしておくべきだった。


「でも藤織さんに気を使って……っていうだけじゃないですよね」

 私の、掛井さんの、藤織さんの、いろんな事情が絡んでいる。

「……俺は」

 掛井さんが私から後ろめたそうに目を離し、うつむきかげんのままかすれる声で言った。

「俺はね、涼宮紗奈子が好きなんだ、本当は」


「モノホンロリ……!」


 愕然とした。なんということをカミングアウトしてくれたんだ。世の中には知らないほうがいろいろ楽な事がままあるが、今回ダイレクトにそれだ。

 紗奈子さんって、伽耶子さんの妹ではないか。今現在遺言のせいでバーサク化して、どこかにトンズラこいているあの妹。いまだ大学生のぴちぴち二十二歳。


「ロリじゃない!」

 掛井さんが怒鳴る。

「そりゃ、最初に出会ったときは俺が二十三歳、彼女は十歳。凹凸もさっぱりなくて、ランドセルしょっていたけど。その頃から、ものすごく可愛いと思っていたけど」

「それロリコンって言わなかったらなにをもってロリって認定するのか、是非基準を教えてください」

「だから違う、今の、ものすごい美女になっている紗奈子さんもそれはそれで好き」

「好きとか可愛げな感じに言わないでください」

「それに両思いだったし……多分」


 ……。

 ……。

 うわ、この人、すごく残念な人だったのか……。


「あの……妄想は……できれば私だけの特技にしてもらいたいなと」

 しかも私は現実と妄想はきちんとわきまえているのである。頭はおかしいが淑女である。

「妄想じゃない!」

 掛井さんは立ち上がるとテーブルに乗せっぱなしにしていた携帯電話を取った。私に突きつけてきたのはSNSの履歴だった。

 辿っていくと、そこにあるのは。紗奈子さんからの通信の数々だった。


>>おじい様、具合悪いから、病院に行きます。心配かけてごめん。

>>おくってくれてありがとう!掛井はいつも優しいね

>>日曜日ヒマなら遊びに行こう?ヒマじゃなくても都合つけて!

 省略したが、華々しいイラストスタンプアイコン乱舞の可愛らしい文章の数々。


「あの、俺の以前の携帯に来た分は、すべてSDに保存してあるので、見ていただくことも可能だけど。全部で一万通くらいかなあ……」

「すみません、正直言って、ドンのビキです」

「あ、もちろん全部は見せられないけど。よければ、紗奈子さん成長の記録写メも」

「児童ポルノ法の動きは注視していたほうがよろしいかと思います」

 掛井さんは自分の痛々しさをわかっているはずだというのに、のん気にやに下がっていた。


「……ていうか、付き合ってました?」

 そしてうっかり聞き返してしまうくらい、紗奈子さんの文章には好意と信頼が溢れていた。まあ、いいように使われている感もあるので、下僕とされていた可能性も捨てきれないが……ロリよりましである。

「多分……でも」

 掛井さんが口ごもったわけがわかった。

 連絡は、あの私が拉致られた日で最後になっていた。


>>掛井のことが信じられない。


 ただそれだけの、そっけない言葉。

 ……そりゃそうだ。

 私はため息をついた。それを見て、掛井さんも諦めたように肯く。


「俺はもう二度と、紗奈子さんに好きだと伝えられることはないんです。結局俺が何を言ったとしても、あの遺言が公になったことで、紗奈子さんを俺の人生の足がかりとしか見てなかったと思われておかしくない」

 それは、それまで掛井さんが、紗奈子さんとのことをはっきりさせてこなかったのだろうと予想される言葉だった。この遺言が出る前に、ちゃんと言っておけば……二人の間で信頼を高めておけば、まったく問題がなかっただろうに。

 紗奈子さんは自分に対する今までの掛井さんの優しさは、ただ涼宮を手に入れるための手段だったと思っている。


「……紗奈子さんとは連絡とれないんですか?」

「だめなんだ。何をやっても音沙汰が無い、住んでいるマンションまで行ってみましたが不在でした」

 掛井さんの悩みがやっとわかった。

 藤織さんを立てて遺言の相手と結婚すれば、涼宮は手に入るだろう。でもそれは紗奈子さんからの絶対消えない侮蔑を買うことになる。

 涼宮紗奈子を立てて、渡辺寧子を諦めれば、彼女とやりなおせるかもしれない。もちろん涼宮も手にはいるかもしれないが、それには時間がせまっている。四十九日間に合うかどうかは怪しい、今は紗奈子さんと連絡さえとれないのだ。

 もし紗奈子さんを得ても間に合わなければ、藤織さんが涼宮に関わることになり、彼に迷惑がかかる。

 だから。


「……掛井さん、藤織さんに何か言ったんですか?」

 藤織さんがこんな行動にでたのは、やっぱり掛井さんが心配だったからじゃないだろうか。

 掛井さんは一瞬だけ顔に苦さを滲ませた。人の良さそうな顔をして、何か善良なものに付け入ってしまったときの後味の苦さ。

「一言だけでよかったんだ。藤織さんは鋭い人だから。『藤織さんが渡辺さんを好きなら、俺のことは気にしないでくれていいです』それだけ」

 それだけで藤織さんは、掛井さんの進退窮まっていることを察して……それで荒療治に出たのか。


「……掛井さんは、どうしたかったの」

「どうしたいのか自分では決められなかったから……藤織さんに投げた」

 ……掛井さんはいい人だ、そして、私と同じくらい……。

「しょぼい!しょぼいですよ掛井さん」

 私は畳を思い切り叩いた。


「そんなことより、紗奈子さん探して、精一杯誠意を伝える方が先でしょう!四十九日に間に合うとか間に合わないとかそんなんじゃなくて、掛井さん自身がそれがまっとうだと思っているんだから!」

「俺にも俺を応援してくれる人に答えないといけない義務があるんだ」

「それは応援している人に、自分の人生の責任をなすりつけているだけです!」

 私は人のことを何ひとつ言える存在ではない(言われるのはOK)。でも!

「なんで諦めてしまうんですか」

 私は根拠はないけれど、言い切って見た。


「だって、紗奈子さんが、掛井さんを好きでいたなら、皆なにも文句言えないでしょう。これ以上ないくらい、誰も損しない話なのに」

 紗奈子さんと掛井さんが、ちゃんとやり直すことができれば、掛井さんは涼宮の後継者で文句なしだ。しかも好きあっている相手。『渡辺寧子』みたいなぽっと出馬の骨の付け焼刃ではない。

 掛井さんが後継者になれば、藤織さんは放免だ。彼だって好きなように生きられる。うざい親族にもこれ以上関わらなくてすむ。


 それで私は。

 私は。

 ……声に出しては言えないけど、はっきり思う。

 私は藤織さんが好きだ。だから彼が自由になれるのならばとても嬉しい。全て解決したとき、藤織さんが私を好きでいるということはないだろう。今はいろいろテンパッているから、そんな空気になっているだけだ。

 事件が収束してしまえば、藤織さんと会うことさえないはずである。だが。

 それでも藤織さんには親切にしてもらった義理がある。


「手伝いますから」

「え?」

「涼宮紗奈子さんを私がちゃんと責任もって探して、掛井さんともう一度話してくれるように頼んでみます」

「だって、どこにいるかもわからないんだよ?」

「紗奈子さんのお姉さんを手がかりに私、がんばります」

 伽耶子さんだって、藤織さんが涼宮に家にはいることは良しとしていない。

 いろんな人間の、良心ばかりじゃない事情の連続だけど、それでも目的が同じなんだから、協力してもらおう。

 私も、頑張ることができるんだなあ。


「とにかく、紗奈子さんを探します」

 私は言い切った。

「俺は、本当に紗奈子さんを支えてあげたかったのになあ……」

 なんて寂しそうに呟く掛井さんの背中をとりあえずもう一回叩いて喝を入れてみた。

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