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さて。
私の話をしよう。
当方現在26歳……、かなりいい感じに嫁の貰い手がないフリーターである。
高校一年生の頃、同級生に「白豚」と呼ばれて高校からとんずらした。まったくもって正統派な理由だ。黒とかイベリコだったら引きこもらなかったわけではない。産地が明確になればいいというわけではない。
まあ当時、その純ラードっぷりは確かに立派なものであった。とんかつ最高。
その頃、両親は私をものすごく可愛がっていて、私が入りたての高校にいかなくなっても、単に仕方ないなあという感じだった。私が好きなものはことごとく買ってくれたので、学校なんて行かなくてもちょろい人生だと思っていたわけである。
中学時代から、オタクで同人やっていたから私の欲しい物と言うのも、DVDボックスとか、漫画全巻とか、パソコン(画像加工ソフト付き)などお値段張るものは多かったのだが、それらを労せず手に入れて漫画描き放題という、能天気な生活だった。全日本腐女子連盟機関紙の「憧れセレブの暮らしをのぞいちゃう!」にいつ取材を受けてもおかしくないほどだ。
同人、とか言う奴を知らない、非常にまっとうな人生を歩まれている(あの山には悪魔が住んでおるのじゃ、とご両親からよいしつけを受けられたのであろう)皆様に、僭越ながら説明させていただくと、つまりは商業創作物の二次創作である。
その中でも私のは、ヤオイというか、BLというか、つまりは、そのキャラクターの男同士のカップルを創作し、エロいことをさせまくるという方向性を持っている。
拒絶反応を示す人も多いが、需要も多い。
しかも私が最初にはまった作品が、放送終了後の今でもある一定の需要を見込めるほどの同人的メガヒット作品となった。
『W7』というその作品は、メインキャラが七人、敵キャラも七人、ほぼ全て男ということで、カップリングも多様となり、はまった同人女の多かったこと。
アニメ化して、ゲーム化して、映画になって、続編が作られて、とそりゃあメディア展開も派手にやった。
で、私も毎日、どうやってエロ展開に持ち込むかとか考えていられる身分だったもので、結構人気のある同人屋になっていた。大きなイベントに参加すれば、千とか二千とか作った同人誌がはけてしまうのだ。
そんなわけで、学校にも行かず、ろくに外にも出ずに十代を過ごしてしまった。もちろん家族は心配したが、どうしても外に出られなかった。
実は一度、頑張って学校に戻ってみたものの、わりと痛烈な目にあって、もう二度といかなくなってしまったのだ。
転機と言うのは、結局、両親の死まで訪れなかった。
藤織氏の言うとおり、両親は事故で急死したのだった。
両親の死以降、さすがに家庭を安定させるために、私も遊んでばかりもいられなくなって、そして自分なりに思うところもあり。
やっとバイトに出たりし始めた。
まったく体を動かさなかった私が動いたので、むくむくだった私も、自前温かスーツを一枚脱ぎ二枚脱ぎして、徐々に痩せていった。今は、多分標準体重より少々細いくらいまで落ちている。(美醜と体重は相関関係があるとは限らない)
そして今に至る。
その『今』に、はたして高級マンションで、縛り上げられて監禁させられている『たった今』が含まれるのかどうかは判断つきかねるが。
車を降りたところで、やはり臆病風に吹かれて逃げようとしたのが悪かったと思われる。久しぶりの後悔だ。
喪服の男……藤織さんはメタボリックとは違う国に住んでいるらしく、細めに均整取れた体つきだというのに、あっと言う間に私に追いついて、無理やり肩に担ぎ上げたのだった。どうやら私はブタじゃなくて米俵だったようである。
そのままこのマンションの一室に放り込まれて簀巻きと相成った。
「大変申し上げにくいのだが」
藤織さんは、ソファの上に転がした私を見下ろしていった。
「あまり逃げようとして暴れると、足の骨の一本も折らないといけなくなる」
申し上げにくい、というレベルの話ではない。
しかしそのソフトな脅迫はヘタレな私には絶大な効果があり、以後、私はここでじっとしているという次第である。
このマンションはおそらく藤織さんの自宅ではないかと思われた。
全面ガラス張りのリビングからは都内が眼下に一望である。
賃貸料を払って住む、と言う点では先ほどまでいたアパートと一緒だが、その有り様の違いには大いに首を傾げたくなる。こちらお家賃なんぼでありますかゲヘヘと下世話なことを伺いたいくらいである。
藤織さんは玄関でスーツの胸ポケットから小さな包みを出していた。その中に入った少量の塩を自分にかけていた。
やはりあれは喪服で、彼は今日誰かの葬式に出ていたのだとそれで知った。
葬式のあとに拉致監禁とはなかなかご多忙な人である。
それで、藤織さんは、今、風呂入っている。
もし私がこの展開の作者だったら、もちろん、あとは監禁陵辱調教的展開だよな。ていうかそういえばそういうの描いたわ、W7で。攻めをちょっとヤンデレ気味にして。
そういうバチとかあたるのだろうか。
しかし、藤織さんが私に手を出すとは考えにくい。なぜなら彼が美形だからである。
別に私じゃなくても、他でいくらでもいそうではないか。多分、遊びでもいいよーという、気前のいい美女だって彼ならいるに違いない。察せられるのは彼がデブ専かもしれないということだが、かつてほどの栄光は今の私にはない(具体的には三十キロほど失った)。ちょっと期待に添えない。まったく私は実にはっきりしないどっちつかずの役立たずのアマである。
あとはもう、このままコンクリートに漬けられて東京湾につっこまれるくらいしか思いつかない。おそらく来世はお値段リーズナブルなあれだ。バラブロックからひき肉、そしてお惣菜コロッケやがて30円引きと次々転生を繰り返し皆様の食卓を少しは賑わすであろうアデュー。
ぼんやりしていると、不穏な方向にばかり頭がいってしまうので、仕方ない、とりあえず妄想して気を紛らわせることにした。
W7の二次創作はそれとして、最近の私は一次創作もやっているのだ。細々ではあるが、俗に言うボーイズラブ漫画を書いてみたりしている。二次創作と違ってあまり売れないのだが。
藤織さんをとりあえずキャラメイキングしてみることにした。
ボーイズラブの世界では、女性的立場を受、男性的立場を攻(おもに性的な意味で)と言う。うむ、どう考えても藤織さんは攻だな。俺様系。あれが受だったら、攻のキャラ設定に苦労する。いやまて、ヘタレ攻めとかならむしろ良いだろうか。
だんだん私がノリノリになってきたところで、リビングの扉が開いた。顔を向けると、ジャージにTシャツ姿の藤織さんが入ってくる。
なんだその恐るべき足の長さは。
そっけないほどの服なのに、藤織さんのかっこよさが全面に溢れていた。
「やっと線香臭くなくなった」
ぼそっと呟いて、頭にバスタオルを乗せたまま、彼はやってきた。
「お葬式だったんですか」
「そう。化石みたいな老人がやっと死んだ」
「……そんな風に亡くなった人を言うのは、自分を下げます」
体面式キッチンの方に行っていた藤織さんは戻ってくると私を見下ろした。そこには私の発言に対してであろうが、少々いらだちのようなものがあった。
「君もその化石のせいで、迷惑こうむっているんだよ」
「でも亡くなった方は反論できません」
「生きている間は誰にも反論を許さなかった」
藤織さんは苦々しく言う。
「教えてあげるよ」
藤織さんの手には、外国の瓶ビールの小瓶があった。
「そのジジイの遺言を追求していくと、結局こういうことに行き着くんだ。『渡辺寧子には十歳も年上の男に嫁いでもらう』」
「は?」
「相手は掛井って言うんだけどね。もちろんあいつも迷惑しているんだろうけど」
「なんでそうなるんですか!?」
さすがに声がひっくり返った。どういうことですかそれは、ジジイ死ね!ていうかもうお隠れになっているのか。
「怒りを覚えるだろう」
藤織さんは小瓶からラッパ飲みをした。そんなしぐさでさえ、様になっている。
そういえば、私のお湯を注いだカップラーメンはどうなっているでしょうね。随分時間がたちますが。半纏を着て、ラーメンをすする私の様子もなかなか決まっていると思うのだが。そろそろお披露目したいのでうちに帰ってあれを食べたいところである。
と、インターホンが鳴った。
部屋のモニタで相手を確認した藤織さんがロックを外したらしい。
「掛井が来た」
そういって藤織さんは、玄関に向かった。玄関が開く音は聞こえなかったが、足音が持ってくるにつれ、二人が口論になっているのがわかった。
「藤織さん、あなたの気持ちは嬉しいですよ、でも」
「だったら受け取っておけ」
「しかし!」
藤織さんと、掛井さんと思われる男が部屋に入ってくる。藤織さんが特に感慨も無さそうだが、掛井さんは簀巻きの私を見て絶句した。
素晴らしい。普通の感性の持ち主の登場である。
掛井さんは藤織さんよりさらに身長が高く、体格が良かった。昔はラグビーでもやっていたのかなと思われるような体格だ。けれど表情はどこか穏やかで藤織さんに遠慮しているふしがあった。
「ふっふ藤織さん、行動早すぎです!連れてきちゃったんですかあ!」
横の藤織さんの冷静さとは非常に良い対比の動揺具合である。
……やはりヘタレ攻めも捨て難い。
 




