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49  作者: 蒼治
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「ほんとに来たのね」

「ちょっと頭を冷やさせてください」

 先日伽耶子さんが、セキュリティを通ってなぜ藤織さんのお宅まで来ることができたのか。それは藤織さんにキスされかけた翌日わかった。


 涼宮伽耶子さんのご自宅は、藤織さんのお住まいの三階下であった。藤織さん、フロアロックのあるところに引っ越した方がいいです。

 昨日藤織さんにあんな態度をとってしまって、私も気まずくてたまらないのだ。どこかに逃げ出したいが、藤織さんの目の届かないとことに逃げ出したら、藤織さんと掛井さんがまた大騒ぎするだろう。思い出したのが伽耶子さんの携帯だった。

 ……ふーん、じゃあマンション三階分下りてきなさいよ、といわれたときの衝撃よ。


 伽耶子さんのお部屋は、藤織さんのうちとはまた間取りからして違っている。どうなっているんだこの建物。内装も彼女らしい優雅な雰囲気だった。

「まあ兄と違って私はキャッシュじゃ買えなかったから、まだローン残っているんだけど」

 普通の人は買えもしない。伽耶子さんはブルジョア丸出しである。

「あ、相談しそこねてた」

 伽耶子さんは、まだ家にいるはずの藤織さんのことを思い出したようだ。


「ここしばらく紗奈子と連絡が取れないのよね」

「妹さんと仲がいいんですか」

「まあまあ。紗奈子があの遺言が原因で激怒して、しばらく実家には寄り付かなかったんだけど、私にはマメに連絡くれていたのよね。でもここしばらく連絡がなくって。なんか派手な連中と遊んでいたって噂も聞いたから、少し心配なの」

 伽耶子さんは困ったように言った。


 そうか伽耶子さんの妹さんといえば掛井さんの婚約者としてまっさきに上がった人だっけ。たしかに二十歳そこそこでそんなこと言われればキレもする。

 藤織さんは家出ついでに南の島にでも遊びに行っているのだろうと言っていたが、仲の良さそうな姉妹であるのに、突然連絡が途切れてしまうのは不思議だ。

 前に藤織さんちに押しかけたときも、紗奈子さんのことを相談したかっただんだろう。伽耶子さんは三人兄妹の真ん中なのに、長女みたいな気の使いっぷりだ。


「で、兄と何があったわけ?」

 伽耶子さんはソファに座って私を正面から見つめた。

「『ナベが遊びにいくからよろしく』なんて電話があったけど、兄の、あんな挙動不審になっているところなんて、私はじめてみたわ」

「きょ、挙動不審ですか?」

 いつもどおりのスーパーコンピューターだったと思いますが。メモリもたっぷり。

 そんな私を伽耶子さんはじっと見つめ、それこそ穴が開くほど見つめ、そして。


「ちっ」

 舌打ちした。

「なんで兄の女の趣味っていうのはいつもどこかおかしいのか……」

 伽耶子さんは立ち上がった。リビングの片隅にあるワインセラーに向かうと、一本出してくる。それは良く見なくてもわかります、ものすごいお値段のスパークリングワインですね。しかも色はピンクですね。

 伽耶子さんはソムリエナイフで器用かつスピーディにラベルをはぎコルク栓を開けた。普通伽耶子さんのような女性は「シャンパンの栓なんて自分じゃ開けられなーい」と言って許される立場だと思うのですが、伽耶子さん男前です。ビールの栓を歯で開けるみたいな格好良さでした。


 ポーンと言って天井向かって跳んだコルク栓は、フローリングの床に落ちて跳ねた。それを見送った私が、再び伽耶子さんに目を向けると、伽耶子さんはピンドンをラッパ飲みしていた。

「伽耶子さん、それは美女にあるまじき醜態です」

 どうか夢だと言ってください。

「やかましい」

 手の甲で整った唇をぬぐって、伽耶子さんは美しいガラスのテーブルに瓶を置く。


「こちとら失恋のヤケ酒してんじゃ」

 ヤケ酒がセレブである。

「失恋……というのは」

 はっ!

 やはり、掛井×藤織?

 伽耶子さんには申し訳ないが、私的には大満足。


「そうですよね。二人で料理作って向かい合って食べていたりするんです。私がいないほうがどう考えても映像的に完璧ですよね。藤織さんが基本いやみったらしくて強引なんですが、実は掛井さんの面倒を甲斐甲斐しく見ていたら、最高です。鈍感攻め×ドS受けって悪くないですよ」

 そして夜は掛井さんがちょっといじわるだったりするのだ。イイ!


「わるいんだけど、何言ってんだかわかんないわ」

 もうワイン半分になってます。それ実は水?

「ていうか、兄が貴様に惚れているのよ」

「伽耶子さんの言っていることがわかりません」

「殴るわよ」

 ワインの瓶は立派な凶器である。


「……ねえ、あんた本当にわからないの?それともわかっていないふりなの?後者なら殺すわよ、前者でもそこの窓から突き落とすけど」

「どっちも死んじゃうような気がするのですが」

「恋敵が死んでくれたら言うことないわ」

 伽耶子さんは、ほれ、と瓶を差し出してきた。お相伴に預かり大変光栄ですが、グラス下さい。

「あーあ、さすがに失恋かあ」

 伽耶子さんはつぶやいた。


「なんでそんな風に思うんですか?藤織さんは単に仕事が忙しくて今日は帰りが遅くなるし、掛井さんも今日は忙しくてこれないからだ、って言ってました」

 旅行の時には犬猫は誰かに預けなければならないではないか、飼い主の責任である。

「だって今までだって、そう言う日はあったんでしょう。なんで今日だけ特別なのよ」

「それは」

 昨日キスしかけたからきまずんじゃないでしょうかと言いかけて止めた。しかしやめた意味がないのは、伽耶子さんが本当のこと言わなかったら殺すとばかりに見つめているからだ。


「……なんで藤織さんは私にキスなんてしたんでしょう」

 素で告白してしまいました。

「それを私に相談するあんたの意図がわからない」

 伽耶子さんはため息をついた。


「兄はあんたを気に入っているのよ。それがどの程度かは私もわからない。でも兄は、女の子に無駄に気を持たせるようなことはしないから、なにか有るとすれば兄としても相当あんたに好意を持っているということよ」

「そうでしょうか」

 まだ私一ヶ月足らずの藤織さんしか知らないのだ。


「兄は基本的にわりとソツがないのよ。口が悪いのは誰にでもだけど、大体の相手はあたりさわりなく対応して、気に入った相手にしか素の自分は見せないんだから。その代わり、とことん普通の相手には馴れ合わないけどね。大学の時だって、周り中があだ名で呼んでいても、絶対名前にさん付け。親しみっていうのを表現すると誤解されたり期待もたれて後が大変なんですって」

 あれ?じゃあ、ナベっていうのは……。

「それに、もっと相手に馴染んでくると手が出てくるわよ。本人はかるくじゃれているつもりみたいだけど、あのシャープな筋肉でポカリとかやられたらたまったもんじゃないわよね」

 ……あ、あの足のツボとかはどうなんでしょうか……。


「でも」

 伽耶子さんは不思議な事に嫉妬とは程遠い感情で私と話をしていた。

「それじゃあ兄は、今つらいでしょうね」

「どういうことですか?」

「バカなのね、あなた」

 藤織さんより厳しいです、伽耶子さん。藤織さんは「バカじゃないのか?」と一応聞いてくださいます。


「あなたが掛井と結婚しなかったら、兄は涼宮に引き戻されるかもしれない。兄は自由とあなたを今天秤にかけて悩んでいるんじゃないの。自分だけだったらともかく、兄がもしあなたを奪ってしまったら、掛井も困るわけだし。それにあなた、そもそも兄とはいとこにあたるのよ。それもあまり普通じゃないわね」

 妹なのに、本気で藤織さんに惚れている伽耶子さんにそんな常識的な御意見を頂くとは思っていませんでした。

「あなたが兄と付き合って、大喜びする人間は誰もいないのよ」

「……それなら伽耶子さん、もうちょっと自信もってください。ヤケ酒するにはまだ早いじゃないですか」


 藤織さんはバカじゃない。ちゃんと思案すれば、私と付き合うより伽耶子さんと付き合ったほうがよほどメリットあると気がつくのではないだろうか。そもそも私を女扱いしているところですでに出だしが間違っている。祭りの屋台で取ってきた金魚くらいの扱いが適切であるはずの私にだ(三日で死ぬよ)。


「でも、兄は誰かを好きになったらそう簡単に諦めはしないのよ」

 そういって伽耶子さんはまた立ち上がった。今度はキッチンに行って、冷蔵庫を開けると、あっという間にいくつかオードブル的なものを作ってしまった。

 そしてまたセラーから今度は白を一本とって来た。ていうか、瓶があっという間に空いたことが驚きでならない。


「どうするのかしら、兄は」

 伽耶子さんはソファに戻って着て呟いた。今度はさすがに手にグラスも二つ持っていた。一つを私の目の前に置いて、ワインを注ぐ。

 しかし恋敵であるはずの私が伽耶子さんのクダになぜ付き合うことになっているのだろう。伽耶子さん、相手間違ってます。

 困惑する私を前に伽耶子さんは言った。

「フォーナインて言葉、知ってる?」

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