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49  作者: 蒼治
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「誰?」

 嵐が来たのは翌々日だった。


 それは夕方だ。まだ掛井さんも藤織さんも帰ってきていない。私は藤織さんのキッチンで見つけた料理の本を片手に、基本中の基本であるカレー作りに取り組んでいた。材料は本日昼間、所用でこっそり出かけたついでで買ってきた。

 スケールを前に真剣に量を測る。

 分量自体はカレールーに記載されているが、こまごまとしたことがわからない。なるほどにんじんは皮をむいて食べるものなのか。


 ようやく材料を全投入し、後は煮込むだけである。飯ももうすぐ炊き上がるであろう。

 私が満足のため息をついたとき、玄関から物音が聞こえてきた。二人が来るには少々時間が早いような気もするが。

 そう思っていた時、乱暴に歩く足音が耳に入ってきた。


「ちょっと!居留守しててもわかるんだからね!」

 鈴を振るような綺麗な声である。

「なんで電話、無視するわけ?ふざけんな」

 発言で台無し。

 バタンと扉が開き、入ってきたのは声に相応しい女性だった。


 細い顎と透き通るような白い肌。涼しげな目元にほっそりとした四肢。流行の服をあっさりと着こなし気後れがない。一部のすきなく巻かれた胸元までの髪は日々の手入れの完璧さを物語る。


 私と同じ歳くらいだろうか。

 しかし似通っているのはそれくらいなものである。あとはもう違う、違いすぎる。未来人とネアンデルタール人くらいちがう(もちろん当方が葉っぱ着ていたほう、今着ていても違和感無しである)。

 彼女は私を見てぽかんとして言った。

「誰?」

 というわけで冒頭である。




「あのう……どちら様でしょうか……」

 というか、そもそもマンション入り口にはセキュリティロックがあるはずだ。玄関の鍵をかけ損ねていたのは私の過失にしても(藤織さんには極秘にすべき失態)。

「あんたこそ誰」

「私めは通りすがりのスライムとでも思っていただければ」

 なんかどろどろして触りたくない感じが瓜二つだと。


「あ、そう」

 納得していただき光栄至極。

「えっと……藤織さんのお知り合いでしょうか」


「藤織は私の兄だけど」


 ……あ、そうか!藤織さんも人の子だった。なんか違う生き物に時々見えていましたから、想像できませんでした。人の子なら兄弟姉妹がいてもおかしくない。

「で、兄はどこ?」

「お仕事です」

「そうか!」

 彼女は舌打ちした。


「あの道楽、まだやっているんだ……」

「教師はとても立派な職業でありますので、そのようにおっしゃるのは……」

「道楽よ、道楽。兄にはもっと別の向いている仕事がいくらでもあるんだから。何やってもできちゃうっていうのも考えものよね」

 彼女はリビングに入ってきて、バッグをソファに投げ出した。立派なブランド物バッグと思われますが、その行動が確かに藤織さんとそっくりです。

 ダイニングのテーブルに座り、彼女は言った。


「なんか飲み物くれる?ああ、ガス入りミネラルウォーターがいいわ」

「はっ」

 かしこまりました。そちら様は生まれついてのお嬢様だと思われますが、私だって生まれついての丁稚である、奴隷力なめんなよ。

 私は言われるがまま、冷蔵庫からそれを取り出した。藤織さんがわりときちんと買い置きしてしまってあるものだ。恭しくそれを差し出すと、彼女はありがとうとさらっと言って受け取った。


 その手には綺麗な指輪がはまっていた。かなりの大きさのエメラルドを使っていたけれど、年配のご婦人がつけるようなデザインではない。かといって、がっちりごついパンク系とも違う。どこが違うのかわからないけど、これなら若い女の子もつけたいと思うような可憐なつくりだった。

 他にも華奢なネックレスをしていた。まったく同じではないのに、指輪と対であることを思わせる気の利いたデザインだ。


 不思議とそんなノーミスの身なりだというのに、彼女は爪だけはいじっていなかった。もともと整っているのをさらに綺麗に整えてはいるけれど、ネイルアートと呼ばれるものは何一つない。

 その手が確かに藤織さんとそっくりなことに気がついてはっとした。


「ところであんた何者?兄の女?」

 横でぼんやりしていた私に彼女は声を掛けてきた。

「……ふふふふ藤織さんの女ということでしょうか」

「まあ男には見えないけど」

 男か……。

 …………。


 高校教師×議員秘書、そこに入り込んできた謎の青年……イイ!


 私が女でなくなるだけで、なんて萌えどころな展開に。もちろん私は美形青年に設定変更済みである。それはもちろん三角関係へと及び、アンハッピーどろどろシリアスになってもいいし、ポップなラブコメハッピーエンドでも悪くない。さすが藤織さんの妹君、言うことのセンスが抜群である。


 私がそんな妄想している間に彼女はじろじろと私を眺めていた。

「……あー。兄の趣味が入っているね。結構いじられたでしょう。もとがいいのに何も手を入れていない女みると、兄も黙ってみていられない性格だから。美人は努力!とか言い切っているからねえ」

 ちょっと座れば?と彼女は言った。ていうか手をひっぱられて横に座らされる。彼女は両手で私の顔をはさんで眺めた。何から何までこの兄妹、行動そっくりである。


「私だったらこうはさせないけどなあ……まあそこそこモテそうな風にはなっているけど、あんたの長所とかまだ生かしてないじゃない?」

 長所ありますか。(やばいよこのひと、見えないものが見える人だ)

「で、兄の女なの」

「すみません。違います」

「いや別に謝らなくてもいいから。でもそれじゃ兄の趣味じゃないか」

「どういうことですか?」

「わりと堂々としている女が好きだから、彼は」

「そうなんですか?」

 S極とS極は反発するものだとばかり思っておりました。


「根性座っている人とか好きみたいよ」

 座って……って、そんなもの、腰掛けてもらったことさえありません。

 しかし彼女のおっしゃることはいちいちごもっともである。そうか……なるほど、いろいろ無理であるということはわかった。

「でも兄はいつ帰ってくるのかしら。相談事があったんだけど」

「さあ、いつもまちまちな時間なもので」

「そう、教師も大変ね」

 彼女は立ち上がる。


「じゃ、戻ってきたら、私が来たって言っておいて」

「かしこまりました……ええと、差し支えなければお名前を伺っておいてよろしいでしょうか」

「ああ、名乗りもしなくて失礼だったわね」

 彼女はふっと笑う。乱暴で威圧的で、うわあ女藤織だ間違いない、と思われる彼女だけど、けして嫌な人ではないように思えた。


「私は涼宮伽耶子」

 涼宮……?

 なんでだ?なんで藤織さんの妹なのに、苗字が違うんだ?


「じゃ、また兄が居そうなとき見計らって押しかけるわ」

 伽耶子さんは立ちあがった。

 その時私ははっと思い出した。

 涼宮姉妹のことを。

 掛井さんがもともと結婚を望まれていた本来の相手。

 妹は22歳、今回の遺言にぶちきれて今は失踪中。

 姉は28歳、藤織さんいわく、凶暴……間違いない!


「あ、あなたはもしや、掛井さんの婚約者候補の涼宮姉!?」

「はあ!?なんで私があんなヘタレと結婚しなきゃいけないの!私と結婚できるのは、私を倒した男だけよ」

 それはなんという天下一武道会でしょうか。

「で、でもそうなんですよね」

「まあそういわれたけど」

 しったことか、と伽耶子さんは鼻で笑った。だめだこりゃ。確かに掛井さんの手に負える女ではない。でも彼女は間違いなく今回の騒動の事情について詳しい。どうしたらいいのだろうか。話を聞きたい。


 そのとき伽耶子さんの眉がかすかにひそめられた。

「……あなた、もしかして……渡辺寧子?」

 伽耶子さんが初めて目の前の女に興味を持ったようだった。

 その時、炊飯器がまぬけともいえる音で軽やかなメロディを奏でた。


「あ、あのですね!」

 私はその完璧極まりない美女に向かって精一杯の勇気を振り絞っていった。今なら言えるかもしれない。

 お友達になってください。

 ダメ、キモイ!


「カレー、食べませんか?」

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