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49  作者: 蒼治
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「掛井さん!」

 翌日も、私は藤織さんのマンションに軟禁状態だ。柱にくくりつけられて、涙ながらに足の指で鼠の絵を描いているわけではないが、先日ボッコボコにされた一件で、珍しく私も反省し、自主的にここに閉じこもっているわけである。命汚さについては私もかなり自信が持てる。

 掛井さんがやってくるなり私は問い詰めた。


「藤織さんが高校教師って本当ですか!」

 掛井さんはきょとんとして私を見た。

「藤織さんが言ったの?」

「そうでもなきゃこんなデマ信じられません」

「いや、本当だけど」

 いつから我が国はそんな無残な国になってしまったのであろうか。


 昨日はイタリアンでワインを二本空けて、さらに缶ビールを五本飲み干したのちだったので、うっかり深く追求しそこねてしまった。しかし藤織さんが教師であるなど、にわかに信じられるわけもない。

「化学の教師だよ。本人は『女子高校生なんて男子高校生の次に大嫌いだ、滅んでしまえ』とか言っているけど、わりといい先生やっているみたいだよ」

 掛井さんは買ってきた食品をキッチンのカウンターに置きながら話していた。

「女子高校生が嫌いなんて、残念な男ですね……」


 腐女子的には男子高校生が嫌いと言う時点でもっと残念だが。

 先生×生徒(逆でも可)、といったら、BLでも王道中の王道である。そんなおいしい設定だというのに、むざむざ一言で切り捨てるとはもったいないにもほどがある。化学準備室といったら、なんだかひっそりとしたイメージがある。そこへ純真な男子生徒が相談に訪れて、藤織さんに食われてしまえばいいのだ。

 あっ、化学の教師なら、スーツの上に白衣がお約束。一粒で二度おいしいではないか。


「まあ好きとかだったら問題あるよね。女子生徒からはきゃーきゃー言われているみたいだから。本人が積極的に拒絶しないと不祥事になっちゃう。藤織さんが誰か女性に流されるなんて考えられないけど。勤めているのは結構な名門私立高校だよ」

 女の話はどうでもいいのである。

 しかし、教師ってそんなに金回りいいのだろうか……?


「本人は別に働かなくても食べていけるくらいの資産はあるから、なんだかんだ言って仕事が好きなんだろうね。好きじゃなきゃ、深夜まであんな面倒くさい年頃の人生相談なんて聞いて上げられないだろう」

 一体何者なんだ、藤織さんは……。

 そういえばいつもシャツの袖に、白い粉がついていた。あれはヤクではなくて、チョークの粉だったのか……!


「さて、今日は何食べようか」

「あ、板長本日のオススメで」

「何、偉そうに言ってるんだ、こら」

 いきなり背後から頭をつかまれた。この人絶対バスケットボールを片手でつかめるに違いない。

「ふ、藤織さん!」

「あれ、今日は早いね」

 唐突に現れた藤織さんは、私の頭を握る。いたいいたい!なんでもしますから放して下さい。


「あのなあ、掛井。あまりこの女を甘やかさなくていいんだぞ。将来のことを考えたら、料理とかしてもらわなければだめだろう」

「うーん、でも俺、結構料理とか好きなんだよね」

「ナベ、お前料理とかできるのか?」

「私にさせるんですか……………………なかなかチャレンジャーだな……」

「おい、今小さい声で最後になにか言っただろう」

「いいえ。物事と言うのは、諦めたらそこで試合終了ですよ、という話です」

 私も今までいろんなバイトをしてきたので、頑張ればなんとかなる場合もあるかもしれないということは知っている。実現するかはさらに別問題として。


「それでは何がしか作ってみます。掛井さんは今日は何を作るつもりだったんですか?」

「あ、親子丼を」

 それなら聞いたことがあります。

 私は掛井さんに変わってキッチンに立った。




「なにか違うものを食べている気がする」

「別にまずいわけではないんですけど……おいしくも無いというか……」

「そうですね」

 私の作った親子丼を囲んでの感想である。大変微妙な食品になってしまい、犠牲になった鳥さんに対し、申し訳ない気持ちで一杯だ。


「料理が下手、という人間は存在するんだな」

 藤織さんはまじまじと私を見ていた。藤織さんの予想外な事が出来て、少々得意である。

「でもナベ、お前一人暮らしもしていたんだろう」

「あまり食べ物に興味がなかったもので」

「なくても毎日食べていただろう。常識的なものは作れるはずだ」

「母がいたころは食べてましたが、死んでからは毎日カップラーメンと、野菜食べないといけないかなと思うときは、キャベツ切ってレンジでチンして食べてました」


「……他は?」

 藤織さんの目が見開く。

「あまり食に興味がないんです。代わり映えしなくてもかまわないと思って」

 多分、太っていたころに、食への興味は一生分を費やしてしまったのだ。藤織さんも掛井さんも愕然として私を見ている。何食べても同じだし。

「……ナベちゃん、それはちょっともったいない人生だよ」

 なぜか悲しそうに掛井さんが言った。そんなものであろうか。


「よし、特訓だ」

「は?」

「こんな料理の下手な人間を、議員の妻にさせるわけにはいかないだろう」

 議員の、妻?

 あっ。

 そうだ、私、掛井さんと結婚するとかしないとかで、ここにいるのであった。忘れていた。


「……忘れていたな?」

「めっそうもない」

 私はもくもくと親子丼らしきものを食べる。

「いいか、週末はこれからずっと、三食ナベに作らせるからな。僕が横で教えてやるから!」

「よかったねえ、ナベちゃん。藤織さんにマンツーマンで教えてもらえる人間なんてそうそういないよ?」

 すごく嫌だと表情に込めてみたが、わかってもらえず大変遺憾。


「掛井」

 藤織さんが掛井さんを睨んだ。なまじ整っているだけに睨むと凄みがある。

「お前、実際どうなんだ」

「何が?」

「ナベのことだ」

 『うすらぼんやり』、私も掛井さんも、その言葉が似合う。ただし、掛井さんは既製品まあまあフィット、私はオーダーメイドジャストフィット級の誂えではあるが。(勝った!)


「どうかなあ……」

「お前、なんでそんな危機感ないんだ?涼宮の女と結婚しないと、お前後がないんだぞ」

「わかっているんだけど……」

「ナベじゃだめなのか?お前の最低限の条件に、ナベの胸が達していないとでもいうのか?結構大きく見えるがまだ不満なのか!」

 ……おや?

 私はなんとなく胸が痛いような気がした。小さい言われたせいじゃない、なぜなら実は私はそこそこあるからだ。いやそれならなおのことなぜ胸が痛いのか。


「いや、小さくても美乳ならいいんですけど、ってそういうわけではなくてですね」

 掛井さんがちらりと私を見た。そして穏やかに微笑む。

「……ナベちゃんはいい子だと思います」

「女としてどうなんだ。そこが一番の評価基準だろう」

 競り落とされるブタの品評みたいな扱いに、わりとマゾっぽい私は辛抱たまらん気持ちである。


「好きですよ?」

 なるほど。

 昨日、藤織さんが私を叱りつけた理由がわかるような気がした。まったく気持ちと違うことを言った時、他人にだってそれは薄々わかるものなのだ。


 藤織さんばかりが、謎の人だと思っていた。

 でも違う。

 掛井さんも、何か嘘をついている。


 私も掛井さんは嫌いではない。掛井さんが涼宮の女と結婚することで幸せになれるのなら、それは応援してあげたい。ただ私にも私の都合があって、なかなかそうはいかないけれど。

 でも。

 そもそも掛井さんは、涼宮の女と結婚したいと望んでいるのだろうか。

 藤織さんも何か思うところがあるらしく黙ってしまった。


 私も藤織さんも、掛井さんを応援している。でもそれを実現するための行動は三人ともちょっとずつずれがあるのではなかろうか。

 それはみんな本当のことを言ってないからだ。なんらかの大人の事情が、大人をもっと困らせている。

 藤織さんも掛井さんも、何かをごまかしている。

 

 それに。

 ……きっと私も本当のことを言っていないんだろう。

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