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49  作者: 蒼治
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藤織さんが連れて行ってくれた店はそりゃあすばらしかった。

 もうなんていうか、何もかもが突き抜けていた。おいしかったとか、そういう問題ではない、そう、沁みる!それだ。


 掛井さんは素朴な料理が上手だし、藤織さんは手早く気のきいたものを作れる。あ、私は簡単なものをつくれない事もないです。

 しかしやはりプロは違う。この鮮やかでそれでいて調和のとれた色使いの料理の数々にはもう土下座するしかありませんでした。

 店も、繁華街から一本道を外れたところで、ちょっとした高級住宅地のようなところにあった。こんなところに?と思う場所の小さな門をくぐると、ぱっと目の前が開けて、センスのいい庭園の先に、モダンな店構えがあった。


 店内はすさまじくゆったりとしたテーブル配置であったが、藤織さんは庭園が良く見えるという半個室に案内させていた。こんな店では水を頂くことさえ私にはもったいないほどだというのに。

 多分、イタリアンであろうと思うが、よくわからない。

 しかし私にしてみれば、イタリアもフランスも中国も言葉がようわからねえという同一カテゴリなので、料理も一緒で全然かまわない。

 日本語だって不自由なくらいだから、もうこの際和食も一緒でいい。世界は一つ。


 なんだかわからないが、私が今まで食べてきたなかでもっとも支払額がずば抜けていたと思われる食事をすませて店の外に出た。

 ごちそうさまでした、となるべく行儀よく言って、頭を下げると、藤織さんは珍しく、穏やかな笑顔を見せた。ちなみにいつもの笑顔は、触るもの皆傷つけそうな感じだ。


「こんなにしょっちゅう誰かと一緒に御飯を食べるのは、久しぶりだ」

 そうですか、私も基本的には一人でしたから、お揃いです。ほら遠足のお弁当の時間とか!


 夜の道を藤織さんと並んで歩く。

 藤織さんはものすごく気遣いができる人だと思うのはこんな時だ。全然足の長さとか違うのに、並んで歩けるのは藤織さんがゆっくり歩いてくれるから。会話らしい会話はない。でも気まずくない。

 本当は、もう少し繁華街の雑踏が遠ければいいのにとか思うくらいだ。でもこんな時に限ってあっという間についてしまう。

 週末だけあって、夜も更けてきた時間にも関わらず、人で随分賑わっている。そんな時、藤織さんの携帯電話が鳴った。


「ちょっと待ってろ」

 電話に出たものの喧騒に向こうの声が聞こえなかったらしく、藤織さんは路地に少し入って行った。

 その場所から離れても仕方ないと思うので、ぼんやり道のすみっこに私が立っていたときだった。


「……渡辺さん?」

 伺うような声がして、何気なく振り返った私は彼を見つけた。

 二度と会うまいと思っていた相手だ。

 しらばっくれてしまえばよかったのに、それができなかったのは、私の中のしょぼいわだかまりのせいだろうか。


 26歳、金無し職無し彼氏無し、おまけに腐女子。

 ほんとはそこに、彼氏いない暦=人生、とつけば鉄壁の布陣なのだが、実はそうではない。


 一瞬だけ。

 一瞬だけ彼氏がいたのだ。相手が私のことをどう思っていようとも。

 高校に入りたてだったころ、中学からそもそも友達の作り方とかわかっていなかった私はやっぱり浮いていた。

 思うように高校デビューなどできないものなのだ。

 で、それがちょっと悪い方向に転んで、結局私は女子連中から居ないものとして扱われていた。いじめなんでしょ、と一言でいえるがそこを言っちゃうとなんか折れてしまうわけだ。


 正直しんどいと思っていたけど、それもうまく消化できなくて。

 虫けらなりにいろいろ悩んでいたとき、優しくしてくれた同級生の男子が一人だけいた。

 結構かっこよかったのだ。進学校だったうちの中でも成績よくて、それなのにスポーツだって上手くて。確かバスケ部だったかな。

 何よりそつなくふるまえるその様が、本当に憧れだった。私と話をしながらも、他の女子からも反発をうけなかったのなんて彼ぐらいなものだ。皆から好かれていた。私も彼が好きだった。


 だから付き合おうと言われた時は、そりゃあ有頂天だったのである。バカが。

 正味三ヶ月くらいだったかな。それでもその間にデートしたり、お弁当作ってあげたり、処女じゃなくなったり、なかなか濃縮還元ジュースだったのだ。


 で、その彼が今、目の前に居る。

 私も驚いたが、彼も相当驚いてるようだった。相変わらず、なかなかの格好良さである。休日だけあって私服だ。ラフでそっけないけどそれが似合っていた。

「やっぱり渡辺さんなんだ」

 今更知らないふりもできず、私もためらいがちに言った。

「お久しぶりです」

 私が返事をしたことで、彼は俄然元気を取り戻してきた。


「元気?」

「ぼちぼちです」

「相変わらず言葉が固いんだね。昔と一緒だ。でもその他は見違えた。すごく痩せて最初は別人だと思ったんだ。さっきまで考えていたから、きっと思い出せていたんだと思う。でも本当に綺麗になってびっくりした」

 綺麗だとか彼は言う。昔はそんなこと、そういえば言ったこともなかったな。

「なんか、こんな風にあえてびっくりしたけど、嬉しい」

 そういってから彼は一瞬だけ目を伏せた。


「ああ、でも、渡辺さんは、きっとあの時のことを気にしているよね」

 気にしているわけじゃありません。ただ。


「俺、本当に悪いことをしたと思っている。ちょっとからかっただけで悪気があったわけじゃないんだ。あの時だって本当は渡辺さんを好きだったんだけど、皆からはやされて……」

 とりあえず、黙っていただけないだろうか。

 そんな風に思った。この人が昔の話をするほどに、どんどん封じ込めていたものが蘇ってしまう。忘れなければと思っていたことばかりが。


「あの、私」

 私が答えようとしたときだった。突然その道路に面した居酒屋のドアが開いた。はっとしたように彼は振り返る。

 その店から騒ぎながら出てきたのは、何人もの男女だった。年のころは皆同じくらい。

 その一つ一つを、信じられないくらい私はよく覚えていた。忘れたかったけど、忘れることもできなかったのか。忘却の能力さえ低い私は、鳥にさえ劣る。


 彼らは、私が途中でいけなくなった教室の面々だった。

 ……ああそうか、今日は同窓会だったのか。

 知らなかったなあ。


「あれ、ワタナベ?!」

 酔っているらしい女性が一人私を見て声をあげた。そこに潜む嫌悪感に気がつかない私ではない。でもそれだけじゃないな……なんだろうこれは、嫉妬心?……私ごときに嫉妬するくらいならもっと有効な使い道があるんじゃなかろうか。

「ちょっと、誰? ワタナベを呼んだの」

「誰も呼んでないでしょう。そもそも一緒に卒業してないし」

 彼女の不愉快そうな言葉に、もう一人が便乗してきた。


「じゃあなんでいるの?」

 彼女らはどんどん声が大きくなっていた。

「呼んだの?」

 彼にも誰かが詰め寄った。そして彼は少し青ざめ慌てて答える。

「まさか」

 ……ああ、結局。

 あの時とまた同じなのか。


 多分、彼を好きだったのだろう、彼女。

 私が教室の前で立ち聞きしてしまったのは、そんな二人と彼らの友人の笑い声だった。

『ねえ、ほんとにワタナベなんかを好きなの?』

 彼女たちは詰め寄るわけでなく、怒るわけでもなく、嫉妬するわけでなく、ただ、その言葉一つで私を侮蔑していた。そのとき彼に、別に胸をはって付き合っていると言ってほしかったわけじゃない。そこまで求めるほどうぬぼれてなかった。照れ笑いでごまかしてくれれば。


 教室で浮いている私と一緒にいることは彼にとって無駄な重荷にしかすぎないことはわかっていた。でもそのときの彼の言葉は想像を超えていた。

『別に。ただ、ちょっとからかったら、本気にされちゃっただけ』

 いまだにその言葉をちゃんとうまく解釈できない私は相当頭が悪いんだろう。


 ……それから彼は、私と彼の性行為について、面白おかしく語り始めたのだ。別に処女信仰なんてまったく無い私だ、そりゃネタ的に面白いだろうということは理解できる。私もシモネタ大好きだし、描いてるのエロBLだし。

 …………でも私だって、多分傷つく。

  そんで逃げ出したのがよくなかったのか。なんで今更リターンマッチ。


「なんで来たの、どこでこの会があるって聞いたの?」

 彼女達の追及はなかなか容赦ない。大丈夫だ、私。もっとつらいことはあの後にちゃんとあった。それに比べれば、大したことない。それにこんなことそのうち終わる。よし妄想の中で白旗でも作っていよう。

 遠くで別の男子が、まるで助け舟のように「カラオケ行くぞ」と言ってくれているが、彼女達は聞き入れない。早く行けばいいのに。


 彼女たちも、まるで私を庇わないこの彼も。

 なんなんだ、なんで私はこんなところに遭遇してしまったのだろうか。半年前ヤフオクでW7キャラの1/8スケールのレアフィギュア(関節可動)を破格の値段で落札してしまった反動なのか。

 ああ、早くここから出たい。


「ナベ」


 ふいに藤織さんの声がして、肩を引き寄せられた。

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