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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第四章 『白虎地区』①

『騎士団』の寮で使われる水は、大元の水道局から貯水タンクに送られ、そこに溜めたものを各部屋へ供給するといった形で賄われている。


 部屋が多いため、貯水タンクも当然共有である。

 例えば、一階から何回まで、あるいは、何号室から何号室まで、といったように分けられる。それによって、タンクの大きさも異なり、隊長職以上の部屋はすべて共有となっていた。したがって、六部屋共有のため、タンクはそれほど大きくはない。


「くそ、つぎからつぎへと……」

 尊が両手をポケットに突っこみ、クチャラーかと勘違いするくらい舌打ちを繰りかえし、全身から不機嫌オーラを発しながら言った。

「いい加減にしてくれる? いま何時だと思ってるの」

 律子が辟易したように言った。


「そのとおりだ」

 尊は我が意を得たりとうなづく。

「聞いたか征十郎。こいつはいま非常にいいことを言った。いま何時だと思ってる? 分かったら捜査なんて下らんことは他のやつにやらせて、俺をとっとと休ませろ」

「そうはいかねぇだろ」

 瀬戸が呆れた声を出した。

「そもそも、〝赤い液体〟が出てきたのはおまえの部屋なんだぜ。今回は、おまえは無関係ってわけじゃないんだ」

 尊はまた舌打ちをした。


「ああ、尊様。なんてお可哀想なのでしょう」

 そんな尊に、同情的な顔をして後ろから抱き着いている人物がいた。恵梨である。

「せめてわたくしが慰めて差し上げますわ」

 深刻そうな顔になって言う恵梨に、まえを歩いていた男が鋭い視線をむけた。

「中隊長、時と場合を弁えなさい」

 刀哉の斬りつけるような言葉に、しかし恵梨は嘲るように答える。


「あら、僻んでいますの? ずいぶん見苦しいですわね」

 すっと目が細められる。それだけで、首筋に刀を突きつけられたかのような、圧倒的な危機感が全身を支配する。

「時、ですか。時間的にはいい塩梅じゃありませんかねぇ」

 白い仮面をつけた男が下品なことを言った。恵梨は汚いものでも見るかのような一瞥のあと、白けたふうに鼻を鳴らした。


「深夜なのに元気だなおまえら」

 瀬戸が関心半分呆れ半分といった様子で言った。


 団長たちが使用している貯水タンクは、『騎士団』の寮の地下にある。

 彼らは現在、普段自分たちが使っている貯水タンクへむかっている最中であった。

 深夜にたたき起こされたにもかかわらず、彼らはいやそうな顔を一切していない。唯一しているのは、たたき起こした張本人――尊だ。

 尊が着ているのは騎士団士官学園の制服だが、これは着替える暇がなかったからである。一方、団長以下四名の『騎士団』は白い団服を着用しており、瀬戸はいつも通りのスーツ姿だった。


 瀬戸は貯水タンクのまえに立っている警察官に軽く挨拶し、一同はその中へと入っていく。

 そこはダムのような造りになっている。円形の、筒のような内部に、水を溜めるよう作られたものだ。足場に足を踏み入れると、中で待っていたらしい私服警察官が、瀬戸たちにあいさつをする。彼らは皆一様に、緊張した表情をしていた。瀬戸たちが来たから、ではない。


 起こった事態が、極めて異常なものだからである。


 警官から視線を下にするよう言われ、彼らは下を見る。そこで、瀬戸たちは緊張の意味を理解し、尊は自室で起こったことを理解した。


 普段は水が溜まっているその場所に、真っ赤な液体が溜まっていた。

 彼らはほぼ同時に、不快気な反応を示す。たまった液体の正体に、思い至ったからである。

 液体の中に、なにかが、浮いていたからだ。

 液体の真ん中で、まるで板のように浮いている、それ。

 それは紛れもない、人間だった。




 瀬戸や団長たちを現場に残し、尊と律子は一度尊の部屋へとむかった。凛香から事情を聴くためである。

 部屋では、凛香は朱莉や女性警官とともにいた。近くには私服警官の姿もある。律子たちが到着するまで、聴取は待つよう瀬戸が頼んでいたからだ。


「どうも。お待ちしてましたよ」

 私服警官が皮肉っぽい口調で言い、彼は高田たかだと名乗った。四十代後半と見える男である。

 律子も名乗ると、遅れて申し訳ありませんと極めて事務的な口調で言った。最低限の礼儀として、二人は握手を交わす。


「挨拶などどうでもいいだろう。どうせ、互いに互いの名前を覚えるつもりなどないんだからな。とっとと本題に入れ。俺を眠らせろ」

 要するに、尊が言いたかったのは最後の言葉だけだと思うのだが、ついでだと言わんばかりにもともと悪い空気をさらに悪くしてくれた。


「華京院さん、疲れてるところ悪いけど、いくつか質問してもいいかしら」

「鬼柳副団長。質問は我々が行います」

 律子の言葉に答えたのは凛香ではなく高田だった。彼は挑戦的な目で律子を見据えると、

「これは殺人事件です。あなたはご存知か知らないが、捜査というものは初動捜査がなにより肝心でしてね。この段階で、あなた方の色眼鏡はかえって邪魔になる。第一、あなたは元は国防部のかただ。ここはプロに任せていただきたい」


 感情を殺そうとはしていたようだが、その声色には隠し切れない愉悦と侮蔑の色がある。端的に言って、彼は律子を、いや、国防部――防衛省側の人間を見下しているのだ。

 律子とて、『騎士団』に引き抜かれた際、瀬戸から尋問や取り調べの方法は叩き込まれている。だが、ここで食い下がったところで面倒ごとにしかならない。高田がする質問から、必要な情報を整理すればいいだけの話だ。ここは、プロとやらに任せるとしよう。律子が肩をすくめて答えようとしたまさにそのときだった。


「フン、プロねぇ……」

 傲岸不遜に鼻を鳴らし、嘲るような低い声で言った少年がいた。

「では、そのプロに一つ訊きたいんだが、貴様どうして今回の件を殺人事件だと思うんだ?」

 高田の視線が尊に移る。その目に、すっとバカにしたような色が浮かんだ。

「考えるまでもなく、明白だからだよ。貯水タンクの隅が真っ赤に染まるほどの出血をしているんだ。こんなところで自殺をする人間がいるとは思えない。常識的にも、また現実的にも、これは殺人事件としか思えないだろう?」


「なるほど」

 尊は一度納得したようにうなづいたものの、

「まだなにも調べていないのに、貴様の下らん色眼鏡で物事を判断してもいいのか? 事件の捜査は初動捜査が大事だぞ」

 ここで、高田は尊がどういう人間かを察したらしい。白けたふうに鼻を鳴らした。

 尊の悪評は様々なところに轟いているのだろう。これ以上尊との会話を続けなかった高田はなかなか有能だった。


「では、華京院さん、これからいくつか質問をしますので、答えてください」

「はぁ、どうぞ」

 凛香がすこし緊張した様子で答えた。それは高田がいるからというわけではなく、尊によってまた不毛な争いが長々と繰り広げられるのではと危惧していたためだ。


 高田による質問は、しかし芳しい成果は得られなかった。当然といえば当然である。凛香は蛇口をひねったら、〝赤い液体〟が出てきたと供述し、またそのとおりであった。

 凛香にされた質問は、刀哉をはじめとする『騎士団』幹部においても行われた。あの遺体がいつからあそこにあるのか、特定するためだ。


 凛香がシャワーを浴びようとしたのが零時十分ごろ。それ以前に水を使ったのは、午後九時に浴室を使用した恵梨が最後であった。そのときにはなんら異常は見られなかったという。

 つまり、あの遺体がタンクに遺棄された、あるいは自殺だとしても、推定時刻は恵梨が浴室を辞した十時から十二時十分までの二時間十分ということになる。これ以降は、遺体を解剖しなければ特定のしようがない。

 質問を終えた高田は、凛香にはまた事情を聴くことがあるだろうと言い、なにか気になることを思い出した場合は自分に連絡をくれと名刺を渡した。


 結局、もう夜も遅いということで、その場は解散となった。

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