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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第三章 華京院凛香という少女⑥

 結局、二人は床で寝ることにした。布団についてだが、ひょっとしたら律子が自分のものを持ちこんだりしていないかと思ったが、尊曰く、彼女はここで寝たことはないらしい。正直、これは意外だった。


 押し入れの中に、予備の布団があったので、それを使わせてもらうことにする。リビングのソファーを隅に移し、その真ん中に置いてあった足の低い机も移動させ、そこに布団を敷いて寝ることとなった。布団は一つしかなかったため、二人は一つの布団に一緒に寝ることになる。

 最初、朱莉は「私はソファーで寝るから」と申し出たのだが、凛香が「それでは私がゆっくり眠れない」と言ったために、二人は一緒に寝ることとなった。


「やはり、二人だとすこし狭いな」

「そうだね……私、やっぱりソファーで……」

 朱莉は布団から出ようとすると、凛香は慌てたように言った。

「い、いや、すまない。そういう意味で言ったんじゃないんだ」

 凛香は困ったように頬をかき、

「普段私は一人だからな。こうしてだれかと一緒にいると、不思議な感じだ」

 自らの失言を糊塗するように、凛香は言う。


「美神。君はよく柊と一緒にいるみたいだが、やつはいつもああなのか?」

「うーん、まあね。大体あんな感じだよ」

 朱莉はたいして辟易した様子もなく言った。すると凛香は、呆れたように息を吐く。

「まったく、よく我慢できるな。私は今日一日一緒にいただけで、いやになったぞ」

 だろうね、と思った朱莉だが口には出さなかった。


 たしかに、尊は、傲岸不遜で自分勝手、皮肉屋で毒舌家。彼を悪く言う人間はいても、よく言う人間はそうそういない。

 だが、それでも、自分が尊に助けられたことも、また事実なのである。それがあって、朱莉にフォローするための口を開かせようとした。


「でも、尊くんも……」

 あれで悪い人間じゃない、とか、ただ偉そうなだけじゃない、とか、そのようなことを言おうとしたのだが、ここで彼女の脳裏に、いままでの出来事がフラッシュバックした。

 例えば、自分と初めて会ったとき、偽善者だとか好き勝手なことを言われたことや、『君主』の宮殿で、いろいろな人間に対して行った傍若無人な態度。玄武地区で言い放った〝独裁者気取りの天然記念物〟……などといったことだ。それが彼女に、口を開かせるのをためらわせた。


「まあ、そのうち慣れると思うよ」

 結局、フォローでもなんでもない言葉を口にする。

「慣れか……」

 凛香は口のへの字に曲げ、疲れたようにつぶやいた。これからのことを想像して、なにもしていないのに辟易しているのだろう。だれもが通る道である。


「まったく、兄さまとの一件といい、あいつがなにを考えているのか、さっぱり分からん」

「大丈夫だよ」

 声色の奥底に、不安を感じ取った朱莉は、やさしく声をかけた。その声色には、聞く者の心を安らかにする不思議な力があった。

「たしかに尊くんは、まあかなりの変人だけど、それでも意味のないことはしない人だよ。尊くんがお兄さんを挑発したのなら、きっと意味があるよ。もちろん華京院さん、あなたのことも」

 それだけは、ハッキリと言えることだった。


 その言葉に、凛香はよほど驚いたらしい。いままで天井を見ていた顔を横にむけ、朱莉の横顔を見る。朱莉が横をむくと、すぐそばに凛香の顔があった。

 白い肌。小作りで、目鼻立ちの整った顔立ちに切れ長の瞳……。おない年とは思えない大人びた雰囲気を持つ。かわいいというよりは、美人という言葉が似合う少女。この少女もまた、自分とは違う状況で、いままで戦ってきたのだ。すこしでも、凛香の肩を軽くすることができれば、そう思っての発言だった。


「そうか。君がそこまで言うのであれば、きっとそうなんだろうな」

 そこで凛香は、ちょっと笑って見せた。大人びた〝仮面〟が剥がれ落ち、年相応の少女の顔が現れた。

「美神。もしよければ、君の話を聞かせてくれないか」

「私の?」

 予想外の言葉に、朱莉は目を瞬いた。


 そう言われて、しかし朱莉は困ってしまう。いままでも、こうして身の上を訊かれるようなことは何度かあった。しかし、朱莉の経歴は極めて特殊なものだ。孤児院に関してもそうだが、出生に至っては機密事項として扱われている。病院に入院している理由さえ、事情が事情だけに難く口止めされている。したがって、現状、朱莉の立場を知らない人間に身の上話をすることは困難であった。

 もっとも、こうした事態も当然考慮されている。いちおう、彼女にはこうした場合の〝対抗策〟が伝えられてはいた。


 しかし、凛香は、おそらくは自分を信頼して過去を話してくれたのだ。それなのに、自分はそれに答えなくていいのだろうか?

 すこし考えるも、結局、朱莉は心中で首を横に振る。

 だめだ。やはり話せない。話せば、自分が困るわけではない。いろいろな人に迷惑がかかるし、凛香にだってそうだ。

 仕方なく、朱莉は〝対抗策〟……瀬戸から伝えられた〝カバーストーリー〟を話すことにした。


 曰く、両親と自分は『危険区域』で『フレイアX』から隠れて暮らしていた。自分たち以外にも何組かの家族がおり、全員で協力しつつなんとか暮らしていたものの、あるとき『フレイアX』の襲撃を受けた。家族やほかの人たちは殺され、自分も殺されかけたが、あわやというところで『騎士団』に助けられた。身寄りがなくなった朱莉は、そのとき居合わせた『騎士団』の人間に騎士団養成学園の試験を受けるよう持ちかけられる。結果、特に優秀な成績を収めたため、二次試験者にもかかわらず、特別に入学を許可された……といったものだ。

 そのようなことを、朱莉はときどきわざと言いよどみつつ、しかし問題なく答えた。


 伝えられた後、暗唱することはもちろん、何度も練習をさせられたのだ。だれが聞いても違和感を待たぬよう、こと細かに、繰りかえし繰りかえし覚えさせられた。まさしく、微に入り細を穿つように。

 なにせ、その話しかたまで指導されたのだ。尊が呆れたように肩をすくめ、律子が同情的な視線をむけるほどに徹底した〝教育〟だった。こうして話していると、これが本当の自分の過去なのではないか、と疑わしいほどだ。


「そうか……そんなことが……」

 話を聞き終えた凛香は、朱莉に同情的な視線をむけた。

「君も大変な思いをしたんだな」

「う、うん……まあね」

 凛香の顔は真剣で、本当に朱莉を想ってくれているのが分かる。一方朱莉は、心の中では引きつりつつ、しかし笑みを浮かべるしかない。親身になってくれている凛香のことを考えると、心が痛んで仕方がなかった。

 じつはな、と凛香が言った。


「私の母様は、私がちいさいときにお亡くなりになっている。だから、大切な人を失う悲しみは、分かっているつもりだ。

『気持ちは分かる』などという言葉は軽々しく言いたくないが、それでも、話を聞くくらいのことはできる。だからその、なんだ……」

 そこで凛香はごにょごにょと言葉を濁した。どうしたんだろう、と思っていると、

「もしなにかあったら、私に話してくれて構わないからな。きちんと力になれるかどうかは、分からないが……」


 いままで視線をまっすぐにしていた凛香だが、所在なくさまよわせ、ちょっと上ずった声で言った。暗くてよく見えないが、頬が赤く染まっているように見える。

 これはひょっとして、緊張……しているのだろうか?

 そう思うとなんだかおかしくて、ぷっと吹きだしてしまった。


「ど、どうしたのだ? 私はなにかおかしなことを……」

 慌てた様子の凛香に、朱莉は「うぅん」と否定する。

「ごめんね。そういうわけじゃないの」

 とくに理由はないのだが、朱莉は凛香のことを〝大人びている〟と思っていた。だがなんてことはない。凛香も、自分とおなじ一人の少女に過ぎなかったのだ。


「ありがとう、華京院さん」

 なにより、凛香は本当に自分のことを考えてくれているのだ。それがとてもうれしかった。

「じゃあ、ちょっとお話してもいい? 私のお母さんのこと」


 そう言って、朱莉はすこしだけ話し始めた。自分のとても大切な、母親――星野祥子について。

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