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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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『危険区域』③

一つの教室に四十名の生徒たちが一堂に会していた。この生徒一人一人が『騎士団』の卵である士官候補生たちだ。


「みなさん、おはようございます。早速ですが、報告したいことがあります」

 律子は壇上から士官候補生たちを見渡して言った。

『騎士団』の副団長、そして学園の実技最高責任者を兼任する彼女だが、今年は尊のクラスの担任をも任されている。

 それはひとえに、彼女が『有能』であるからだ。

 鬼のように強く、ときに優しく、ときに厳しく団員たちを律するその姿に憧れる者は多く、“紫電の鬼”の異名を持つ彼女の下についた者は、彼女を敬い付き従うと言われている。


「今日からこのクラスに、二次試験に合格した生徒が、新たに増えることになりました」

 騎士団士官学園では、毎年、二次試験も行っている。二次試験の合格者は、望めば学園に通うことが可能だ。ただし、それは一番優秀な成績を収めた上位の受験者に限られる。

 事故により、一次試験での合格者が四十名に満たなかった場合の救済措置だが、このシステムが行使されることは滅多にない。一次試験の合格者が、四十名に満たない場合がほぼないからだ。それは今年も例外ではない。

 尊のクラスも、総勢四十名。二次試験者の入り込む余地はないはずだが――。


「今回の二次試験者は、特に優秀な成績を収めたため、特例として、クラスに編入させることとなりました。じゃあ、入ってくれる?」

 最後の言葉は、廊下に立っている人物に対してのものだ。

 ガラリとスライド式の扉を開けると、一人の少女が入室する。

 色素のうすい髪を肩まで伸ばした少女だ。

 小柄に見えるのは、同年代の生徒と比べて華奢な体つきをしているからだろう。

 壇上から尊たちを見る表情は、あどけなさを残しているものの、どこか大人びている。

 昨日尊が助けた少女、朱莉だった。


「自己紹介してくれる?」

 朱莉は律子の言葉にコクリとうなづく。

「はじめまして、美神朱莉です。いままで『危険区域』にいて、まだこっちの暮らしには慣れていないので、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、これからよろしくお願いします」

 そう言って頭をさげる姿は流れるようにきれいだ。緊張している様子などは、すくなくとも表面上では感じとれない。

 聞くものに不思議な余韻を与える言葉だった。

 生徒たちの間からも、思わずおお、という声が漏れる。

 昨日とおなじ様子をみせる朱莉を、尊はつまらなそうに一瞥する。


 もっとも、『危険区域』の人間がこの学園に入るのは、なにも珍しい話ではない。なぜなら、入学希望者のおよそ九割が『危険区域』の人間だからだ。

 その理由は、騎士団養成学園と『騎士団』が全寮制であることが大きく関係している。

 つまり、学園に入学することができれば、『フレイアX』の跋扈する『危険区域』から抜けだし、文字通りの『安全地帯』で安定した生活ができるようになり、『騎士団』に入団することができれば、それはさらに盤石なものとなる。

『騎士団』で活動し、給料をもらうことができれば、家を買って『危険区域』で暮らす家族を『安全地帯』に呼び寄せることも可能となる。

 士官候補生に対しても、毎月最低限の生活費が支給されている。

 騎士団養成学園の入学希望者が多いのはそのためだ。


 しかし、大きなメリットは、同時にデメリットも含んでいる。

 この場合は、卒業率だ。

 この学園の卒業率は、およそ九十七パーセント。つまり、士官候補生たちの三人に一人は死亡しているのだ。実習中、あるいは実戦中に。

 入学試験での実習で、けがをする者や命を落とす者もいる。

 それが学園の暗部でもある。にもかかわらず、入学希望者が絶えないのは、それだけ『危険区域』の人間が『フレイアX』を恐れ、現状に不満を持っているからにほかならない。

 相変わらず、闇が深い、と尊は人ごとのように思う。


「じゃあ、美神さんはあそこに座ってちょうだい」

 と律子が不自然に空いていた尊の隣の席を指さす。

 不満そうな視線を律子に飛ばし、減らず口を叩こうとしたそのとき、

「よろしくね、柊くん」

 いつの間にか隣に来ていた朱莉がニコリと笑いかける。

 一瞬だけ視線をむけるも、機先を制された形となったためか、興がそがれたようにそっぽをむき、呼びかけに答えることはなかった。

 朱莉も、もう昨日で尊の性格を学んだのか、あるいは律子から聞いたのか、特に気にした様子もなく着席した。




 それにしても、なぜ朱莉はこの学園に転入してきたのか。

 朱莉はこの学園の試験を受けてはいないはずだ。すくなくとも、特例をつくるほどの成績を収めた受験者がいた、ということも聞いてはいない。

(いったい、なにを考えている……?)

 尊の疑問を知ってか知らずか、壇上では律子が『騎士団』についての講義をしている。

「私が所属している――つまり、あなたがたが卒業後に入団する『騎士団』は、小隊、中隊、大隊、連隊からなり、それを指揮する各隊の隊長、そしてそれらを統率する団長、団長を補佐する副団長により組織されています」


 チラリと隣を見ると、朱莉はじつに真面目そうな顔で律子の話をきいている。

「われわれ『騎士団』の役目は、『フレイアX』を討伐すること。そのために使用しているのは『銀狼』と呼ばれる武器です。これは、中央省が『ダークマター』をベースに開発した、『ナノマシン』と呼ばれる微粒子レベルの物質により構成されています。それにより、『銀狼』は様々な力を使うことが可能となりました。空気中に目に見えない形で『ダークマター』が漂っていることは、みなさんご存知かと思いますが、『銀狼』はこの空気中の『ダークマター』を操るタイプと、『銀狼』内の『ダークマター』を操るタイプの二種類があります」

 ここまでは、この学園に志願した者なら、まして、厳しい試験に合格した士官候補生たちであれば、当然知っていることだ。

 つまり、これは朱莉のためのおさらいなのだ。


「知ってのとおり、『フレイアX』は強大な敵です。隊長職以上の団員であれば単独で倒すことも可能ですが、基本的には隊列を組んで闘うこととなります。

『フレイアX』については、まだ謎が多く――」と、ここで尊がふんと鼻を鳴らした。「中央省や『騎士団』でも日々研究が続けられています。ただ、以前捕らえた際、実験室に閉じ込め、真空状態にしても殺すことができませんでした。このことから、『フレイアX』は『ダークマター』を酸素として取り込むことができると考えられています。『ダークマター』は、『フレイアX』に唯一干渉することのできる物質であり、発生時から今日にいたるまで、いかなる手段を用いても取り除くことができませんでした。故に、『フレイアX』を倒すには、『ダークマター』を用いる以外にないということです。

 そのために私があなたがたに求めることは、まずは『銀狼』を自分の体のように使いこなすこと。そして、それを可能とする体をつくることです。しかし、『銀狼』は強力な武器でありますが、一歩間違えれば自身を傷つける諸刃の剣。決して無茶な使いかたをしないことを約束してください」

 うつむいてしまう凛香。さきほど尊に突っかかっていたために、律子は釘を刺したのだろう。

「理想は『銀狼』を使いこなし、多彩な技と知識で敵を圧倒すること。その知識を、この講義で学んでいただきます」

 前置きを終え、本題にはいろうとしたところで、尊がバカにしたように鼻をならした。

「知識を講義で学ぶだと? フン。知識というのは、自分で調べ、それを自らが納得できる形に価値観として落としこむからこそ価値が出る。決して一朝一夕に手にできるものではない。それをテストの答え合わせでもするように、解答だけ与えてどうする?」

 出鼻をくじかれた律子は、もはやため息すら出ないと言った様子で尊を見る。


 教室もざわめきはじめる。律子がよくとおる声で言った。

「柊士官候補生、意見があるなら挙手にて願います」

「フン、貴様がどんな講義をしようが勝手だが、この俺にムダなことはさせてくれるな」

「柊ッ! 貴様、また教官にむかって無礼な……」

「黙れ小娘。俺は負け犬には興味がない」

「なんだと……」

 バン、という大きな音が聞こえたのはそのときだ。

 驚いた生徒たちが目をむけると、それは律子が教卓を叩いた音だと分かった。


「うるさい。いまは講義中よ。静かにしてちょうだい」

 ここ数日の『フレイアX』侵入による副団長としての職務、そして学園での仕事と尊のお守り、彼女のストレスは限界に達していたらしい。

「華京院さんも、尊にかまっちゃダメ。疲れるだけだから」

「は、はい……」

 律子の静かな怒りに気おされたのか、凛香はすごすごと引き下がる。


「いーい、尊? 物事には順序ってものがあるの。言ってることはお説ごもっとも。知識だけ与えても意味はないわ。そうじゃないの。あんたの言う知識と私の言ってる知識は違うのよ」

「ほう、どう違うんだ? ぜひとも、ご教授願いたいものだな」

「私が言ってるのは、あんたの言う知識を身につけるための練習、頭の使い方みたいなものよ。ここにいる間は、とにかく考えてもらう。答えは二の次三の次。お分かりいただけたかしら?」

「フン、要するに参謀養成を兼ねているのだろうが、おなじことだな。頭の使い方をおぼえたところで、実践できる者はすくないだろう。なにも全員にやらせる必要はない。できるやつとできないやつをふるいにかける他あるまい」

「それだと意味ないのよ。『騎士団』に入る以上、与えられた教育課程を全員が合格ラインを上回ってもらわないとね」

「ならば、退学にすればいい。所詮、器ではないということだ。そのほうが、本人のためにも『騎士団』のためにもなると思うがな」

「勝手なことを言わないでちょうだい。だいたい、それを決めるのはあんたじゃないでしょ?」

「中途半端なやつが小隊に入るようでは困る、と言っているんだ」

「なら、あんたができるように教育してやりなさい」

「だから、教育するためにできないやつを篩い落とせ」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「そう怒るな。また小じわが……」

「しわの話はしない!」

「あ、あのー」

 律子が、ふたたび教卓を威圧的にたたいたときだ。遠慮がちに、おずおずと手が上がる。


 律子と尊、さらにはクラスメイト全員の視線をうけながらも、朱莉はゆっくりと発言する。

「教官、すこし落ち着いては……いまは講義中ですし……」

 やわらかな、聞く者を落ち着かせる不思議な声だった。

「柊くんも、そういうことは、ここで言わないほうがいいよ?」

 尊に対しては、聞き分けのない子供に言い聞かせるような物言いだった。

「そうね。ここで言い争っても仕方ないし、講義を進めましょうか」

 自嘲気味に言う律子。つい熱くなってしまった自分を恥じているようだった。

 対する尊は、反省した様子など微塵も見せずに、白けたように朱莉から視線をそらす。

 やはり、尊は朱莉のことが嫌いだ。

 この少女を見ていると、どうにもイライラして仕方がない。

 理由ははっきりしているが、だからこそどうしようもなかった。

 なにも自分からストレスを溜める必要もない。

 尊は目をふせると、今日は唯になにを買っていくかを吟味し始めるのだった。




 ――さて、さっそく唯に会いに行こう。

 講義中に決めたお土産リストを脳内で再生しながら、尊が立ちあがったときだった。

「ちょっと待ってくれるかしら。柊士官候補生」

 聞きなれた声に制され、尊は顔をしかめて舌打ちしてみせる。

「なんだ、鬼柳教官」

 皮肉山盛りの尊の言葉に、律子は眉ひとつ動かさない。いまのはあいさつみたいなもの。この程度に辟易するようでは、到底この少年と付き合うことなどできない。


「用があります。ちょっと付き合ってちょうだい」

「断る。さらばだ」

「悪いけど、これは命令よ。つき合いなさい」

 歩きだそうとする尊の肩をつかみ、今度は朱莉に目をむける。

「ごめんなさいね、美神さん。じゃあ、行きましょうか」

「はい」

 尊と違ってあまりに素直なその言葉に、律子は感動してしまう。


「なぜここで言うんだ。別室に呼びだせばいいだろう」

「そんなことしたら、あんた無視して帰るでしょ?」

 図星をつかれた尊は、不機嫌そうに鼻をならす。

「今度はいったい、なんだと言うんだ? 茶番につき合うのはごめんだぞ」

「茶番じゃないわ。これは『騎士団』としての仕事。私は副団長として命令しているの」

「命令か。フン、偉そうなことだ」

 などと、この世で一番偉そうな人間が言う。

「まあいい。仕事は仕事だ。最低限はつき合ってやる」

 と傲岸不遜に言い放つのだった。




 十五年前のウイルス蔓延により、日本は二つの区域に分けられた。

『危険区域』。

 ウイルスによって誕生した怪物、『フレイアX』が自由に跋扈する無法地帯。中央省より、ひとたび立ち入れば生命の保証をしかねる、とされている場所だ。

 その一角に、尊たちは足を踏み入れていた。

 朱莉にとっては昨日まで過ごした、律子にとっては任務で何度も訪れた、そして、尊にとっては五年前まで生活していた場所だ。


 倒壊したビルに、めくれ上がった地面。かろうじて建っているビルも、窓は割れ、塗装は剥がれ落ち、ツタがからみついている。まるでここだけ時間から取り残されたような、そんな錯覚を覚える。『安全地帯』とはまったく違う場所だった。

『危険区域』の住人たちは、『安全地帯』の住民である尊たちを見つめている。それは、好意的な視線では決してない。

 うらめしい、妬ましい、といった、敵意さえはらんだ視線だ。


『騎士団』の二人はその意味を理解しつつ、朱莉は彼らに同情しつつ、それぞれ無言で歩を進める。花束をにぎる朱莉の手に、思わず力が入る。三人は、やがて待ち合わせ場所についた。

『星野孤児院』。

 つい昨日まで、朱莉が暮らしていた家だ。

 その門のまえに、二人の人間が立っている。一人は丹生、もう一人は中折れ帽子をかぶった五十代と見える男だ。

 痩身痩躯。長い髪を後ろになでつけ、ブランド物のスーツを着崩している。ほりの深い顔。無精ひげも伸びてはいるが、不思議とだらしないという印象は受けない。一見するとただの会社員のように見えるが、その目に宿った強靭な意志の力がその印象を裏切っている。

 すこし離れた場所には、立ち番をしている『騎士団』の団員が二人いた。


「お待たせして申しわけありません、瀬戸警保局長」

 律子が一礼する。

「なに、気にするな。俺たちもいま来たところだ。なあ、丹生ちゃん?」

 瀬戸はそう言うと、軽く手をあげた。

 急に話をふられた丹生は、びくりと体を震わせぎこちなく「は、はい」とうなづく。

「尊。元気にやってるか?」

 仲のいい友人のように、気さくに話しかけてくる。

「フン。征十郎、貴様いままでどこに行っていたんだ? おかげで俺が仕事をするハメになったぞ」

「仕事ぐらいしろよ。若いときの苦労は買ってでもしろっていうだろ?」

「仕事をしない上司を参考にしているんだ。貴様が働けば俺も働いてやる」

「官僚にはいろいろあるんだ。仕方ないだろ」

「またそんなこと言って……どうせ遊んでただけでしょう。苦労するのは私たちなんですから、もうすこしちゃんとしてください」

 律子の切実な言葉に、瀬戸は申しわけなさそうな顔をつくる。

「悪かったよ。これからは、もうすこし頑張るさ」

 芝居がかったしぐさで言うと、そのまま朱莉に目をむけた。


「君が朱莉ちゃん? いやあ、写真で見るよりだいぶかわいらしいねえ。初めまして、瀬戸です。いちおう、あの学園の学園長をやらせてもらってる。よろしくね」

 笑顔で手をさしだす瀬戸。対する朱莉も笑顔をかえす。

「美神朱莉です。こちらこそ、よろしくお願いします」

「丹生ちゃん、きみもご挨拶」

 秘書に目をむけると、恐縮した様子でぺこりと頭をさげてくる。

 その様式美のような流れを、尊は冷めた目で見た。

「挨拶が済んだならとっとと本題に入れ。俺は忙しいんだ」

「おいおい、無粋なやつだな。まあ、いいや。じゃ、丹生ちゃん、行こうか。鬼柳ちゃんたちもおいで」

 そう言って、団員に軽く挨拶をすると、孤児院の中へと入っていくのだった。

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