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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第一章 『英霊館』殺人事件③

 美術館を出てすぐのことだった。尊たちは一人の男に呼び止められた。


 園崎(そのざき)と名乗った男は、ここ〝ファンシーパーク〟の園長であるらしい。彼の後ろには、おなじく職員と見える男が二名いた。

「挨拶が遅くなって申し訳ありません。お食事は済みましたでしょうか? まだでしたら、ぜひ私たちとご一緒しませんか?」


 ニコニコと笑みを浮かべた彼らの目的は明らかである。言うまでもなく、案静と綾辻へのゴマすりだ。

 それは分かるが、これはいい手段とは言えないのではないだろうか。自分たちはともかく、明香は人見知りが強いようだし、逆効果なのではないかと唯は思った。案の定、明香は身を縮こまらせている。

 これに対し、いちはやく口を開こうとしたのは尊である。それが皮肉を言うためであることは簡単に分かった。

 それを制そうと口を開きかけた唯だったが、それよりもはやく、園崎が二の句を継いだ。


「じつは、もう食事の準備もできているのです。案静様や綾辻様にはいつもお世話になっておりますので、ぜひご馳走させていただきたいと思いまして」

 丁重に断ろうと思っていたのだが、さきに逃げ道を防がれてしまった。ここで皮肉っぽく鼻を鳴らしたのは、もちろん尊である。

「そのためにわざわざお出ましとはね。まったく勤勉な話だ。頭が下がるよ」

 ふんぞり返って言ったかと思うと、面食らった様子の園長以下二名を差し置いて、にやりと笑ってこう続けた。


「まあいい。せっかくだ、ご相伴にあずかるとしよう。こんな無意味なことはとっとと終わらせるに限る。それがお互いのためだ」

 どうせ断れないのであれば、さっさと終わらせようという考えらしい。いちおう、綾辻の世話になっている身なので、最低限、顔は立ててやるつもりのようだ。


 尊たちが通されたのは、〝ファンシーパーク〟内にあるレストラン……そこのいちばん奥の個室だった。

円卓の上には、料理が所狭しに並べられていた。机を囲んでいるのは、園崎のほかに、副園長に広報担当者、そして尊たちの計六名だった。


「いかがでしょう、〝ファンシーパーク〟は。お楽しみいただけていますかな?」

 園崎が相変わらずの笑顔で訊いた。

「はい。おかげさまで。とても素敵なところですね」

 そう答えたのはもちろん唯である。こういった状況では兄は頼りにならないし、明香は相変わらず縮こまっている。

「ありがとうございます」

 園長が言って、

「案静様には、資金面では本当にお世話になりまして、あの人なくして〝ファンシーパーク〟完成はあり得ませんでした。

 綾辻様には警備員などの斡旋など、人材面でお世話になりまして……」

 副園長がまるで讃美歌のように、小綺麗な言葉を並べたてた。


 綾辻は元警視庁幹部であるらしい。引退した警察官が現役時代の人脈を利用して警備会社を開くことがある、といった話を、唯は瀬戸から聞いたことがあった。そういった会社に、ツテでもあるのだろう。

 それから広報担当者も加わり、彼らは判で押したように案静と綾辻に対する感謝の意を述べた。尊や明香が一切反応を示さないため、唯は一人でその話を聞いていたわけだが、やがて尊がうんざりしたように手を振って言った。

「貴様らここになにしに来たんだ? 俺は食事をしに来たんだ。貴様らのおべんちゃらを聞くためじゃない」

 尊の物言いに、今度は園崎はひきつった笑顔になった。


「おべんちゃらだなんてそのようなことは……私共は本当に、案静様と綾辻様には感謝しているのです」

 園崎に同意する副園長と広報担当者も、困った顔で相槌を打っている。しかし、尊は変わらずふんぞり返ったまま、軽蔑したように鼻を鳴らすばかりである。

 それを見て、唯は三人を不憫に思った。彼らは、媚を売る相手を間違えた、と言わざるを得ない。案静と綾辻から直接連絡を受け、彼らはこうしてやってきたのだろうが、それは徒労に終わりそうである。

 尊の言う〝おべんちゃら〟……媚売りが大きな目的であることはたしかと思うが、なんせ相手は柊尊。彼はこうした修二疑問文がなにより大嫌いなのだ。言うならばこれは、ババ抜きでジョーカーを引かされたようなものである。


「そうかしこまるな。心配せずとも、貴様らのことは連中にしっかりと言っておく。俺にも良識くらいあるからな」

 このとき、明香がちょっと驚いた顔で尊を見た。

「は、はあ……」

 園崎がいよいよ言葉に詰まったときだった。副園長の携帯電話が鳴った。これは園内で使われる、職員の連絡用の電話だった。

 副園長は一度退出するも、しかしすぐに戻ってきた。


「どうした?」

「いえ、大したことでは……」

 眉をひそめる園長に、副園長は答えた。

「大したことがないのなら話しても構わんだろう。話せないというのであれば、それは状況的に好ましくないな」


 出資者の客人との食事中に連絡を取ってくるということは、大したこと以上のことが起きたのだ。しかも、それを隠し立てする……それが尊の口から案静と綾辻の耳に入る、ということは望ましくないだろう、という意味だ。

 副園長は慌てた様子で手を振って言う。


「いえ、本当に大したことではないのです。ただ、アトラクションで使う備品が一つ見当たらないと、そういう場合は直ちに私に連絡するよう日頃から言っているもので……」

「なにがなくなったんだ?」

 園長の質問に、なくなったのはゴムだと副園長は答えた。

 さっき唯たちも見た、ゴムを柱に引っ掛けて、パチンコの要領で人を飛ばすアトラクション……そこで使うために特注した、長く丈夫なゴムが一つなくなっているという。


「警備に問題があるのかもな。俺から綾辻に言っておいてやろう。貴様の紹介したやつらは役に立たないようだ、と」

「兄さん」

 せせら笑うように言う兄を、妹が短くたしなめた。が、やはり尊には効果がないようだ。なぜか彼はにこりと笑いかけてくる。

「い、いえ! とんでもありません!」

 園長は慌てた様子でそれを固辞する。


「おそらく数を数え間違えたのでしょう。もう一度きちんと数えるよう、言っておきました」

 と、副園長も続く。

 話が望ましくない方向へすすんでいる。方向転換のため、つぎに発言をしたのは広報担当者だった。

「柊さん、この話は、ぜひ案静様と綾辻様のお耳に入れていただきたいのですが……」


 広報担当者はそう前置きすると、

「そもそも〝ファンシーパーク〟は、この特殊な状況下においても、〝憩いの場がなければならない〟という信条のもと、案静様が発案なさったものです。

 われわれは彼の考えに賛同し、このテーマパークを作り上げました。ここだけでなく、様々な施設を充実させました。そしていまでは、青龍地区は〝『安全地帯』で最も安全な地区〟とまで言われるようになったのです。そこで案静様に聞いていただきたいのは、青龍地区にあるテーマパークを、ほかの地区にも作りたい、という考えです。そうすれば、ほかの地区の方々も、この地区の素晴らしさを分かっていただけるでしょう。そもそも、テーマパークというものは……」


 などと熱弁を振るい始める広報担当者をよそに、尊は白けた顔で水を飲み、明香はおびえた顔で身を引いている。

 仕方なく、また唯が一人でその言葉に耳を傾ける羽目になった。




 昼食を食べ終えた後、園長たちは「お二人にくれぐれもよろしく」という言葉をおいて、去っていった。三人は口直しもかねて食後のデザートを食べている最中である。案静の言っていたアイスクリームのことだ。

〝絶品〟という言葉の通り、店は結構繁盛していた。ワゴン販売だが、客足はかなり多い。三人は、そこからすこし離れたベンチに座っていた。


「っ! 甘くておいしいですね」

 ちょっと冷たかったため、唯は顔をしかめてから言った。

「そうだね唯。一口食べるかい?」

「いいんですか? ありがとうございます」

 唯は黒髪を抑えつつ、ちいさな舌を出すと、尊が差しだしたアイスをペロリと舐めた。


「ふふっ。おいしいですね。よろしかったら、兄さんもどうぞ」

「ありがとう。いただくよ」

 尊はにこりと笑ってアイスを食べた。

 ちなみに、唯が食べているのはバニラ味。尊はチョコミント。明香はイチゴ味だった。

 その様子を見て、明香はすこし疲れたような顔で言う。


「二人って、いつもそうなの?」

「そう、と言いますと……?」

「とても仲がいいみたいだから。兄妹って、みんなそうなの?」

「俺たちは特別仲がいいんだ。俺は唯を愛しているからな」

「に、兄さん……」

 唯は頬を赤らめて尊を見る。兄は優しく妹に微笑みかけた。


「ねえ、いつもそんなことしてるの?」

「さっきから質問が抽象的すぎる。答えが欲しいなら、もっと正確にすることだ」

「ご飯食べるときも、食べさせあってたよね。それに、そのお揃いのロケット。普通、兄妹でそういうことするのかなって」

「さあな。ほかの連中に興味はない」

 尊は吐き捨てるように言った。首から下げられたロケットが、チャリと音を立てて揺れる……。

 それから鼻を鳴らすと、にやにやと無神経な笑みを浮かべた。

「そういう貴様はどうなんだ? あの男とは、ずいぶん仲がよさそうじゃないか」


 瀬戸から聞いた話だが、明香は養子らしい。ある施設で育てられていたのを、綾辻が養子として引き取ったそうだ。

 暗闇が苦手で、夜、寝るときも電気を消さずに眠る。〝明香〟という名前も、養子となったさいに改名したものだそうだ。

 年齢は今年で二十歳になるが、きゃしゃな体に細い線も手伝って、年齢より幼く見える。その表情は、物静かで物憂げで、常になにかに怯えているようだ。

 それは、綾辻と接しているときも例外ではない。

 明香はうつむき、それ以上言葉を発することはなくなった。


「兄さん」

 見かねた唯が助け舟を出す。妹に言われては、尊としてもこれ以上なにも言うことはできない。

「あの人……」

 しかし、意外にも明香はつぶやくように、ぽつりと言った。

「あの人は、私に興味ないみたい。だから、そんなに話さないの」

 そう言った明香の目は、近くを見ているような、どこか遠くを見ているような、とても不安定なものに見えた。


「そんなこと、ないと思いますよ」

 唯は優しく言った。その声には、人を安心させる不思議な余韻があった。

「綾辻さんは、明香さんのことをとても大切に思ってらっしゃると思います」

「今朝のこと、言ってるの?」

 それは、〝館にこもっていると気が滅入るから唯たちと外出しては〟という提案のことだ。


「それもありますけど……」

 ちょっと笑って唯が言った。

「私から見て、綾辻さんはとてもお優しい方だと思います。きっと、近くにいるから、気づかないだけですよ」

 その言葉に、しかし明香はなにも答えなかった。

 彼女の目は、暗い色を帯びている。やはり、近くを見ているようで遠くを見ているような、そんな感じがする。


 彼女がどこを見ているのか、なにを考えているのかなど、もちろん唯には想像もつかなかった。

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