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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第五章 世界で一番愛しい人へ①

「ふっ!」


 柊尊が目を覚ましたのは、腹部に痛みを感じたからだ。そのまえに、なにかかけ声のようなものが聞こえた気がする。

 今日、尊が一番最初にしたアクションは、“舌打ち”だった。

「毎朝毎朝、よく飽きないな。尊敬するよ」

「あんたこそ、毎朝毎朝よく寝坊できるわね。普通はもうすこし学ぶわよ。尊敬するわ」

「ほざけ。今日は貴様か……フン、原点回帰だな」

 寝込みを襲った襲撃者、もとい、律子に不機嫌な声を放る。

 聞くものが聞けば気分を害するだろうが、彼とつき合う人間にとって、こんなものは“朝のあいさつ”のようなものだ。


「目が覚めたなら、はやく来て頂戴。学園長が呼んでるわ」

「またか……」

 尊はうんざりしたように言った。

「今度はいったいなんの用だ? もう面倒事はごめんだぞ」

「それは知らないわ。私はなにも聞いていないもの」

 それだけ言うと、律子は部屋から出ていってしまう。その背にむかって、尊は本日二度目の舌打ちをする。

 あきらめたようにため息をつくと、いつものように左腕に注射をしてから部屋を出る。

 リビングに入ると、そこでは瀬戸がお茶を飲んでいた。


「よう、起きたか。待ってたぜ」

「なにしに来た」

「なんだよ、つれねぇな」

「貴様が来るとろくなことがないからな」

「そう言うなよ。寂しいじゃねぇか」

 お茶を一口すすると、湯呑を尊に見せる。

「見ろ。おまえがなかなか来ないから、全部飲んじまった」

「そんなこと俺が知るか」

「学園長、もう一杯飲まれますか?」

 律子が台所から訊く。

「おう、もらおうかな」

「必要ない。ぶぶ漬けでもだしておけ」

 偉そうにふんぞり返ったと思ったら、これ見よがしに貧乏ゆすりを始める。

「おい、律子。なにをしている。さっさとカフェラテを持ってこい」

「はいはい……」

「起きて早々よく言うな……」

 瀬戸はあきれたように尊を見る。


 律子はすぐにカフェラテを持ってきた。瀬戸のお茶もきちんと用意しているあたり、抜け目がない。

「で、いったいなんの用だ? 要件を話してとっとと失せろ」

「言伝を持ってきた」

 文句を言ってもムダだということは百も承知だ。いつまでも横道にそれていても仕方がない。瀬戸はさっそく本題を切りだす。

「だれからだ」

「『君主』だよ」

 尊の眉がほんの数ミリだけ上がる。

「“話したいことがあるから、ぜひお会いしたい”。そうおっしゃってたぜ」

「どいつもこいつも……」

 尊は心の底から面倒くさそうに言う。


「よくそんなに話したいことがあるものだな。あまつさえ、人を呼びつけるとは。貴様は自分から出向くだけ、マシということだ」

 話の内容は? と訊いてみるも、

「さあな」

 瀬戸は肩をすくめて知らないという。

「フン、まあ、最初から期待はしていない」

 つまらなそうに吐き捨てると、

「用が済んだなら帰れ。邪魔だ」

 カフェラテを飲むかたわら、虫でも追っ払うかのような手つきをする。


「悪いが、話はまだ終わってなくてな」

「今度はなんだ」

 律儀に舌打ちをしてから、心底いやそうな声を出す。

「ここからはついでなんだが」

「なら聞く耳は持たん。帰れ。出口はそっちだ」

 指をさすのも面倒そうに、ゆるゆると腕をあげる。

「なら、独り言で話すから適当に聞き流してくれ。元は俺が依頼した件だ。どうなったかぐらい、話しておかないとな」


 結論から言うと、朝桐は失脚。玄武地区はほかの地区とおなじく、開かれた場所となり、それにともなって『シュトラーフェ』は解体されたらしい。

 朝桐という『独裁者』を失ったことで、玄武地区の住人たちは自由の身となった。

 しかし、いいことばかりでもないようだ。いままで抑圧されていた反動なのか、現在の玄武地区は、窃盗や傷害の軽犯罪が多発しているようで、中央省警保局が、二十四時間体制で見回りをしている。

 いままでは、圧倒的武力を持つ『シュトラーフェ』の存在と、そして犯罪を犯した場合の尋問というペナルティがあったため、住人たちにストップをかけていた。言わば、“楔”だったわけだ。その“楔”が消えたいま、住人たちの行動はむしろ当然と言える。

 朝桐はたしかに圧制をしいていたが、それによってたしかに玄武地区は統治され、犯罪発生率など皆無の、『安全地帯』の中で最も治安のいい地区だったのだ。

 それにしても、いままで『シュトラーフェ』によって監視されていた住人たちが、今度は警保局の連中に監視されるとは。


「皮肉なものだな」

「人間なんてそんなもんさ」

 尊の意図を察したらしい瀬戸が、肩をすくめて知ったような口を利く。

 尊は軽蔑したように鼻を鳴らすと、

「で、それを俺に聞かせてどういうつもりだ?」

「べつにどうもしないさ。言ったろ? 依頼主として、話しておきたかっただけだ」

「依頼主ねぇ。だったら、渡すものがあるんじゃないのか?」

 よこせ、と手を出してくる尊に瀬戸は口をへの字に曲げて言う。

「ボーナスならもうやったろ?」

「もらった覚えはないが」

「口座見ろ口座。俺のポケットマネーだ。無駄遣いすんなよ」


 お茶を一口すすると、

「もう一つだけ話があるんだが」

「断る」

 尊は間髪入れずに言う。

「……まだなにも言ってねぇよ」

「言われるまでもない。貴様がそんな顔をしているときは、ろくな話じゃないからな」

「そんな顔って、どんな顔だよ」

「人を試すような、いやらしい笑顔のことだ」

 うざったそうに吐き捨てられ、俺そんな顔してるか? と瀬戸は肩をすくめた。

「ま、いいや。分かってるならそれでいい」

 瀬戸は懲りずにニヤリと笑う。

 心底いやそうな顔をしている尊に、瀬戸はくぎを刺す。

「ほかでもない『君主』からのお呼び出しだ。遅刻厳禁だぜ」

 その言葉を合図としたように、律子が朝食を運んできた。




『君主』との待ち合わせ場所は、スローンルームと呼ばれる“王座の間”だった。

 天井には、ひときわ大きなシャンデリアがかけられており、それを囲むように小さめのシャンデリア。祭壇にはレットカーペットが敷かれ、その上には金の装飾が施された王座があった。

『君主』が座っていると、その大きさがとても際立つ。

 “玉座の間”にふさわしい広大で豪華な空間だが、いまここにいるのは『君主』と西園寺、そして尊たち客人だけだった。

 今回呼び出しをうけたのは、尊だけではない。朱莉もまた、『君主』から呼び出しをうけていたらしい。


「こんなところに呼び出して、いったいなんの用だ? もう貴様につき合わされるのはこりごりなんだがな」

「申しわけありません……ですが、どうしてもお願いしたいことがありまして……じつは、朱莉さん。また私と入れ替わってほしいのです」

「私と、ですか……? かまいませんけど……」

「ありがとうございます。でもそのまえに、一つ、謝らなくてはならないことがあるのです」

 相変わらずの尊の態度にも、『君主』は完全になれてしまったようだ。

 しかも、咎めるどころか、逆に謝りたいことがあるという。

 それはいったい――。


「フン、式典での爆発を、貴様らが仕組んだということか?」

 あまりにもなんでもないことのように、まるで天気の話でもするかのような調子で言われ、朱莉は最初、言葉の意味を理解することができなかった。

『君主』も、ポカンとした表情で固まってしまっている。西園寺でさえも、すこし驚いた顔をしていた。

「なんだ。気づかれていないとでも思ったか? フン、俺も舐められたものだな」

「ひ、柊くん、どういうこと……? 式典での爆発って……あれが『君主』さんの自作自演だっていうの? じゃあ、脅迫状は? あれは酒匂って人の仕業なんじゃ……」

「うるさい」

 動揺した様子の朱莉に、尊はハエでも見るかのような目つきで本当にうるさそうに言った。


「いまから貴様にも分かるよう、順を追って説明してやる。チッ、なぜ短い間におなじことを何度も言わねばならんのだ。征十郎め、これは高くつくぞ」

 こうも脈絡なく毒を飛ばされては、対処のしようがない。もっとも、この二人はもう尊の性格をいやというほど知っているはずなのでフォローのしようがないし、してもムダなので、このまま耳を傾けるしかなかった。

「まず爆弾だが、アレは貴様らが自分で仕掛けたものだな?

 C4――プラスティック爆弾だが、作るのはさほど難しくはない。とくに、西園寺。警察庁時代に警備局に所属していたという貴様なら作れるだろう。材料を集め作ってセットし、時間になったら爆破。簡単なお仕事だ」

「……なぜ、私がそんなことを?」

「決まっている。“『君主』暗殺を計画しているテロリスト”を印象付けるためだ」

「!? どういう……」

 朱莉の疑問の言葉をさえぎるように、尊は続ける。


「そもそも、今回の事件は不可解なことだらけだった。『安全地帯』を統治する『君主』にたいし脅迫状が届いた件が、最たるものだ。

 まえにも言ったように、『安全地帯』の住人たちには、『君主』を殺す理由がない。“薄汚い官僚共の出世のため”と言っても、それにしたところで、ただ殺すだけなら、わざわざ目立つ式典で行う必要はない。それこそ、酒匂ならば宮殿内の人間を抱きこんで殺させ、あるいは自ら殺せばすむ話だ。宮殿に住みこんで働いているんだ。そのくらいの隙はあるだろう。

 だが、やつはそれをしなかった。いや、できなかったんだ。協力者……主犯格の人間から、そう指示をうけていたからだ。

 それが朝桐だった、というのが、先日までの事件。ここからは、貴様らの事件についてだ」


 尊はまっすぐに『君主』を見据え、低い声で言い放つ。

「でも、酒匂って人は朝桐さんと共犯だったんでしょ? 『君主』さんが入りこむ余地なんて……」

「それはどうかな」

 質問が来ることなどお見通しとばかりに尊は言った。

「たしかに、一見すると無理に見える。だが、悲しいかな。俺の導き出した事実こそが、この世でたった一つの真実なのさ」

 尊は『君主』に挑戦的な視線をむけると、

「『君主』暗殺計画には、貴様ら自身も絡んでいたのだろう?」

「どういう意味でしょうか」

「そう怖い顔をするな。なにも朝桐と貴様らがグルだと言っているわけじゃない」


 あざけるように言い、

「貴様は、わざと自分が狙われるようにしたんだ。そのために、わざわざ玄武地区にまで出向いた。朱莉を拘束させるためだ。

 連中の狙いを自分に集中させるため、貴様は今回の“式典”を開いた。そして、朝桐は見事にその“餌”に食いついた。式典でとんだ恥をかいた朝桐は、必ず汚名を返上しようと動く。そしてその目論見どおり、朝桐は朱莉と入れ替わった貴様を捕えた。そこで種明かしをすれば、言い逃れしようのない大罪人のできあがり。つまり貴様は、自らの目的のために、この俺をも利用したということだ。フン、謝罪したいこととは、よく言ったものだな」

 尊は低い声で言った。

「そもそも、酒匂には貴様を殺すつもりがなかった。やつがおよそ凶器になりえるものを所持していなかったのがその証拠だ。殺すのは、朝桐の役目だったからだ。やつは『危険区域』の住民に偽装した『シュトラーフェ』を会場に雪崩れこませ、貴様を殺すつもりだった。そしてその罪を、酒匂に着せ、そのうえで殺そうとしていたんだ。そのために、目立つ式典を狙った。万が一のときのために毒まで仕込むとは、ずいぶんな念の入れようだが。俺が介入したおかげで、皮肉にもそれが役立ったというわけだ」


「ま、待って……!」

 朱莉は、なぜか焦ったように声をあげた。

 知らなくては。今回の事件は、自分はすべて知らなければならない。そんな気がしてならない。

「どうして? どうして『君主』さんはそんなことをしたの? なんでわざわざ、そんな危険なことをしなきゃならないの!?」

「貴様だよ」

 尊は妙に低い声で言った。

「その理由は朱莉、貴様だ」

「え……? ど、どういう、こと……?」

 わけが分からず、朱莉は目を白黒させる。


「貴様を守るため、ということだ」

 尊は何度も言わせるなとでも言いたげだ。

「まったく、迷惑な話だ。こんなくだらん茶番に巻きこまれる身にもなってもらいたものだな」

「ちょっと待って……!」

 尊は一人納得しているようだが、朱莉はわけが分からない。

「わ、私を守るためって、どういう……」

「征十郎の言っていた『女神』の話を覚えているか?

 星野孤児院は、『アドラスティア』が偶像崇拝する『女神』フレイアの資格を持つ少女を監視、収容しておくための施設だとやつは言った」

「う、うん……」

「だが、真実はそうじゃない。あの孤児院は、“『女神』の資格を持つ美神朱莉”を育てる場所であり、ほかの孤児たちは、すべてその隠れ蓑に過ぎなかった。

 敵である『アドラスティア』の重要な要素である『女神』を自ら作る理由はただ一つ。これからの連中との戦いを有利にすすめるために、朱莉を“餌”としてやつらを釣り上げ、『女神』となった朱莉諸共やつらをせん滅するためだ。

 律子があのタイミングで孤児院の連中を『フレイアX』に変えたのも、貴様を殺すためだったということだ。。つまり貴様は、失敗作として切り捨てられたんだ。フン、まったくとんだ女だな」


 あまりに飛躍したその考えに、朱莉は言葉を失ってしまう。

 いや、飛躍してなどいない。

 朱莉の脳裏に、稲妻のようにとある言葉がよみがえった。

 あのとき、洗脳された唯を追って来た朱莉に、律子はこう言った。

(――「そこで待っていなさい。尊を殺したら、つぎはあなたの番だから」――)

 てっきり真相を知る者の口封じかと思っていたが、そうではなく、最初から朱莉を殺すように命じられていたのだとしたら……?


「そして貴様、その秘密を聞いてしまったな?」

 斬りつけるような言葉に、『君主』はわずかに表情を暗くする。

「その計画の中枢を担っていたのが、朝桐や酒匂と言った連中だったのだろう? だから貴様は、朱莉を守るために連中を失脚させようとしたわけだ」

「でも、どうして私のために……?」

「簡単な話だ」

 尊は一泊置いて続ける。


「貴様と『君主(こいつ)』は、血を分けたじつの姉妹だったということだ」


 何気なく言われたその言葉に、朱莉の世界は完全に停止した。

「え……」

 朱莉はなにか言おうとして口をぱくつかせるも、結局なにも言うことはできなかった。

 そんな朱莉には目もくれず、尊は『君主』に問いかける。

「そうだな?」

『君主』はよくとおる声で、端的に答える。

「はい」

 迷いのない、はっきりとした肯定の言葉。

「柊さん」

 西園寺が静かな声で言う。

 しかし、なぜかこの声は体にしみわたった。


「そこからさきは、私が説明いたします」

 尊は西園寺を一瞥すると、

「好きにしろ」

 と冷めた声で言った。

「……美神、朱莉さん」

 西園寺は朱莉を見ると、いつくしむように名前を呼ぶ。

「柊さんがおっしゃったとおり、あなたは『君主』と血のつながった……双子の姉妹です。生まれた順番で、あなたが姉になる。生い立ちをご説明するには、少々ときを遡らねばなりません……」


 西園寺は、ゆっくりと語り始めた。朱莉自身も知らない、その生い立ちを。

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